第80話 王の想い

「ワシを無視さんけーするな!」


 尚巴志しょうはしが刀を振り下ろすと、風圧がウフウニ大鬼を巻き込みながら、舜天しゅんてんに襲い掛かった。

 舜天は身体からヒンガーセジ汚れた霊力を放出させて、何事もなかったかのように攻撃を相殺そうさいさせている。


「そうですね。あなたからほうむってしまえば、皆の心も折れるかもしれない。王自らここまで来たことに敬意を払い、一瞬で終わらせてあげましょう」


 舜天しゅんてんは残りのウフウニ大鬼を俺たちに向かわせ、尚巴志しょうはしに向かって居合の構えをしている。

 尚巴志も同じように居合で迎えうつようだ。


「瞬さ……」


「待て! 我の客に手を出すな!」


 舜天しゅんてんの動きが止まった。

 というより、その場の時間が止まったように感じる。

 奥の建物から、舜天より何倍もまがまがしい気配の持ち主が現れた。


尚巴志しょうはし王。こんなところまで来て、我に何の用だ? 降伏だと嬉しいのだがな」


源為朝みなもとのためとも。ワシはお前と1対1の対決をしに来た」


 前回見た時と同じく、鬼面をかぶっていた為朝の、こもった笑い声が響いた。


「面白いぞ! この源為朝に一騎打ちの申し出をする人間が、この世にいたとはな。まさかとは思うが、我に勝てる気でいるのか?」


「いいや。改めて見ても、全く勝てる気がしない。やしがだけど、ワシはこの通りいつ死んでもおかしくない老人だ。だから、死ぬ前に敵の大将の力を知って、死にたいと思っただけだ」


 為朝ためともの前に舜天しゅんてんが立ちふさがり、やめるべきだと説得している。

 その時、ウフウニ大鬼と戦っていた俺たちの背後から、尚忠しょうちゅう護佐丸ごさまるがやってきて、尚巴志しょうはしの前に跳び出した。


たーりー父さん、早くひんぎて逃げてください!」


「時間稼ぎはわったー私たちまかちょーけー任せてください!」


 すると、舜天しゅんてんが一瞬で2人の前に来たと思ったら、護佐丸ごさまる鍔迫つばぜり合いをしていた。


「護佐丸か!?」


『待て!』


 尚巴志と為朝の声が重なると、舜天と護佐丸は距離をとった。

 為朝はそのまま続ける。


「一国の王と戦える機会など、そうそうないからな。いいぞ、戦ってやる。ただし、他の奴らは邪魔をするでないぞ」


「為朝様が出るまでも……わかりました」


 舜天は為朝の威圧に負けて、進言を取りやめた。

 尚巴志は不安げな顔で見つめる2人に堂々と言い放つ。

 

「忠、護佐丸、最後の命令だ! ワシの戦いを黙って見届けてくれ!」


 護佐丸ごさまるはためらいもせずに片膝をついて頭を垂れた。

 尚忠しょうちゅうは悩みながらも、護佐丸と同じ所作しょさをする。


にふぇーでーびる感謝する



 その時、座喜味城ざきみぐすく内のウフウニ大鬼グナァウニ小鬼達の動きが止まって、どこかに消えて行く。

 決闘は佐司笠さすかさたちを残した広場で行うことになった。


尚巴志しょうはし王! 何でこんなことを……」


 移動しながらナビーは尚巴志に怒りをぶつけようとしていたが、護佐丸が黙って制止させた。

 親同然の尚巴志が自分勝手に無謀な行動をしているからだろう、ナビーは不服そうな表情のまま、怒りを爆発させずに我慢しているようだ。

 佐司笠さすかさたちはみんな無事だったが、グナァウニ小鬼が引いていったことに困惑していた。


「ご無事でしたか。今のうちにここを出ますよ」


「すまん、佐司笠さすかさ。何も言わずにセジヌカナミセジの要うにげーさびらお願いします


 為朝ためともがやってくると、佐司笠さすかさ尚巴志しょうはしがやりたいことを悟ったようで、セジヌカナミセジの要をしてあげようか悩んでいる。

 そこに、カマドおばーが割って入ってきて、尚巴志を説教し始めた。


「えー、あんたよ。格好つけて1人で戦うのはいいけど、どういったうむい想いがあって行動しているのかぐらい話してあげなさい。下につく者は意図が読めないと、不安になるだけだろうが!」


「や、やさやそうだな……ワシが戦うと言い出したら、絶対に止められるのでだまっていたのだが。皆のちらを見るに、ばっぺーていた間違っていたみたいだね」


 尚巴志は為朝に向かって声を張り上げた。


「為朝。戦う前に皆と話したい。最後になるかもしれないのでな」


「はっはっは、よいぞ。今のうちに、今生こんじょうの別れを済ませるといいさ」


 それから尚巴志は、ここに至るまでの想いや考えを語ってくれた。


「ワシのぬちは、もう長くはないみたいでのう。それを感じ取ったから、佐司笠さすかさはワシに戦ってほしくなかったのだろう?」


 昨日の牧港まきみなとの戦いの事を言っているのだろう。

 佐司笠は項垂うなだれたまま黙っている。


「残りの短い命で、大和やまととの摩擦を生まないように戦っていたのだが、それも、ナビーたーたくすことができた。そして、役目を終えた今、死ぬ前に敵の大将と戦いたいという思いが、ぶり返してきてしまったのだ。これは、王としてではなく、刀を振り回してきた1人のいきがとしての好奇心かもしれない」


