第70話 初めて見る戦

 グナァウニ小鬼マジムン1000 対 越来ごえく軍300。

 数では圧倒的に負けているが、個々の戦力差で何とか持ちこたえているように見えた。

 しかし、尚忠しょうちゅうの見立ては違うようだ。


「やはり、苦戦しているようだな。兵士の動きに覇気がないさー」


 少し近づいて越来ごえく軍の様子を確認してみると、ほとんどの兵士は顔色が悪く苦しそうな表情をしていた。

 後方には倒れている兵も数十人確認できた。

 その光景を見た琉美は、あたふたしながらナビーにせまった。


「回復してあげなきゃ! 私たちが加勢しないと大変なことになるよ!」


「残念だけど、それはできないさー。私たちが加わったら目立ちすぎるからよ」


 尚忠しょうちゅうがシーサーから降りて、琉美に説明した。


わったー私たち斥候せっこうだから、存在が敵に知られてはいけない。だから、ここまでよんなーゆっくり進んできたよね?」


「でも……」


「敵軍の奥を見なさい。敵指揮官のウフウニ大鬼マジムンが見えるさー? あれは、3将軍が操っているマジムン魔物で、自軍が負けそうになったら増援を要請してしまう。しかも、そこらの按司あじでは簡単に勝てない」


 ファンタジー作品のゴブリンに似たグナァウニ小鬼マジムンの後方で、3倍ほどの大きさのウフウニ大鬼マジムンが指揮をとっていた。


「それごと倒してしまえばいいじゃないですか!」


「ダメだ。ここで敵を全滅させたとしよう。そのあと、わったー私たち今帰仁城なきじんぐすくに向かっている最中に、敵が戦力を強化して攻めてきたらどうなると思うかね?」


 今の拮抗きっこうしている状態をくつがえして勝ったとしても、次に敵軍が強化してきたら勝てるはずがない。

 ここは我慢して見守るしかなさそうだ。


「すみませんでした。私の考えが甘かったみたいです……」


「偉そうに言ったが、わんはそれで失敗して今帰仁城なきじんぐすくを奪われたのだから言えるのだ。琉美のうむい思いこそがまともだから気にさんけーするな


 尚忠しょうちゅう越来ごえく按司あじに用があるというので、戦が終わるまで見学することになった。

 高台で観察を続けていると全体の流れがわかってきた。

 不思議なことに、数時間たっても両軍の数に変動があまり感じられない。

 なぜなら、マジムン側は数が減ってもウフウニ大鬼グナァウニ小鬼を一定の数で作り出していたのだ。

 それに、越来ごえく軍はやられてしまっても後方に引き返して、待機している数十人のノロに回復してもらい、再度、戦場に戻っていたのだった。


 ……こんな戦いを続けていたら、あんな顔になってもしょうがないな。


 正直、俺も琉美と同じく加勢したかった。

 というより、ただ自分が活躍したかったのだと思う。

 兵士たちがあんなに苦しんで頑張っているのに、安直な気持ちになっていたことに深く反省した。

 今までのマジムン魔物退治の経験とは違った感覚が生まれたので、ナビーにきいてみた。


「こんな戦いを毎日のようにやっているんだよな? 言いにくいけど、その割には兵士たちが強くないように思えるんだけど」


「実は、グナァウニ小鬼を倒してもステータスにあまり反映しない。ヒンガーセジ汚れた霊力の塊みたいなもので、マジムン魔物の存在としては弱いわけよ。一応、身体が鍛えられた分は反映されるけど、それにも限度があるさーね?」


「それなら、どうやってナビーとか按司あじたちは強くなったんだ?」


「物や生き物を核にして生まれたマジムン魔物を倒せば経験値がはいるから、それをばんないたくさん倒してきたわけよ。私たちが向こうの世界で戦ったような生き物のマジムンとか、あのウフウニ大鬼を倒さないとちゅーばー強者になれないさー」


