プロローグ 2

 お、お待ちください。

 何で人間界に追放まで、されないとなんですか。


「あの、魔王様。恐れながら、解雇だけでなく、追放までされる理由は、何でしょうか」

「え? だって、ペルプラがそう言うから」

「……」


 ………………魔王様、魔王様!


 どうしてそこで、自分の頭で考えて、行動や決定とかせずに、他人任せにしてしまうんですか!


 普通、魔族を人間界に追放なんてしないですよ?


 魔族と人間界では、ずっと昔から、不可侵条約も締結してありますし。

 ペルプランドゥスも、何考えてるんですか。

 こればかりは、簡単に提言していい内容じゃ、無いでしょう。


「ふふふ、ハエレティクス様、ご安心くださいな」

「……何がでしょうか、ペルプランドゥス嬢」

「" 魔族 "を、人間界に追放するのがマズイのは、わたくしも分かっておりますわ」

「では何故」

「えぇ、ですから」


 俺の問いに、口元に小指だけを当てると、薄く唇を開き言葉を続ける。


「ハエレティクス様を魔族でなくすれば、問題ございませんよね」

「……は?」

「ですから、魔族である証の角を消して、魔族としての能力も無くしてしまうのです。そうすれば、多少魔法や剣技が使えるだけの、ゴミク……人間と同じですわ。それであれば、追放しても問題ないのではと、魔王様に進言しました所、ご了承頂けたのですよ」

「……魔王様……」

「だ、だってハエレが、そもそもいけないんだぞ!」

「私……が……ですか?」

「魔王様、そこからは、わたくしが伝えさせて頂きますわ」


 魔王様の口元に自分の人差し指を当てて、話すのを遮ると、話の続きをしていかれます。


 ……それは、私の耳には、痛い言葉でした。


「ハエレティクス様。貴方様は、栄えある魔王様の側近であらせられますのに、使える魔法の1番強い属性が、聖魔法とは、どういう事なのでしょうか?」

「それは……」


 それは正直、私も謎で仕方ない所です。

 きちんと魔族の生まれであるのに、何故か生まれた時から、聖魔法が強く使えますし、なんなら私の最も得意な魔法は回復魔法だったりします。


 一応通常の火や雷、闇などの魔法も一通り全部使いこなせはしますが、どれも中級止まり。


 後は謎の異次元空間を作れる、空間魔法なんかも使えますが、これに至っては、魔族からしたら、何の役にも立ちはしない、無意味な魔法でしかありません。


 側近として魔法だけでなく、剣技も一通りは使えますが、四天王達からすれば、私の剣の腕前なんて「ククク、奴の腕前は四天王の中でも最弱」と言われる者よりも、下でしかない程度。


 だから、どうして聖魔法が強いのかと。

 それを言われると、何も言えなく、口を噤むしかなくて。


「他の方も仰ってるのですよ? ハエレティクス様は、魔族なのに聖魔法が1番強く、他の魔法はロクに使えないのに、側近になれているのは、コネでなったからなのだと」

「っ、それは違う」


 それは無い。それだけは絶対にない事だ。


 父や祖父達が側近として仕えていたとしても、コネや血筋だけで魔王様の側近には、就けるようなものでは無い。先代魔王様も、私の力を認めてくれたからこそ、今の魔王様の側近として仕えれるようになったのですから。

 ……だけど……そうですね。それでも。


「ふふ、口だけでしたら、何とでも言えますでしょう? そもそも、その様な噂を立たれて、その様な噂を消す事も出来ない方が、魔王様の1番の側近であるだなんて、おこがましいのではなくて?」

「……」


 そんなくだらない噂なんて、きちんとやる事を、やっていけば消えるだろうと、何もしないでいただけだったんですが。

 まさかこんな形で影響が出るとは、思わなかったですね……。


「それに、ハエレティクス様が何と仰っても、魔界で絶対の権力を持つ魔王様が、既にお決めになられたのです。追放処分は絶対ですわ」


 ……そう。結局はそこだ。

 魔王様が決めた以上、追放処分は、取り消す事が出来ない。

 …………クソッ。

 

 私は……いや、もう俺でいいか。

 俺はゆっくりと、深く大きな呼吸をして、頭を落ち着かせた。

 何をどうやろうと、もう決定を覆せないのなら、俺もこれ以上、何かを言う気にはならい。


 父と祖父に報告するのは気が重たいが。


 とはいえ、邸に戻れる事なく、ほぼ缶詰めに近い状態で、200年近く働き詰めだった訳を考えると、体を休めるのは、それはそれでありがたいとも思ってしまう訳で。


 追放されるにしても、手続きなどもあり、おそらく数日先だろう。

 それなら、それまでの間に、せめて色々準備だけでもしておきたい。


 そんな風に、俺が頭の中で、今後について考えていた時だった。


「それではハエレティクス様。心の準備は、よろしいでしょうか?」

「え?」


 心の準備? まさか……今? 今この場ですぐなのか!?


「普通、解雇の手続きや引き継ぎがあるでしょう。今すぐは、ありえなくないですか?」

「魔王様は、すぐがいいんですって」


 その言葉に、俺は瞳を見開いて、魔王様を見つめる。


 魔王様は、俺の視線に気が付いたのか、ペルプランドゥスを盾に、ご自身は背後に隠れて(ペルプランドゥスの、全裸を見せ付けられてるようで嫌だが)、顔だけをチラリと覗かせる。


「本当だぞ、ハエレ。余がそれを願っているのだ」

「それは……本気なのか、トゥルト」

「っ……」


 略称とはいえ、俺が名前で呼んだことに、一瞬肩がピクリと跳ねる、魔王様。


「あぁ、本気だ。余はな、いつも、何でもかんでも、余に向かって、偉そうに言ってくるお前が、ずっと前から嫌いだったんだ!」

「!……」

「じゃあな、ハエレ! せいぜい人間界で惨めに、泣いて過ごしていけ!」


 強い口調で叫ぶ魔王様。


 俺は……その言葉に、何かを言い返す事も出来ず。


 パチンと、魔王様が俺に向けて、指を弾いて魔法を行使したその瞬間、俺は執務室から……いや、魔界から姿を消す事となった。



 だから、俺は見ていなかった。

 見る事が出来なかった。






 俺の表情を見た魔王様が、今にも泣きそうな顔になっていたのを──。

 

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