琉球 按司代行編

第78話 尚巴志王の戦い

 今帰仁城なきじんぐすく奪還からもうすぐ1年がたとうとしている。

 俺たちが苦戦している地域を優先的に加勢していたおかげで、今までとは比べられないくらいに死者が減っているらしい。

 その話を聞くと、多少きつい戦いが続いたとしても乗り越えることができた。


 最近は戦況が落ち着いているので、首里城にある俺たちの家に帰ってしばしの休暇を満喫していると、深刻な面持ちの佐司笠さすかさがやってきた。


うんじゅなーあなた達に見せたいものがある。わんに付いてきてちょうだい」


 声をかけにくい雰囲気だったので、俺たちは黙って佐司笠さすかさに従った。

 すると、首里城正殿の2階に上る階段の上部で止まり、王の間をこっそりと覗くように言われたので覗いてみる。

 そこには、すごい気迫で刀を振っている尚巴志しょうはしの姿があった。


「ナビー、あれを見てどう感じるか?」


「昔の面影が感じられないさー。やっぱり、年取ったみたいだね……」


 佐司笠さすかさは俺たちにそのまま隠れて覗くように言うと、素振りを終えた尚巴志しょうはしの元に向かって行く。


「おお、ちゅーや今日はへーさんな早いな。でわ、ゆたしくよろしく


「やめにしませんか? もう、見ていられません……」


「いくら佐司笠さすかさの指示でも、これに関しては口出しせぬと話し合っただろう」


 佐司笠さすかさは感情のこもった声で静かにこぼした。


「佐司笠のわんではなく、たーりー父さんみやらびとして言っているのです」


 最近知ったのだが、佐司笠さすかさというのは名前ではなくて、ノロの頂点として王を導く者の役職名だそうだ。それに、尚巴志しょうはしの実の娘でもある。


「……1年前、ナビーに老けたと言われたさー。ハァ、なまぬ今のワシはそんなに頼りなさそうに見えるか?」


「見えます。67歳、これほど長生きしておいて贅沢な悩みさー。やしがだけど、更に長く生きて欲しいのです!」


 もう一度ため息をついた尚巴志しょうはしは、何も言わずに汗を拭うと佐司笠さすかさに頭を下げてお願いした。


「佐司笠、ちゅう今日限りでワシは戦いを引退する。最後になーてぃーちもう一度セジヌカナミセジの要ゆたしくよろしくうにげーさびらお願いします!」


「……わかやびたんわかりました


 佐司笠さすかさセジヌカナミセジの要を施された尚巴志しょうはしは、俺たちがいる階段に視線を移して声をかけてきた。


「ナビーたーそこに居るのだろう? 出てきなさい。うんじゅなーあなた達にはちゅうや今日はひじゅー1日中、ワシに付いてきてほしい」


 俺たちが覗いていたことは最初からバレていたようだ。

 気まずい感じのまま尚巴志しょうはし佐司笠さすかさのところまで行くと、ナビーが2人に疑問をぶつけた。


「2人がしていた話は何のことなのですか? なぜ、セジヌカナミセジの要をしたのですか?」


 佐司笠さすかさは黙って床を見つめている。

 尚巴志しょうはしは佐司笠の肩を軽く触れた後にナビーの頭に手を置いた。


なまから戦場に向かう。ワシがやっていたことをすべて教えるから、ついてきなさい」



 誰にも見られないように首里城を出ると、尚巴志しょうはしは自分のシーサーを呼び出した。

 白虎のシーサー化と同等の大きさで、他のシーサーとは明らかに威厳を感じる。


「ワシの愛獅子、太陽丸てぃだまるだ。皆、乗ってあげてくれ。ワシは白虎にのさせてもらおうかね」


 ナビーは白虎を撫でながら呆れていた。


「あきらめてなかったわけ? まあ、王を乗せれば白虎にも箔が付くか。白虎、ゆたしくねよろしくね!」


 俺たち3人は太陽丸てぃだまるに乗って白虎に乗った尚巴志しょうはしにただついて行く。

 太陽丸てぃだまるは他のシーサーと比べれば確かに速かったが、普通に走っている白虎について行くだけで精一杯の様だ。


「本当にへーさんな速いな! やしがしかし、これが本気ではないのだろ?」


 白虎に乗っている時間が1番長い琉美が、得意げに答える。


「はい。ヤンバルスパイクモードというのがあって、今の何倍も速いですよ」


じゅんになー本当か!? 止まってくれ! 今帰仁なきじんの忠にあってくる。少しここで待っていてくれ」


 出発してまだ2分しかたっていないのにもかかわらず、尚巴志しょうはしはヤンバルスパイクのやり方を教わると、俺たちを置いて行ってしまった。


「自由すぎる……」


「あの行動力で琉球の王になったからね。今日は1日振り回されるかもしれないさー」



 その場で1時間半ほど待機していると、尚巴志しょうはしが戻ってきてすぐに出発した。

 ナビーが何をしに行ったのかを聞くと、尚忠しょうちゅうに自分の特技を伝授してきたと言っていたが、なぜこのタイミングだったのかは謎だ。

 それから北上していると、数分後に崖の上に石垣の城壁が見えるところで止まった。


「もうこの世界に来て1年になるから見かけたことはあるよな? あれは浦添城うらそえぐすくで、元々ワシらの拠点だった城だ。後で寄ることになるがまずは牧港まきみなとに行くぞ」


