アーベントロートの流行病 5※

※若干吐く表現があります。

苦手な方は、ご注意ください


■■■


 俺はもう1度すぐに2人に魔法をかけたが、やはり同じだった。  

 一瞬は効果があるのだが、すぐ症状が戻ってしまう。


 クソッ、一体どういう事なんだ。


 他に出来る聖魔法を使ってみても、効果がない。

 いや、全く無いわけじゃなかった。

 さっきより範囲を広げたり、効果の強い回復魔法などを掛けてみると、僅かに回復してる時間が、延びはしていた。だが、それだけだった。

 どうしても、すぐに同じ症状に戻ってしまう。


 どうしたらいいんだ。


 こうしてる間にも、この2人の体調は、目に見えて悪化して来ている。

 全く効果がない訳では無いから、何かしら、やりようはある筈……だが、それが何なのか、全く思い付かない。


「ヴェルナー様、リーゼロッテ様……何故、何故お2人が、こんな目に……」

「シスター……」

「すいません……でも、まだ2人とも幼いのに、苦しそうで、見てるだけでも、本当にお辛そうなものだから……。回復魔法、どうして効かないのかしら……何の呪いにでも、かかってると言うの……う、うぅッ……」


 ハラハラと、シスターが涙を零していく。

 シスターと呟きを耳にして、俺は、あっと小さく声を上げた。


「呪い……呪いか……」


 魔界に昔、呪いのエキスパートがいたのを思い出す。

 そいつと昔、酒の席で呪法について、聞いた事があったな。あれは、確か……。



『──……呪いですか? 詳しい方法迄は、お伝えは出来ませんが、基本となるのは、かける相手の真名を把握してる事ですね。それが分かれば、あとは媒介できる道具や、呪式などを用意出来れば、呪詛は行えますよ』


『えぇ、勿論、相手によっては、跳ね返される事もあります。だから、大概の呪詛師は私も含めて、逆凪対策はしっかり取ってあります。呪いは跳ね返されると、確実に自分に全て返ってきますので。それこそ、場合によっては、かけた時の、数倍になって跳ね返ってきますから』


『跳ね返す以外の方法ですか……? うーん……そうですねぇ……呪いの術その物を、別の相手に肩代わりさせる、とかが確実ですね。道具に術そのものを、封じ込める手もありますが、それには、確実に、掛けた呪詛の呪式や構築などが分からないと、効果が半減ですし』


『──……当然ですが、呪いというのは、基本は怨念、怨嗟、憤怒などの、怒りや敵意から行われる事が、ほとんどです。恨み等の念が強ければ強いほど、術は何倍にも膨れ上がります。呪式は、かける方もかけられる方も、意志の強さが多大に影響してきます。肩代わりするにしても、そうです。呪いが魔法より厄介なのは、その辺りがあるからでしょうね』


『まあ、ハエレティクス様に、呪いを掛けようなどとする輩なぞ、この魔界に、そんな命知らずはおりませんよ。ははは……──』



 ……そう、確か、そんな事をあいつは言っていた。

 もし、この子達が、呪いを掛けられてるのであれば、確かに回復魔法なんて、気休めに過ぎないだろう。

 一瞬しか効かないのも納得だ。


 ただ、この瘴気が恨みの念の強さだとしたら……。

 こんなにも強いものを、こんな小さな子らが、受けるものだろうか。


「ぅ……はぁ、はぁ……!」

「ヴェルナー様、リーゼロッテ様……!」


 考えてる暇は無いか。

 2人の体調は一刻を争う。

 このままだと、どの道待ってるのは、死だけだ。


 他に方法も無いし、呪いかどうかは分からないが……やるだけやってみるしかない。

 俺は2人の手を取ると、一旦自分にかかってる浄化魔法を解く。


 肩代わりも、意志の強さが影響すると言うなら、やってみようじゃないか。

 こちとら、魔王様(アイツ)の元で、不眠不休で何百年も働いてきたんだ。意志の強さなら、そうそう負ける気はしない。(何か言ってて情けない気もするが)


 2人の体内に巣食ってる呪いを、こっちに向かわせる様なイメージ……瘴気や呪いを俺が吸い取るような感じで、無理矢理呪いをねじ曲げる様な意識を作ってみる。

 これで、どうだろうかと思ったその時。


「っーーーーー!!」


 結果だけを先に言うなら、この方法は、やり方はあっていた。

 間違いなく、瘴気が、俺の方に吸い取られている。その感覚はあった。成功だ。と、そうも思った。だが。


「うあぁあーーーーーっ!!!」


 これは街の外で受けた時の、比じゃなかった。


 全身どこも激痛が走り、指1本動かすのすら苦しい。

 頭は、中を直接手で攪拌されてるかの様だし、めまいや耳鳴りも最悪だ。

 無理に耐えようと、奥歯を噛み締めてても、激痛のあまり声が上がる。


「はっ、ぁ、ぅ、ああっ、あ……!!」


 痛い。苦しい。

 やめろ、やめろ……!


 体の内部からナイフで、アチコチをズタズタに切り裂かれて、内蔵をグチャグチャに、引っ掻き回されてるようだ。 

 俺は繋いでいた2人の手を離し、口許に手を当てる。


「ふ、ぐっ……っ、ぁ…、う、うっ…ぅ、えっ!」 


 胸の奥から、何か込み上げて来る感覚を覚え、俺は耐え切る事が出来ず、それを口からゴポリと吐き出す。


 指の間から漏れて、床へと吐き出されたそれは、吐瀉物でも胃液でもなく、真っ黒いものだった。

 血のようなどす黒さではなく、ただただ黒い、闇の色。

 まるで、瘴気を、液状にして吐き出したかの様なそれは、気が付けば、鼻からも同じものが流れ出してきていた。


 息が……苦しい……体のアチコチが沸騰しそうだ。


 そこまで来て、体が限界になったのか。

 そのまま、重力に逆らわず、ドサリと床に倒れ込んだ。


「きゃあああーーーー!!!」


 シスターの悲鳴が聞こえる。

 あぁ、床を汚してしまったもんな、悪い事をした。

 せめて、2人の体調が良くなってればいいんだが……そこまでの確認は、とても出来そうにない。すまない。

 俺はもう、そのまま、意識が揺蕩うように遠のいていくのに、身を任せていくだけだった。



 ただ、意識を失う寸前、


──見つけた。


 そんな声が聞こえた気がしたが……それが何なのか、考える余裕は、俺にはもう無かった。


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