06 双子
「師匠たちはどちらかがどちらかを受け持つのではなく、二人で二人を指導してくれた。あの人たちはいつも二人で共に在って二人でひとりという風情だった。とても強い魔女だったから弟子になりたがる魔女見習いは
そういえば何かの本で読んだことがある。双子の魔女というのは力が強くなる傾向にあるのだとか。
「先生はともかく、母はよく弟子にしてもらえましたね」
我が母ながら、真面目に学ぶタイプではない。
「当時、魔女の資質だけでいったらアンヌの方が私よりも上だった。力のある魔女にとっては、アンヌの性格や態度の悪さなど些細なことだ。むしろ私の方がよく弟子にしてもらえたものだと思う」
思いがけない事実に驚く。
「もしかして母はすごい魔女だったんですか」
わたしの言葉を受け、先生はさもおかしそうに笑った。こんなに表情が動く先生も珍しい。
「アンヌはすごい魔女にはなり損ねたすごい魔女見習いだ。あれだけの魔力を持ちながら使うすべを学ばなかった。魔女になる頃には私の方がすっかり強くなっていたよ」
魔法というのは精霊やその類いに依頼し様々なことをなす行為であり、魔力というのは命令に従う精霊の数や強さによって算出されるものだ。魔力がどんなに強くても上手に使えなくては強い魔女にはなれない。例えばクッキー。どんなにいい材料があっても技術がなければ失敗して黒焦げになるし、慣れてなければ時間がかかってほんの少ししか作れなかったりする。それと似ている。
「師匠たちはそっくりで見分けがつかないほどだったが性格は正反対だった。活発で元気なユンデ先生とおっとり優しいメテ先生。私たち四人は喧嘩もしたがとてもよい日々を過ごした。見習い期間はあっという間に感じた。魔女になれば普通は巣立って行くものだが私とアンヌはそのままここに居着いてしまった。師匠たちも咎めなかったから魔女四人で暮らしていたよ」
まるで昨日あったことのように鮮やかに紡がれる先生の思い出をわたしは静かに聞いていた。昔話をする先生は見たことがないくらいに楽しそうで嬉しくなる。ここは幸せな記憶が眠る場所。そう思うとこの家で暮らせることが一層幸せなことのように思えた。
「ある日のことだ。そんな暮らしが大きく動いた。仕事に出ていたメテ先生が帰って来るなり家中に守りの魔法を施したんだ。依頼を受けて出向いた先で呪いを解いていたところ、鴉が逃げていくのが見えたのだという。そうだ鴉は使い魔だ。顔を見られたメテ先生は呪いの主の報復に備え、念のため家の守りを固めた。私たちも備えていたが特に何事もなく夜が明けた。だが、ユンデ先生が帰らなかった」
ずっと聞き続けたいと思っていた先生の昔話はここで思わぬ方向へと舵を切る。物語に一気に暗雲が立ちこめる。
「ユンデ先生は夢中になると時間を忘れる人だったから帰らぬことはままあった。だけどどうにも胸騒ぎがしたメテ先生は、朝日が昇ると共に私たちを部屋に残しユンデ先生を探しに行ったんだ。ユンデ先生はメテ先生が呪いを解いた村にいた。呪いを解いたその場所に亡骸となって」
先生が紡ぎ出す言葉の温度が変わっていくような気さえした。あれだけ温かだったのにもはや触れたら凍えそうだ。お伽噺や空想の物語であればいいのにこれは紛れもない事実で、レイ先生の思い出だ。
「残されたものから、ユンデ先生はメテ先生と間違われて殺されたことがわかった。二人はそっくりだからな」
「そんな」
「メテ先生の落ち込みようといったらなかった。放っておいたら命を絶ってしまいそうで怖くて毎日先生を見張っていた。アンヌはああいう女だから復讐をすると言い出した。私は止めたよ。普段ならまだしもあいつはそのとき妊婦だった。メテ先生もアンヌを止めた。これ以上失いたくないとそう言って。そして、復讐は何も生まないからと私とアンヌに今後攻撃魔法は使わぬように、攻撃魔具は持たぬようにと約束させた。約束は契約とは違うから何の制約も持たないが、先生の願いであれば私は従おうと思った」
わたしは理解した。レイ先生が母の部屋にチェスがあった件を咎めたのにはこんな経緯があったのだ。
「三人での暮らしはそれほど長くは続かなかった。メテ先生はある日突然旅に出た。無論探しはしたが周到に気配を消していったようで追うことはできなかった。アンヌもそのあと姿を消した。お腹の子供のこと、子供の父となるはずの男のこと。そんなことで毎日喧嘩をしていたからね。嫌になったんだろうな。間に入ってくれる先生はもうどちらもいない。帰ってこない日々が少しずつ長くなっていったと思ったらそのうち永遠に帰ってこなくなった」
レイ先生の喪失を考えるといたたまれない。大袈裟でもなんでもない。母との別離はもう永遠と名付けて差し支えないのだ。
「先生、大丈夫ですか?」
「もう十年以上も前の話だ」
月日は傷を癒やすだろう。けれどもきっとなかったことにはしてくれない。十年以上もレイ先生との間にわだかまりを持ち続け、結局最後まで会いに行けなかった母を思い出す。先生はきっと痛んでいる。今もきっと。
「どうぞ」
わたしは立ち上がると先生に向かって大きく手を広げた。
「どういうつもりだ」
「ハグですけど」
わたしのこの行いに、言葉に、先生は先ほどまでの難しい顔を和らげほんの少しだけ笑った。すぐに難しい顔に戻ってしまったのだが。
「いるか。馬鹿者」
すっかり冷たくなった掌をわたしの頭にのせて、優しくぽんぽんと二度叩いたあと先生は部屋を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます