03 落ち葉
「落ち葉はとても重要なんだ」
「焼き芋ができちゃうからですか?」
わたしの冗談には触れもせず、先生は魔具としての落ち葉について話し始めた。
「落ち葉はとても有能だ。使い道はいくつかあるが、魔女が忘れちゃいけないのは手紙としての効果だ」
「手紙、ですか?」
「願いを落ち葉に記録して埋めるんだ。すぐにどうにかなるものではないが、手紙を読んだ精霊が願いを叶えてくれる。読まれやすさを魔力で補うのがコツだ」
葉っぱのお手紙。どこかメルヘンでレイ先生と似つかわしくなくて、わたしはくすりと笑ってしまう。
「ずいぶん壮大な魔法ですけど、効果が計りにくいですね」
願いは明確に示すことで叶いやすくなる。この方法では願いを叶えてくれたのが精霊なのかどうなのか、魔法の効果であるのか到底わからない。
「だからなんだ。大切なのは願いが叶うことだろ」
先生は部屋の隅に無造作に置かれていた茶色い硝子瓶を持ってきた。バケツほどの大きさの瓶に保管されていたのはいくつもの葉で、先生はその中からとりわけ美しいものを二枚取り出す。
「精霊は綺麗な落ち葉を好む。なんだっていいというわけではないんだ。方法がわからなければまずは見ておけ」
そう言って先生は落ち葉に掌を乗せた。魔法というのは案外地味で、力の動きが見えることは少ない。わかりやすくしたり説得力をもたせるために発光させたり温度を付与したりすることはあるが、それはあくまでも演出だ。余計な力をこめない方が魔法は成功しやすい。
「先生はどんなお願いをするんですか」
先生は答えない。面倒な師匠で世話が焼ける。
「言えないようなことですか? あ、もしかしてなにか恥ずかしい失敗をなかったことにしたいとか」
仕方がないからわざと意地悪に問いかけると、先生は忌々しい顔をして大きな溜息をついた。
「賑やかだな。まるでアンヌのようだ」
ここに来てから何度その台詞を聞いたことだろう。その通りだ。先生は正しい。こういうとき、わたしが手本にしているのは母だ。思い通りの結果を手に入れるために一途だった母。叶うまで手を替え品を替え、あらゆる手段を使ってきた。
「静かに見ているつもりがないならお前もさっさとやってみろ」
わたしは黄色い葉を掌にのせた。魔法というのは然るべき精霊やその類いのものたちに力を借りる借り物競走みたいなものだ。精霊たちが叶えたくなるような願いを読みたくなるような言葉で綴らなくてはならない。少しずつ、少しずつ願いを綴る。
「お前こそ何を願うんだ」
「賑やかですね。ちょっと待っててください」
思っていたよりも難しい。失敗して修正して失敗して修正して。時間をかけてわたしはどうにか願いを刻み込んだ。いつものことだがどれだけ時間がかかっても先生はわたしを咎めない。目の届く範囲にわたしを置き、煙草を吸ったり調剤をしたり。自分の時間を過ごしながら、わたしを待っていてくれる。
「よし、できました」
「どれみせてみろ」
手渡した葉を掌で読んで、先生は目を閉じた。何も言わない。
「読み上げてくれてもいいんですよ」
「埋めにいくからあったかい格好をしろ。ついでに焼き芋の準備でもするんだな」
答えなかっただけでわたしの話はちゃんと聞こえていたらしい。そういうところなんだよなあ、そういうところなんですと思いながらわたしは二人分のお芋をバスケットに入れた。
すっかり冬が訪れた庭の片隅に葉っぱの手紙を埋める。先生の指導が的確であれば、わたしの願いは叶うはずだ。
『先生がしあわせになれますように』
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