第67話 按司集結

「ナビー対西平総賢にしひらそうけん。試合はじめっ!」


 仕切りの兵が手を振り下ろして開戦の合図をすると、ケンボーが低い体制のまま槍を構えて、一直線に走り出す。

 ナビーはそれに見向きもせずに、あらかじめ地面に突き刺していたヒヤー火矢セジ霊力めていた。


ティンサグヌハナホウセンカの花チミサチニスミティ爪先に染めて


 赤いオーラをまとい、大量のセジを消費して急激に戦闘力を上げるティンサグホウセンカモードを初っ端から使ったナビーは、ヒヤー火矢を野球のバッターのように構えてケンボーを引き付けた。


「行くぞーーーー!」


 槍の先端にまとわせたセジの球がナビーの腹部に襲い掛かる。

 しかし、ナビーは横跳びでサッとかわすと、構えていたヒヤー火矢をケンボーの腹めがけてフルスイングした。


「グヘッ!」


 ケンボーは首里城の敷地外まで、アーチを描くように飛ばされてしまった。

 あまりのあっけなさに、観客は口を半開きにして固まっている。

 仕切りは呆然としながらも、勝ち名乗りをした。


「しょ……勝者、ナビー」


 ナビーはすぐにティンサグホウセンカモードを解いて、満足げな顔をしながら俺たちの観戦場所に歩いてきた。


「城外ホームラン、気持ちよかったさー! 琉美、お願いしていたことお願いね」


「お願い? ああ、回復の事か。マブイが落ちて無ければいいけど……」


「大丈夫よ。私がヒヤー火矢すぐる殴る瞬間に、セジでお腹を強化していたからよ。まさか、そんなことができるようになっていたとは思わなかったさー」


 琉美は白虎にまたがり、ケンボーのとんでいった方向に急ぐ。

 死ぬかもしれないからと回復を琉美に頼んでいたのは、ナビー自身の為ではなく、ケンボーの為だったようだ。

 初めから全く負ける気はなく、本気で叩きのめす気満々でいたのだろう。


「強化できるってわからなかったのに、あんな攻撃をくらわせたのかよ……」


「何言ってる? ケンボーも私をたっぴらかす叩きのめす気まんまんだったさー。あの槍の先に触れたら私もただでは済まなかったから、これでいいわけよ」


 槍の先端に丸いセジを作ったのは、刃物である穂を覆うためではなく、さらに攻撃力を高めるためだったようだ。

 それなら、ひどいやられ方をしたケンボーも文句は言えないだろう。

 そもそも、何でもありのルールで始めていたのだった。


 尚巴志しょうはしが俺の隣にいる佐司笠さすかさに、耳打ちしているのが聞こえる。


佐司笠さすかさ。ナビーの奴、ワシよりちゅーばー強者になってないか? 全く勝てる気がしないのだが……」


やさやそうだね。ケンボーも単純な強さでは、按司あじたちと互角なのじゃが……」


 按司あじとは簡単に言えば領主や豪族の事で、護佐丸ごさまるがそれにあたる。

 異世界琉球では、民を導けるリーダーシップを持ちつつ、兵をまとめ上げられる強さを持った選ばれし者しかなれないそうだ。

 護佐丸ごさまるには負けるだろうが、他の按司あじたちと互角に戦えるケンボーは、思った以上に強い人みたいだ。

 尚巴志しょうはしがナビーに向き直り、腫れ物に触るように褒めたたえた。


「な、ナビー……うすまさちゅーばーとても強くなっとんななったね……ちびらーさん素晴らしいよ


にふぇーでーびるありがとうございますやしがだけど為朝ためとも舜天しゅんてん義本ぎほんを倒すことを考えたら、このままではまだまださー」


 その時、ケンボーを白虎にくわえさせ、琉美が戻ってきた。


「ねえ、ナビー。こいつ、気持ち悪いんだけど。どうにかしてよ!」


「何かされたのか? えー、ケンボー! 琉美にぬーそーが何したのか?」


 白虎に吐き出されて地面に転がったケンボーは、直ぐに立ち上がり琉美を見つめている。


「まだ何もしてないぞ。それより、なー名前は琉美というのですね。かーぎだけではなく、なー名前ちゅらさん美しいさー。ああ、まさに天女! うんじゅあなたゆみにできたら、あの察度さっとの父も嫉妬しっとするでしょう」


