02 吐息

「出来上がったらこうして最後に吐息を落とす。そうすると動き出す」

 雪で作ったウサギを掌にのせると、先生は吐息を落とした。ほどなくしてウサギの耳はピクリと動き掌の上でぴょこんと跳ねる。レイ先生はそのウサギを無造作にわたしの掌にのせてくれた。

「可愛い」

「可愛くなどない。魔法の力を喰らって動くだけの化け物だ。科学の作りだす機械仕掛けのほうがよほど素晴らしい」

 まるで命が芽生えたかのように小さな雪ウサギは動いていた。掌だけでは物足りない様子で腕を伝い肩へ、肩から頭へ、それからまた掌へ。しばらくわたしを伝い歩いていた雪ウサギはやがて唐突にその動きを止めた。

「魔法が切れだ」

 魔女に支配された儚い命。

「この手の魔法は嫌いだな」

 先生はぼそりとまるで独り言のように告げた。

「この手とはどの手ですか?」

「できれば使いたくない魔法だ」

「なら使わなければいいじゃないですか」

「そんなことではお前の修行にならない」

 先生には時々、苦手ではなく嫌いな魔法がある。けれど好き嫌いに関わらず万遍なく魔法を教えてくれた。苦手な理由を聞かせてくれたことは一度もない。先生にとってわたしは自分のことを話すべき相手ではないのだと思うと少し寂しいけれど、関係というのは変わっていくものだ。わたしと先生は始まったばかりで未来ある関係、そう思うようにしている。

「リアン、掌をこちらへ」

 差し出した掌に先生は聞き慣れない呪文をかけ、動きを止めたままの雪ウサギを自分の掌へふわり浮かせて移動させた。それから雪ウサギの背を優しく静かに何度も撫でた。くり返し、くり返し。撫でられるごとに溶けていく雪ウサギはやがて小さく丸い雪玉に変わった。雪ウサギであった面影はもうない。

 先生はわたしにあまり多くを語らないが、こういうときはわかってしまう。情報を伝えるのは言葉だけじゃない。先生はきっと生命を操る魔法が嫌いなのだ。束の間の命を作るということは、いたずらに命を奪うことでもある。命を奪ってしまうことがいたたまれないのだろう。これまでの魔法生命絡みの授業もみんなこんな風だった。

「先生、手が真っ赤ですよ」

 冷たい雪に触れ続け、すっかり冷えきったであろう先生の手を温めてたくて、わたしはたどたどしい魔法で火球を作り出した。

「お前、まさかとは思うが全力でこれか? 」

 わたしが生み出す火球は何度試しても火とは言え難いものばかりで、温度はぬるま湯程度。燃やすことも焦がすこともできない代物だった。今回もいつも通りの可愛らしい火球の出来上がりだ。

「全力です。わたしこの魔法と相性悪いんですよね。でもちょうどいいと思います。なんと、触っても火傷しません」

「なるほど、前向きなことだ」

 先生は火球を掌で包んだ。まるでカイロだなと言いながら長いこと指先を温めていた。


 雪深い森をあとにする。振り返れば二組の足跡。足跡はきっと明日には儚く消えてしまうだろう。けれどわたしは今日の授業をきっと忘れない。

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