 照れながら話す尚巴志しょうはしに、護佐丸ごさまるが微笑みながら物申した。


「格好つけていますが、そんな理由でうんじゅあなたは動きません。琉球を統一するため奔走ほんそうしていた時代、うんじゅあなたはずっと悩み苦しんでいました。民の生活を豊かにするために、強いうむい想いで戦ってきたが、裏を返せばただの占領せんりょうなのだと、わんに説いてくれましたよね。そんなうんじゅあなたぬちをかける時は、どぅー自分のわがままではなく、民のために動くからではないのですか?」


数多あまたの困難を共に乗り越えてきた護佐丸ごさまるが言うのなら、そうなのだろうな。琉球を統一したと言っても、ワシの身勝手に民を巻き込んだだけかもしれない、といううむい想いは今でもくくるの隅にたっくわってくっついている。だから、最後にこの命をもって、罪滅ぼしをしようとしているのかもしれないな」


 カマドおばーは尚巴志のお尻を叩いて皆をびっくりさせた。


「私も近しい人を戦で無くしていたから、王のあんたから直接話を聞けて良かったさー。うり、特別なセジヌカナミセジの要をしてあげるから座りなさい。佐司笠さすかさ、ナビー、琉美も一緒にやってちょうだいな」


 尚巴志しょうはしを座らせたカマドおばーは、3人のノロを囲むように立たせてセジヌカナミセジの要をするように指示をしている。


セジヌカナミセジの要ユイマール助け合い


 5人からまばゆい光が放たれ、尚巴志の力がみなぎっているように見える。


セジヌカナミセジの要ユイマール助け合いを同時にかけて、この4人からいつでもセジ霊力を送れるようにした。セジ切れを気にしないで全力で戦いなさい」


「カマドさんは本当にすごいお方ですね。にふぇーでーびたんありがとうございました


 そして、まだ不満や不安を隠しきれない息子と娘に向かって、深く頭を下げた。


「お前たちには、父親らしいことをしてあげられなかったにもかかわらず、大変な役割を任せてきた事を申し訳ないと思っている。そして、これからも……」


 尚忠しょうちゅうは尚巴志に寄り添い、顔を上げるように言った。


わったー私たちちょーでー兄弟は、たーりー父さんと同じうむい想いで琉球の未来を願っています。だから、謝る必要はありません。たーりー父さんは今まで、他人のために働いてきました。最後くらい自分の気持ちのままでいいのですよ」


いきがにしか理解できない、何かがあるのだろうか。みやらびとしては許す気持ちになれないのじゃが、思う存分戦ってきてください」


 尚巴志しょうはしは2人と力強く抱き合った。

 そして、ナビーとケンボーにも無理やり抱き着いている。


「2人は血のつながりはなくとも、子であり孫でもある不思議な関係だったが、ここまで立派に成長してくれて本当に嬉しいぞ。お前たちが大人になるまでに平和な琉球にしてあげたかったのだが、押し付ける形になってしまったな……」


 ケンボーは、はっきりとした口調で言い切った。


「心配無用です。琉球には尚巴志しょうはし王の意志を受け継いだ者がばんないたくさんいます。今後の事はわったー私たちまかちょーけー任せてください!」


 いまだに納得していないナビーは黙り込んでいる。それを、優しい表情で見ていた尚巴志しょうはしは、いつものように頭を撫で始めた。


「ナビーにはたーち2つ、王として命令を出す。てぃーち1つ、シバと琉美のことは一生大切にしなさい。たーち2つ、この世界に残るか、向こうの世界に行くのかは、自分の気持ちに正直になって決めなさい」


わかやびたんわかりました……私からも命令です。皆、尚巴志しょうはし王が負けるかのように話していますが、絶対に勝ちなさい!」


「ハハハ! やさやーそうだな! 負けるつもりで戦うのはただのふらー馬鹿やっさーだなくまーここで、このいくさゆー戦の世を終わらすつもりで戦わないといけないな」


 気合を入れた尚巴志しょうはしは、俺と琉美にお礼とお願いをした。


「この世界の者ではない2人のおかげで、琉球は支えられている。本当にありがたい。身勝手な頼みで申し訳ないが、これからも力をお貸しください」


 俺が何も言いだしそうになかったのを見て、琉美が答えた。


「もちろんです。それに、気にしないでください。私たちは琉球のためというより、ナビーのために戦っていますので。まあ、それに伴って琉球に愛着は沸いていますが。そもそも、ナビーと一緒に戦いたくてこの世界にきましたからね」


「そうか。では、ナビーのことはうんじゅなーあなた達に任せてもいいかね?」


「もちろんです」


 俺は琉美と一緒にうなずいたが、ずっともやもやしていた事を問うことにした。


尚巴志しょうはし王。あなたは俺に『ぬちどぅたから命こそ宝ちむぐぐるにすみてぃ精神に染めて、これから行動しなさい』と言いましたよね? それを言ったあなたが、なぜ、このような無謀むぼうな行動をしたのですか?」


 尚巴志しょうはしは真面目な顔で、右手を胸に当てて言った。


「王になった時から、ワシのぬちくまーここあらんではない。ワシのぬち、ワシの宝は琉球の民だからな。それを守れるのなら、この身体がどうなろうとかまわないのだよ。ワシの言ったこと、シバが覚えてくれていて嬉しいぞ」


 王ならば、自己犠牲で他人を守ってもいいということなのか?

 今の俺には納得できる答えではなかった。

 その時、舜天しゅんてんが向こう側から怒鳴ってきた。


「おい、為朝ためとも様を待たせすぎだ! いい加減にしろ」


 気が付くと、晴天せいてんだったはずの空が、いつの間にか曇天どんてんに代わっていた。

 尚巴志しょうはし王は俺たちに背中を向けて、為朝ためともに向かいながらつぶやいた。


「見せたくなかったのだが……ワシの戦い方、絶対にまねさんけーなしないでくれ

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