落とされた先は

「うぉっ!」


 人間界に追放されて、転移された場所は、鬱蒼と繁る森。……の、とある木の頂上だった。


 勿論、そんな場所で、どうにかできる事は無く、俺は重力に任せるまま、地上へと落下して行った。


 幸い沢山の木々がクッション代わりになって、枝にアチコチ傷を付けられはしたものの、大怪我を負うような事は無かった。

 不幸中の幸いと言ったところか。


「……イタタッ……」


 手や頬はすり傷が出来、足も軽く挫いたり、左腕は軽くヒビでも入ったのか、痛みが強い。

 服もあちこちが今ので破けてしまい、中々に悲惨な状態だ。

 右手の甲を見れば、鮮やかな一筋の切り傷が出来ている。

 頭をガードする為に、大きな怪我となったそれは、じわりじわりと、赤黒いドロリとした血が滲み出してきていて、他の怪我と共に治る気配がない。


「……本当に魔族じゃなくなったんだな」


 そう、思い知らされた気分だ。


 今まではこの程度の傷であれば、すぐに完治していたが、強い治癒力が働いてないし、ズキンズキンと痛みも伴っている。


「まあ、俺は回復魔法使えるから、いいんだけれど」


 傷口に手を添えて魔法を発動すれば、手の平から柔らかな白金の光が出てきて、あっという間に傷口が塞がっていく。

 他に怪我した箇所も同じように、回復魔法で治癒していって、一先ず、怪我をしてる箇所は無くなったかな。


「まさか、こんな形で回復魔法が、役に立つ日が来るとは思わなかったな」


 はは、と思わず乾いた笑いを零す。

 頭に手をやれば、魔族の象徴である、ツノがなくなっている。

 この日のために、聖魔法が強く使えるようになってたんだろうか……魔族から人間になるのが、追放されるのが、避けられない運命だったとでも言うのだろうか。



『余はいつも、何でもかんでも、余に向かって、偉そうに言ってくるお前が、ずっと嫌いだったんだよ!』



 ──……。

 いや、運命ではなく、俺が自分で、呼び寄せてしまったのだろうか。

 最後に叫ぶ様に俺に言ってきた、魔王様の言葉を思い出す。


 何を間違ってしまったのか。

 どう接していけば良かったのか。

 どう言葉にすれば良かったのだろうか。

 どうしたら……嫌われること無く、傍で仕えていられたのだろうか……。



『いいか! ハエレは、ずっと余の傍で、この先も仕えていくんだぞ!』

『勿論です、魔王様』

『……、……後さ、誰もいない時なら、その呼び方でなくても、よくない?』

『そういう訳には参りません。私は一介の側近です。魔王様は、我ら魔族の……』

『だあああ、そういうのいいから! 今はいいから! いつもみたく呼べ』

『ですが……』

『いいから呼べ。呼ばないなら、仕事しないぞ』

『……仕方ないな。今回だけだぞ、トゥルト。お前にはもっと魔王としての自覚持ってくれなきゃなんだから』

『うむ、それは分かってる。でも、たまには、本当にたまーーにでいいから、誰も居ない時は名前で呼べ。魔王なんて呼ばれ方だけだと、寂しいからな』

『……、……』

『ダメか?』

『……いや、分かった。そう言って貰えて嬉しいよ。立場上、どうしても頻繁には無理だろうけど、呼べる時には、呼ぶから。……だから、ほら、いい加減機嫌直せ。な、トゥルト』

『む、別に機嫌悪くなったりしては』

『はいはい、分かった分かった』



 クシャリと頭を撫ぜてやれば、楽しそうに笑って、俺を見ていた魔王様であり、幼馴染みでもあったトゥルト。


 お互い、今の立場になった頃は、まだそんな風な会話をして笑っていた時期だった。


 それがいつの頃からか、トゥルトは、仕事をサボって逃げて、女を追い掛けるばかりになって。

 俺は頭を抱えながらも、仕事をしろと、ソレばかりになっていたな。

 

 もう少し許容すべきだったのだろうか……?

 もう少し優しく対応してやるべきだったのだろうか……?


 ……いや、流石にしまいには、酒と女に溺れて200年以上経ち、仕事の殆どを、俺が代理で片付けている事態にまでなっていたんだし。

 怒って叱られるのも、当たり前だとは思うけれども……。


「……」


 俺は、そこまで考えてから、軽く頭を振った。

 考えて答えが出る事ならともかく、特に今は答えは出ないだろう。

 それにこんな状況で考えた末の答えなんて、ろくな事になりはしない。


 それよりも、まずは現状を把握しよう。

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