アーベントロートの流行病 6

──……フワフワと、体が浮かんでるような感覚。


 あれ、俺どうしたんだっけ。

 なんだろう、なんか凄い、久しぶりな感覚を覚えるんだけれど。ここはどこだっけ。


 ……あぁ、そうか、仮眠室のソファーの上か。


 起きたら、また溜まっている仕事を片付けないとな。


 魔王様はいい加減、もう少し自分で仕事を処理してください。

 と、言えたらいいんだけれど、立場上、そうもいかないのが、悲しいところだ。


『──……ーい、おーい』


 この後は、特に来客予定もなかった……んだっけ? それなら後は、ひたすら書類と格闘かな……。

 そろそろ目の奥が痛いから、また薬師に頼んで、特殊な目薬を、調合してもらわないと。


 眼痛といい、目のクマといい……魔族なのに、ありえない体調不良ぶりだよなぁ、俺。


『──……おい、おいってば。』


 それにしても今日はやけに、体が重い気がする。

 目を開けるのも億劫に感じるなんて。

 そんなに、最近ハードワークだったか?


 ……いや、待て。

 俺は……確か……魔王様に。


『おい、起きろ、ハエレ! いつまで寝てるんだ!』


 ───っ!!!!!


 耳元で叫ばれるその声と、呼ばれた名前。

 俺は反射的に目を開けると、ガバリと起き上がる。

 え……。

目の前にはしゃがみ込んで、俺をじっと見ている……魔王様の、姿。

 は、え?


『やっと気が付いたか。お前、そんなに寝起き悪かったっけ?』

『……ぇ……』

『いや、だから、そんなに寝起き悪かったっけ……』


 ……魔王様?

 何でここに?

 ……いや、そもそもここ、どこなんだ。

 周りを見渡しても、夕暮れの様な色が一面に広がっているだけだ。

 立ち上がって足下をみると、そこも同じような夕暮れ空で、まるで浮いてる様で、覚束無い。

 こんな所、見たことが無いぞ。


『あの、魔王様。ここは……』

『あぁ、ここ? 余とハエレの夢の中みたいなものかな』

『夢、ですか?』

『うん、そう。まあ、それはいいとして。お前、今までどこにいたんだ。探すのにだいぶ苦労したんだぞ。お陰で人間界の、色んな国や街を、滅ぼせてるからいいんだけれどさ』


 夢については、軽く流されたな……って、待て。

 今、なんて言った?


『色んな国や、街を……?』


 俺の問い掛けに、魔王様は気を良くしたのか、フフン、と鼻で笑う。


『余が少ーしばかり、本気出せば、街や国の1つや2つ程度、得意の瘴気で、あっという間に全滅させられるからな。ほら、もっと褒めてくれてもいいんだぞ』

『魔王様の……、……もしかして、今、アーベントロートに蔓延している瘴気も……』

『あぁ、勿論あれも、余が作り出し瘴気だ』


 なるほど……魔界の頂点に立つ方が作り出したものだったのか。そりゃ、凶悪な筈だ。


『しかも、余の作るものはちょっと特殊でな。呪いを付加してあるんだ。確実に消したい人間が、生き残っていてな』

『消したい人間……?』


 その言葉に、俺は声が少し低くなる。


『あぁ。滅ぼした国の生き残りがいたのが、アーベントロートにいたと報告を受けてな。まだ、ガキだったし、今なら呪殺も楽だなって』


 魔王様の言ってる子供というのが、さっき俺が見た、あの2人なのだろうか。

 呪いの紋様が顔に出て、あんな苦しそうな目にあって……もし、そうだとしたら、何て事を。


『……なんで、そんな事をしてるんですか』

『え? いや、だから』

『魔界と人間界は不可侵条約が結ばれてるでしょう。何でそれを破って、こんな事をしてるんですか』


 これは、魔王様だって知ってるはずの事。

 なんで、それなのにこんな事をしてるんだ。


『魔王様』

『…………、うるさいうるさい、うるさい!!!』

『っ……』

『滅ぼしたのも、消そうとしてるのも、余の邪魔になるからだ! 放っておけば、いずれ、魔界に侵攻してくるのだから、それなら、先にとっとと潰せばいいであろう!』

『滅ぼし……なにを仰ってるんです? ですから人間界は不可侵条約を締結していると……』

『だって、ペルプラがそう言ったんだ! 魔界の威厳を見せなければ、人間はいずれ侵攻してくるって!』


 またペルプランドゥスですか。


『魔王様。ペルプランドゥス嬢を、お傍に置くなとは申しません。しかし、なんでも彼女の言葉を、鵜呑みにするのは……』

『何でだ! 実際滅ぼした国の中には、かつて昔、魔界と戦った勇者の国もあるんだぞ。生き残りのガキどもだってそうだ! 魔界からしたら、脅威じゃないか。滅ぼしたって困るものじゃないだろ!』


 ……。


『それにな、余の作る瘴気は、聖魔法の属性が強ければ強い奴ほど、体を蝕ませて苦しませるんだ』

『聖、魔法の……』

『そういう奴の多い国や、街がいる所を中心に、少しずつ滅ぼして行ったんだよ。ほら、そうすれば魔界は平和だろ? 余も、何も考えてない訳じゃないんだ。ハエレだって、平和が1番だって言ってたじゃないか』


 確かに言った事はありますが、今は、そこじゃないでしょう。


『まぁ今回のは、お前を探すためでも、あったんだけれど』

『……、私を……ですか? 何故?』

『ハエレは聖魔法が強いだろ。だから、あちこちでこれを使えば、どっかで引っかかってくれるかなーと思ったんだ』


 ……私が聖魔法の属性が強いのを分かった上で、それで、あの凶悪なものを放ったんですか。


『なぁハエレ、いい加減、余の傍に戻ってこい。そりゃ、お前うるさい事多くて、つい追放はしたけれどさ。ハエレも、もう十分反省しただろ?』


 ……はい?

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