アーベントロートの流行病 8

「……っ?」


 ……ここ、は……?


「あ! しすたー! め、さました! おにいちゃん、おきたーーーー!!!」

「しすたー! おにいちゃん、おきたよ、きてーーー!!!」


 パタパタと元気な足音を残して、数人の子供らが、部屋を出ていく音がする。

 そうか、ここは孤児院か……。

 あの時倒れた俺を、ベッドまで運んでくれたのか。


 子供らの去っていた方を、呆けたように見ていると、少ししてから、子供らに手を引かれて、シスターが部屋に顔を出した。


「あぁ、本当に良かった! 目が覚めたのですね!」


 俺を見るなり、嬉しそうに笑うと近くまで来て、脇にあった古い木の椅子に、静かに腰掛ける。


「3日間、ずっと高熱に魘されていたんです。熱が引いた時は本当にホッとしましたわ。あ、お水は飲めますか?」


「あ、あぁ……」


 シスターが俺をゆっくり起き上がらせてくれて、背中に枕を置いてクッション代わりにし、水を飲む。

 高熱が出ていたという事だからか、口に含んだ水は甘露のようだった。

 何杯か水を飲んで、ようやく体が落ち着いた後。

 俺が倒れた後に、2人は無事に回復していた事を教えてくれた。


「本当にありがとうございました。ヴェルナー様もリーゼロッテ様も、元気になったのは、アナタ様のお陰です。」

「いや、回復したなら、良かったです」


 街の者も回復したとか、子供達も元気だとか、そんな報告を聞いていると、ドタドタと大きな音が、廊下からこっちに向かって響いてくるのが分かった。

 俺は首を傾げ、シスターは困ったように笑いながら音のする方を見やった。やがてすぐ、バァン!と大きな音を立てて、部屋の扉が開かれた。

 

「シスター! 俺とロッテの命の恩人が、目を覚ましたって本当か!」

! 廊下は走らず、扉も静かに開けなさいと、いつも言ってるでしょう!」

「ごめん! でも仕方ないじゃないか! どうしてもすぐに来たかったんだ。お礼とか言って大丈夫なのか?」

「全くもう……まだ、気が付いたばかりだから、あまり、大きな声で、話し掛けたりはしない様にね?」

「分かってるって」


 注意をされた少年、ヴェルナーと呼ばれた子供は、彼なりに静かに部屋に入ってくると、シスターの隣に立った。


 襟足に少し髪がかかるくらいの柔らかな黒の髪質と、大きな青い瞳が、印象に残る少年だ。

 あの時は呪いで伏せっていたし、顔色も酷かったが、今は走ってきたのもあるからか、血色が良くなってる。

 すっかり回復したようだ。


「あの! 俺、ヴェルナーって言います!」

「ヴェルナーだね。俺はハエレティクスだ。ハエレでいい」


 元気な声で、少年が自分の名前を名乗る。俺もそれに併せて、名前を名乗った。


「ハエレさん、ですね! 俺とロッテの事を、身を呈して助けてくれたと、シスターから聞きました! 本当にありがとうございます。あなたは俺とロッテの、命の恩人です」


 そこまで一気に言うと、礼儀正しく頭を下げてくる。


「身を呈して、と言うほどでは無いよ」

「とんでもないです! あの時、本当にもう、このまま死ぬしかないと思う位、苦しかったんです。それが突然、体が楽になってきて、俺たちが回復するのと同時に、今度はそのまま、ハエレさんが倒れたって聞いて……!」


 そこまで一気に喋ると、ヴェルナーは口許を震わせたかと思うと、ボロボロと涙を流し始めた。


「本当に……、一時は熱が引かないし、何度も黒い血は吐くしで……っ、今夜がヤマとまで言われて……このまま、助からなかったら、どうすればいいんだろうって、俺、なった、から……!」

「え、えっ……」


 まさか、助けたからとはいえ、泣かれるとは思わなかった。

 そして、やっぱり死の瀬戸際にいたのか。いや、それは、置いておくとして。


「え……と、俺はこの通り平気だから、だからその、泣くな……?」

「うー……でもー……」


 俺の服の袖を引っ張りながら、グズグズと泣くヴェルナー。どうしたらいいんだ。

 困ってシスターの方を見ても、貰い泣きしてニコニコしてるだけだった。いっそ俺も泣きたい。


 ヴェルナーをじっと見てみる。まだ十かそこら位の、小さな子供だ。

 自分を助けたせいで、その相手が死ぬかもしれなかったとか、恐怖だったのだろう。よく見れば、袖を掴んでる手も震えていた。


「……ほ、ほら、大丈夫だから。もう俺は、どこもなんとも無いから。安心していい。な? ヴェルナー」


 ぽんぽんと頭を叩くと、より決壊してしまったのか、涙が滝のように流れ出してきた。

 そのまま袖だけでなく、ぎゅうと腕を掴まれたかと思うと、顔をそこに押し付けてくる。

 じんわりと、腕の辺りの夜着が温かくなってきてるから、涙が滲んでいるのだろう。


 ……本当にどうしたらいいんだ。泣いてる子供をあやした事なんて無いから、分からん。

 頭を撫でても、泣くなと言っても泣き止まないとなると、俺としては、お手上げ状態だ。


「まあ、ヴェルナー。そんなに泣いて、困らせてはダメよ」


 泣き止ませる方法が無いか、悩んでいたら、そんな声が飛んで来る。

 声のする方を見れば、そこにはオタマを持って立っている、金髪の可愛らしい女の子。


 ヴェルナーと一緒にあの時、呪いを受けていた、リーゼロッテという女の子の姿が、そこにあった。




 

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