アーベントロートの流行病 7


『これからは、余の隣でまた一緒にや』

『魔王様……お忘れですか? 私はもう、魔族ではないんです。ツノもないし、強い回復力も、魔の力ももう持ち合わせておりません。……どうしたってもう、お仕えする事は出来ないんです』

『え……』


 傍にいてやりたくても、もう出来ないんだと。

 俺は、その言葉は声にせず飲み込むと、耐えるかの様に、肩に力を入れ、両手に握り拳を作る。


『それに……私、多分、今死にかかってるかなと思いますし』

『は? 何で?』

『今、私は魔族ではない、一介の人間の体です。しかも、聖魔法が1番強い属性です。そこに、魔王様の仰る様な、特殊な呪いや瘴気を、体内に取り込んでいるとなると、どうなるかは、想像に難くないでしょう。』

『呪い? あれはガキに使ったから、ハエレには影響ないぞ』

『あぁ、色々あって、呪いを肩代わりしましたので』

『は!? え、ちょ』 

『実際、最後に記憶にあった時は、身体が限界超えていましたし……』


 体に走った激痛だけでも、きつかったが、全身をぐちゃぐちゃにさせられたかの様な状態は、本当に最悪だった。

 意識が今ここにあるから、分からないけど、実際今どうなってるんだろうか。

 確か、真っ黒い血みたいなのも吐いていたし……。

 うーん……今も相当、ヤバい状態のままな気がする。


 俺の言葉は、本当に予想外だったのだろう。

 僅かだが、魔王様から、焦っている気配が伝わって来た。


『え、なんで……。ハエレが死にかけている? なんでそんな……あの呪いを、余の作った呪いを肩代わりした、だと……?』


 魔王様が、口許に手を当てながら、何かをブツブツ呟いている。が、俺の所にまでそれは届かなかったのもあり、被せるようにして、俺は話を続けていく。


『それに、倒れているのもありますが。私は魔界には戻るつもりはないです』

『なに……?』

『どのみち魔族でない私は、生きれても、あとせいぜい数十年です』


 俺自身は、今でもお仕えしていきたいと、そう思っていても。

 もう、それは叶わない願いだ。


『…………』

『ですから、』

『………………るな』

『はい?』

『………………………………るか……』

『え?』

『そんなの……そんなの認められるか! お前は! 余の隣で、側近をずっとしてるって、言ったじゃないか! それを裏切るというのか! 余はお前を』

『その私を解雇して、人間にして追放したのは、魔王様じゃないですか!』


 好きで、自分から望んで、追放されたとでも、思ってるんですか。

 俺が裏切ったと、そう仰るんですか。


『っ、うるさいうるさい……! 余はそんなの認めない、認めないからな! 魔族でないのも、余の隣に戻らないとか言うのも! 人間の味方をするのも!』

『え? ……いえ、私は別に人間の味方をしてる訳では……』


 え、と……どうしてそんな考えに、なったんです?


『……魔』


 反応に困り、呼びかけようとして伸ばした俺の手を、パシリと魔王様は、払い除ける。

 ……。

 それから暫く、お互い口を開く事もなく、ただ沈黙の時間だけが、過ぎて行った。


『──……本当に……戻ってこないつもりなんだな』

『……』

『そうか……っ……』


 俺の無言を肯定と受け取り、そう呟く魔王様は、今にも泣きそうな顔を浮かべる。

 その顔を隠すかのように、トレードマークのシルクハットを、目深に被り直すと、クルリと背中を向けた。


『………今回は、お前が死にそうなのだけは、想定外だったから、一旦退いてやる。けどな、いいか。お前は余の1番の側近だ』

『……』

『これからも、それが変わる事はない。それを忘れるな。ハエレ……ハエレティクス・オプターレ・コンウィーウォ』

『っ、はっ!』


 名前を呼ばれ、側近時代の癖で、背筋を正してしまったが、魔王様はそれ以上何かを言ってこず。そのまま、指をパチンと弾く音と共に、何処かへと転移されて行った。


 残された俺は、その直後、今までいた所が真っ暗になると同時に、一瞬の浮遊感から、直後落下していく感覚を、覚えた。


『え!? ま、待て、何で急に……!』


 暗闇の中、掴まる所もないのに、右手を何かに縋ろうとするように腕を伸ばすも、もちろん掴める物等なくて。


 魔王様、俺を落下させるのが、お好きって訳じゃ無いですよね?


 思わず内心で突っ込みつつ、その時になってようやく「あぁ、誰もいないし、執務中でもなかったのに、名前で呼んでやれていなかったな」と。そんな事を呑気に思い出してしまっていた。

 もしも、次会う時があれば、名前で呼んでやらないとな。


 そう思いながらも、俺はそのまま、闇の奥底へと落ちていった。






 そうして次に気が付いた時。


 そこには、俺を見つめている、たくさんの数の、目と合うのだった。

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