アーベントロートの流行病 1

 アーベントロートの街に近付いて行くだけで、また体調が悪くなってきたのに気が付き、俺は一旦走るのを止めた。


 よく見たら、うっすらとこの辺りの空気が、わずかに灰色になっている。

 時々その中で、さっきみたいな、黒い瘴気の塊も、フヨフヨと浮かんでいた。


 これは、あらかじめ、瘴気の影響を受けない魔法でも、唱えないと、またさっきと同じ事になりかねない。

 瘴気を弾く、もしくは消し去るような魔法となると……。


 俺は顎に手を当てながら、自分の中の聖魔法で、使えるものが無いかを考える。


「弾く、消し去る……そうか、浄化魔法なら、いけるか?」


 魔族だった時の俺だと、浄化魔法は、俺自身にダメージが行くから、使う事は無かったが……。

 今なら使っても問題ない……よな?


 自分自身の周りの空気を浄化する呪文と、先程も掛けた回復魔法もあわせて唱える。うん、体が楽になってきた。大丈夫みたいだな。


 試しに、もう少し街の方に向かって歩いてみる。

 体調に変化は出ない。

 きちんと効果が出ているようだ。


 これなら、瘴気に触れても大丈夫だろうと、そのまま街へと向かうが……。


「う……空気が……粘っこい……」


 例えるならバタークリーム、いやコールタールか?の中を無理やり突き進んでいるような感覚。

 空気が纒わり付くような感じがして、気持ち悪い。

 そんな中をそれでも歩き進める。


 さっき俺の体調が悪いのを、気に掛けてくれた人間は大丈夫だろうか。

 心配して、送ってくれようとしたり、水をくれた気のいい人間。 

 彼は無事なんだろうか。倒れてなければいいんだが……。

 


 歩くのにも時間がかかりはしたが、ようやく街の門前に着いた。 

 普通なら、門兵が2名いるであろうそこに、人の姿は見当たらない。

 この時点で、嫌な予感しかしない。

 俺は門をくぐり街へと入ったが、すぐに足を止めた。


「っ……」


 そこには、道端で呻き苦しむ人間達の姿が、いくつもの場所で起きていた。


「みず、誰か…み、ずを……」

「……ぅう……たすけ……て」

「お……かあさん……あたま、いたい、よう……」


 老若男女関係なく、苦しそうに呼吸をし、あちこちで、助けを求めていた。


 その呼吸も、息を吐く度に、黒い瘴気を吐き出し、吸う時には、その瘴気と、更に周りの瘴気も吸い込んで、より症状を悪化させている。


 ……一人一人に魔法を使うには、俺の魔力が恐らく持たない。

 せめて、どこか休める事が出来る場所に連れて行ければ……。

 どこかいい場所は無いかと、辺りを見回す。


「あ、あの馬車は……」


 さっき、俺の具合を聞いてきてくれた、人の良い人間が乗っていた馬車が見える。

 こんな道の途中で、馬車が止まってるなんて、普通は有り得ない事だ。

 急いで馬車へと近づくと、馭者台で、先程の人間が倒れているのが分かった。


「おい、しっかりしろ……!」


 男の頬を軽く叩きながら声をかける。

 が、苦しいのか、こちらの声が届いてないようで、返事はないまま。 

 呻いてる声を上げるだけだ。

 額に手を当てれば、だいぶ熱も高い。

 汗を酷くかいているから、水を飲ませてやりたいが……。


「っ、……あれ、アンタ、は……さっきの……」

 

 うっすらと目を開けて、こちらを認識した男が、弱弱しい声で、話しかけてきた。


「アンタは……体調は、平気、なのか……」

「あ、あぁ、休んだからな、大丈夫だ。……すまない、水を飲ませてやりたいんたが、さっき貰った物は飲み干してしまってな……」

「なに、気にするな……それよりも、まだ大丈夫な、うちに……この街から、出た方が、いい……」

「……そうもいかないだろ。なぁ、アンタは、この街に詳しいか?」

「へ……あぁ、まあ……ここで、店を出てるし……それなり、には……」


 突然問われた言葉に、男はポカンとはなるが、力ない声ではあるものの、こちらの問い掛けに、答えてくれる。


「そうか」 


 俺は男の額にもう一度手を当てる。

 先程、自分にかけたのと同じ、浄化と回復の魔法をかけた。

 すぐに、まとわりついていた瘴気が消えていき、男の顔色も、青白かったのから、段々血色が良くなってきたのが分かる。

 良かった。これならもう、大丈夫だろうか。


「具合は、どうだ?」

「……」

「……まだ、どこか悪いか?」


 声をかけるが、男はポカンとしたまま、俺を見ているだけだ。 

 ん……? 

 人間には、他の魔法でないと、効果が出ないとかなんだろうか。


「いや、すごい……めちゃくちゃ、とても楽になった……」

「そうか、魔法がきちんと効いたんだな」

「あぁ、凄い効いたよ……助かった」

「大した事じゃないさ」

「いやいや、こんなあっという間に、治せる魔法なんて、そう見掛けないぜ……? アンタ、実は神父様とか神官様とかなのか?」

「え? そんな凄いのを使ったつもりは」


 ない、んだけれど……。


 あれ位の浄化や回復魔法なら、そこまでのレベルじゃないと思ってたんだけど、そうでもないのか?

 俺が答えあぐねていたら、


「普通なら教会で……そうだな、金貨2枚は最低でもいると思うぞ」

「……は?」


 予想しない答えが返ってきた。

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