第22話 遥かな
ノエルは家事をすると言ったが、実際にはミセス・マロウが週三日、通ってくれることになった。彼女は、この家を去ってからもノエルと新しいハウスキーパーを案じ、幾度となく顔を出してくれており、ジリアンともすっかり打ち解けている。小柄できびきびと動き、朗らかな彼女は、ノエルと並ぶと小型犬を思わせた。
小さな孫と一緒の日はとりわけ、アイアソン家は賑やかになった。首が据わったばかりの赤ん坊はバウンサーの中で笑い、ぐずり、喃語を発する。ミセス・マロウに調乳やおむつ替えを教わったジリアンはお世話に夢中になった。ふわふわした赤ん坊のにおい、青みがかった大きな眼、触れれば壊れそうな小さな手。ミセス・マロウもノエルも同じく、ちいさなお姫さまにぞっこんだった。
ジリアンの新たな仕事場となった納屋では、古いコンポのスピーカーからノエルの音楽が流れ続けている。
ノエルが若かりし頃に魔法を込めた古い種は実験用に回し、新たに買った種に音楽を聴かせてプランターに蒔いた。春になれば、咲いた花が歌わなくとも、アイアソン家には彩りがあふれるだろう。
ジリアンは通販で園芸の本を買い、あるいは図書館に出向き、知識の吸収につとめた。大学の図書館ならばもっと適した本があるのだろうが、気も足も向かなかった。学生生活は遥か昔の思い出のようにおぼろだ。本当に学生だったのだろうか、ずっとここで暮らしていたのではと、頭がぼんやりする。
スピーカーから流れる『田園』に身を委ね、ジリアンは種を蒔いたプランターを眺め、木製ラックに目を移した。
床に促成の魔方陣を敷き、種を蒔いたばかりのもの、発芽したもの、蕾がついたものといくつか段階を分けて魔術の介入条件を変え、種の採取につとめている。
歌う花づくりは少しばかり進捗したが、次なる壁に直面していた。花は咲くが歌わない、音楽の魔法が不発に終わるのだ。ノエルの音楽が魔法であるとは疑いようのない事実だが、どんな魔法かはまだ特定できないでいた。
「花にね、好きな歌を歌わせるとか、メッセージを残すとか、そういうのではない気がします。それだけなら録音機器でいいわけですから……」
「まあ、そうですね」
「『くるみ割り人形』できみが幻を見たように、他の人が……たとえばミセス・マロウが魔法的な幻を見ることはあるんでしょうか。魔術師ではないひとが」
「どうでしょう。でも、それはそれで新種創造とは別の罪に問われかねませんが、これまでにそんな事例はありましたか?」
「いえ……。じゃあ、どうしてジリアン、きみだけが幻を見たんです? 発動の鍵はきみだったのですか? 私の魔法はいったい何なんでしょう」
魔術師のみに反応する魔術はある。魔術師を、厳密にはその源である第二の心臓を感知する術の応用だ。古くは戦争に、今は主に連絡や魔術的施錠・解錠に用いられている。大学の校舎もカードキーなどの物理的手段に加え、魔術での施錠がなされていた。
「僕は専門外ですからちょっと……。魔力の鑑定に出すのが早いかも知れません」
しかし鑑定は混み合っているのが常で、半年待ちもざらだ。それはノエルも承知しているのだろう、表情は晴れない。
「どなたか心当たりがあるとか?」
「はい。まあ、あるといえばある、というか……」
積極的に会いたいとは思わない。『斜塔』の鑑定魔術師、グロリア・ハーシバル。
ジリアンの母だ。
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