 この1年、俺たちは琉球各地にいる色々なぐすくに行ったのだが、首里城から近いこの浦添城うらそえぐすくには一度も寄ることはなかった。

 浦添城うらそえぐすくを素通りして海が見える方向に進んで行くと、港が確認できる場所に到着した。


「これは佐司笠さすかさ浦添城うらそえぐすくの者にしか知られてないので、口外はさんけーなするな。それと、何があっても手は出さないでくれ」


 俺たちを残して尚巴志しょうはしは1人で港に行くと、そこに停船している小舟から琉球の者ではないサムライの様な人たちが20人下船している。


「人のマジムンやっさー!? この世界に帰ってきてからあまり見なかったのに。まさか、牧港まきみなとに船で着いていたとは思わなかったさー」


 尚巴志しょうはしは敵が攻撃をするよりも早く、テダコ太陽の子ボールの様な火の球を何発も打ち始めた。

 その技は倒せるほどの威力はないので、20人の侍が次々と襲ってくるが、それでも腰の刀を抜かずに戦っている。

 幾度も刃をかわし、至近距離から火の玉をぶつけて1人目を倒したとき、琉美があることに気が付いた。


「あれ見て! 尚巴志しょうはし王のふところヒンガーセジ汚れた霊力が吸い込まれたよ!」


じゅんにな本当にな!?」


 俺とナビーは見逃していたので次の敵を倒す瞬間を食い入るように観察すると、琉美の言っていた通りになった。


「どういうことだナビー。尚巴志しょうはし王にヒンガーセジが取りいたのか?」


「私にもわからないよ。正気を保っているみたいだから大丈夫だと思うけど……それに、あんな戦い方は初めてみたさー」


 考えても分からないので、黙って戦いを見守っていると、10分足らずですべての侍を倒してしまった。

 その時、急に兵士たちがぞろぞろと現れて、何事もなかったように倒れた侍たちを運び始めている。

 ナビーが声をかけようとしたのを尚巴志しょうはしは手を出して制止させた。


「すべては浦添城うらそえぐすで話す」



 侍を運ぶ兵士に続き浦添城うらそえぐすに着くと、正殿の奥に案内された。

 尚巴志しょうはしは人払いをすると、懐からなじみのあるものを取り出した。


「これは琉美に持っていてほしい」


黄金勾玉クガニガーラダマ!? どうして尚巴志しょうはし王が? 私とシバが持っている2つしかないはずなのに」


 驚いたナビーを横目に、琉美の首に黄金勾玉クガニガーラダマをかけた尚巴志は、これまで自分がやってきたことの説明を始める。


「まずは侍マジムンの事から説明しようか。あの侍たちは琉球と交易をしている大和やまとの者なのだが、為朝ためともはその侍たちを襲いマジムン化させて首里城を襲うように仕向けているのだよ」


「そのことを大和やまとは知っているのですか? そうでなければ、さっきの戦いを見られたらでーじ大変なるさー」


「多分、知らないだろうな。為朝ためともは西海岸から上陸しようとする船を徹底的に襲っているみたいで、マジムン化していない大和やまとの者はここ3年は現れていない。大和は交易に行って帰ってこない仲間を不思議に思ってはいるだろうよ」


 俺は話を聞いて、為朝ためとも以外の敵ができるのではないかと心配になった。


「それじゃあ、勘違いした大和に報復されることになりませんか?」


「そうだ、ワシと佐司笠さすかさも同じ考えに至った。だから、ナビーに持たせた2個の黄金勾玉クガニガーラダマとは別に、同じものを作ってもらったのだ。これはヒンガーセジを吸収してくれるだろう? 敵を極力傷つけずに倒しヒンガーセジを取り除く、あの戦い方しかなかったのだ」


やしがだけど、王自らやる必要あったわけ? 護佐丸ごさまるさんとか忠さんに任せてもよかったでしょ?」


「護佐丸は重要なことを頼みすぎているので無理だ。忠やほかの按司あじでは力不足で勤まらない。武器なしで戦える者はワシしかおらんかったのだよ」


 ナビーは目を閉じ、頭の中で尚巴志の言ったことを理解していた。


「仕方がなかったみたいだねー。琉美に黄金勾玉クガニガーラダマを渡したということは、私たちに任せるってことでいいね?」


うんじゅなーあなた達はセジで作った武器で戦うさーねでしょう? 本物の刀にセジをまとわすよりも、敵を傷つけにくいから適任だわけよ。うんじゅなーあなた達にしか頼めないのでゆたしくよろしくうにげーさびらお願いします! 黄金勾玉クガニガーラダマは元の世界に帰るときに使うことになるだろうから、ばんないたくさんヒンガーセジを溜めなさいね」


 俺たちは尚巴志しょうはしから牧港まきみなとの戦いを引き継ぎ、侍マジムンの討伐および保護を承諾する。

 最後に、尚巴志は申し訳なさそうに琉美に声をかけた。


「琉美……流れで首にかけたのだが、その黄金勾玉クガニガーラダマ、ワシの汗で臭くなっておらぬか?」


 琉美は黄金勾玉クガニガーラダマを手に持ったがすぐに手放した。


「ギトギトしますね……気にしないでください。後で洗いますから」


「わ、わっさいびーんごめんなさい……」



 次の日の朝。

 尚巴志しょうはしと白虎の姿が首里城内、どこを探しても見つけることができなかった。

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