「普通の兵士には倒す機会も少ないし、戦っても勝てないってことか……」


 やるせない気持ちになる。自分がどれだけ恵まれた環境で強くなってきたかを考えると、この人たちのためにも頑張らなければいけないと強く感じた。


 さらに2時間くらいたった時、だんだんグナァウニ小鬼が減っていき、ウフウニ大鬼だけが残る。

 しかし、兵士たちは限界を迎えており、誰も攻めようとはしなかった。

 その時、軍を指揮していた越来按司ごえくあじが1人でウフウニ大鬼に向かって後方から歩み始めた。


「え!? 逃げた?」


 ウフウニ大鬼は、ここまで来て戦いもせずに逃げて行ってしまった。

 これで今日のいくさは終了なのだという。


「終わったか。では、やっちー兄貴としてうっとぅを励ましに行こうかな」



 尚忠しょうちゅうに案内されて、越来城ごえくぐすくの一番奥に建てられた、一番大きな建物に向かった。

 城内には、戦に参加していた兵士がいたるところで意気消沈していて、重苦しい雰囲気が漂っている。


やっちー兄貴めんそーれーいらっしゃい! ナビーもみーどぅさんやー久しぶりがんじゅう元気してたか?」


 俺たちと同じ年代で、兄である尚忠しょうちゅうの半分ほどの歳の若者が、この越来城ごえくぐすく按司あじ尚泰久しょうたいきゅう。通称、越来王子ごえくおうじである。


 ……阿麻和利あまわりもそうだけど、俺と同じ年ごろなのにぐすくを治めているからすごいよな。


「私はがんじゅー元気よ! 泰久たいきゅうにーにーは大変そうだねー。何で、会議にいないかと思っていたけど、苦戦していたとは思わなかったさー」


「……」


 黙ってしまった弟を励ますために、尚忠しょうちゅうは笑いながら自虐で場をにごした。


「そんなに落ち込まんけー落ち込むな! 泰久たいきゅうは、今帰仁城なきじんぐすくを落とされたわんよりも、立派に按司あじとしてやっているさー。経験さえ積めば、将来はどこの按司あじにも負けないとわんは思っているから自信持ちなさい」


やしがだけど阿麻和利あまわりどぅー自分よりも若いのに、立派に勝連城かつれんぐすく按司あじをやっています。最近は、兵士たちにくんちスタミナを付けてくれと、戦中に差し入れをする余裕もあるみたいですし。それに、按司あじの中でもちゅーばー強者なので、勝てる気がしないです」


「確かに阿麻和利あまわりちゅーばー強者だ。やしがだけど、あれは特別で、勝連かつれん地域の皆で幼い頃から育て上げられたゆえに、あのよわい按司あじになれたのだ。あのかつがれ方は、いつかはボロが出るだろうとわんは思っている。だから、うらやましがることはないさー」


 尚泰久しょうたいきゅうは納得していないように見えたが、うなずいた。

 そして、後ろで立っていた俺と琉美の存在に気が付いてくれたので、こちらから自己紹介をした。


「シバさんと琉美さんですね。越来城ごえくぐすくめんそーれーようこそ。挨拶が遅れました。わんねー僕は尚泰久しょうたいきゅうやいびんです。泰久とでも呼んでください。ナビーのしんか仲間ということは、お2人は戦えるのですね? それなら、ぜひとも越来ごえく軍に入ってもらえないですか?」


 尚泰久しょうたいきゅうが俺たちを勧誘してきたが、尚忠しょうちゅうが割って入り、会議の内容と任務のことを説明をするとあきらめてくれた。

 加えて、尚巴志しょうはし義本ぎほんに狙われたのを俺たちが追い払ったと聞くと、膝をついてこうべを垂れてきた。


「我らが王……たーりー父親を助けて下さったとは。にふぇーでーびたんありがとうございました! そんなにちゅーばー強者なら、なおさら軍に入ってほしいけど、任務ならしょうがないですね」


 尚泰久しょうたいきゅうという男は誠実で純粋な人に感じた。どうにか手伝えないか考えたが、やはり、今はどうしても無理だ。


 ……今は無理だけど、後からなら大丈夫じゃないか?


「それなら、任務が終わって帰るときに加勢するってことにしませんか? だから、その間は何とか持ちこたえてください。忠さん、それならいいですよね?」


「それなら問題ないさー。まあ、わったー私たちが無事に帰ることが条件になるがね」


にふぇーでーびるありがとう! お互いちばりましょう頑張りましょう



 話がまとまった後、正殿の一室に一晩止めてもらう事になった。

 ナビーと琉美は、まだ回復できていない兵士たちの回復を手伝うために、直ぐに出て行ってしまった。

 尚忠はまだ尚泰久しょうたいきゅうと話すことがあると言っていたので、俺は白虎と一緒に城の石垣沿いを散歩している。

 そして、丁度戦場だった場所が俯瞰ふかんできる場所で足を止めた。


 ……さっきの戦い、戦略を練ればどうにかなりそうなんだけどな。


 倍以上の敵が襲ってきているにもかかわらず、考えなしに真っ向勝負していて、常時、乱戦状態だった気がした。

 あれでは体力が持つわけない。


 自分たちが戦うならどうするか、脳内シミュレーションをすることにした。

 まず、開戦と同時にナビーのヨンナーゆっくりで前方の動きをにぶらせて、軍全体を窮屈きゅうくつにさせる。

 密集になったところを中心に、俺とナビーでティーダ太陽ボールや火災旋風かさいせんぷうで大幅に数を減らす。

 残りは、白虎に乗った琉美のサポートを受けながら、接近戦で倒していく。


 ……完璧! って、そんなにうまくはいかないかな?


 背後からナビーの声がしたので振り返る。


「シバ、迷子になっていると思ったから迎えに来たさー。って、なんで1人でにやけている? しにはごーさよとても気持ち悪いよ


 ……俺は妄想してにやけていたのか? 流石にキモいな。

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