 察度さっととは、琉球が統一する前の中山王ちゅうざんおう浦添城うらそえぐすく按司あじ)で、その父は羽衣はごろも伝説の天女と所帯を持ったと言われている。


「えー、しにはごーさよとても気持ち悪い! ケンボーは2度と琉美にちかよらんけー近寄るな


 琉美が困っているのを見た佐司笠さすかさは、警備兵にケンボーを連れて行くように命令して、城の外に追い出してくれた。


「回復してあげたら急に告白してきて、キモかったよ。ケンボーはナビーの事を好きだと思ったのに……」


かんちげーさんけ勘違いするな! ケンボーはいなぐの私に負けるのが悔しくて、突っかかってきているだけさー。どちらかといえば、私の事は嫌っているはずよ」


 幼いころから女の子に負け続ければ、その女の子の事を好きになれない気持ちはよくわかる。

 男のプライドを傷つけたナビーを好きになるはずがないのだ。


 話題を変えるために尚巴志しょうはしが咳払いをした。


「ゴホン! かしましいうるさいのがいなくなったので、てーしち大切な話をしようか。ナビー、シバ、琉美はワシが思っていた何倍もちゅーばー強者みたいさー。これからうんじゅなーあなた達には、戦略上てーしち大切な作戦に参加させることもあるだろう。その時はゆたしくうにげーさびらよろしくお願いします


 ナビーは白虎を撫でながら、尚巴志しょうはしに指摘する。


「白虎のことわしんなよ忘れないで。今まで何度も活躍してきた、てーしち大切しんかやいびん仲間ですから


「もちろんさー。やさそうだ! 白虎の能力を知るために、今からワシが乗って……」


 佐司笠さすかさが声を荒げながら尚巴志しょうはしの言葉を遮った。


「えー、危ない目にあったくせに、まだそんなこと言ってるのか!? これから、負傷した兵に何があったかを聞きに行く予定じゃっただろうが。ナビーたーは戦い続きでくてーた疲れたじゃろ? しばらくはよーんなーしみそーれゆっくりしてちょうだい



 それから5日間は特に用事ができることもなく、心も体も十分に休めることができた。

 1つ気になることがあった。

 首里城内をナビーに案内してもらったり、食事の際に正殿に行くときなど、家から離れている時間はずっと監視されている気がして落ち着かなかった。

 誰だかめぼしはついていたが、関わると面倒くさそうだし何もする気配はなかったので、ナビーと琉美には気が付くまでは黙っておくことにする。

 いつものように、正殿1階で薄味のお昼ご飯を食べて家に戻ろうとした時、使いの者が2階から慌てて駆け下りてきて呼び止められた。


「お待ちください。ナビー一行を直ちに王座に連れてくるようにと、佐司笠さすかさ様から命を受けました。そのまま2階にお上がり下さいませ。按司あじのお方たちもお待ちしておりますので」


 ……按司あじのお方たちって、護佐丸さんもいるのかな?


 使いの者に案内されて2階に上がると、謁見えっけんの時に並んでいた人たちとは異なり、15人の勇ましい男性が王座の前に縦2列に並んで座していた。

 右列の前方に護佐丸ごさまるが見えたので、この人たちが按司あじなのだろう。


「ナビー一行をお連れしました」


 王の間にいる全員が一斉にこちらを向いた。

 ぐすくを治めているだけあって、按司あじたちからは威厳を感じ、鋭い視線に圧倒されそうになる。


「急に呼び出して済まないな。中央まで来てくれ」


 皆に見られながら、恐る恐る尚巴志しょうはしの言葉に従う。

 歩きながら護佐丸ごさまるをチラッと確認すると、微笑みながらうなずいてくれたので少し緊張が解けた。


「現在、各地のぐすくを治めている有力な按司あじたちを緊急招集して、大事な作戦会議を行っている。そこで、按司あじたちにうんじゅなーあなた達を紹介しながら、会議に加わってもらいたいと思って呼び出したのだ。まあ、あらかたワシと護佐丸ごさまるうんじゅなーあなた達の説明はしているので、本題から入ろうかのう」


 ナビーが返答しようとした時、1番若い20代前半くらいの按司あじの1人が、俺たちを見ながら鼻で笑ってきた。


「ふん。尚巴志しょうはし王、流石におたわむれが過ぎますぞ。護佐丸ごさまる殿も称賛するのでどんな奴かと思えば、いかにもよーばー弱者わかむん若者ではないですか。ナビーだけならまだしも、こんなしらんちゅ知らない人に大事な作戦を聞かせてもよろしいのですか? 僕は反対です」


「おう、カナー! ちゃーがんじゅーいつも元気だね」


尚巴志しょうはし王、いい加減幼名ようみょうで呼ぶのはやめてください。今は阿麻和利あまわりと名乗っておりますので。それに、わらばー子供扱いはよしてください」


わっさいびーんごめん勝連かつれん麒麟児きりんじ阿麻和利あまわりの手腕にはいつも助かっている。わらばー子供扱いはよくなかったさー。やしがしかし……シバと琉美を馬鹿にすることはゆるさんぞ!」


 笑い交じりに話していた尚巴志しょうはしが、俺たちをかばうときだけ豹変ひょうへんして怒号を上げた。

 この場にいる皆、王の本気の怒りを感じ取り緊張が走った。


たーりー父さん、落ち着いてくれよ。みんなが委縮してしまうだろ」


「……ちゅうのいう通りだな。わっさいびーん悪かった。皆、緊張を解いてくれ」


 この場で唯一、ひるまずに口を開いたちゅうという男は、40代くらいで尚巴志の面影を感じる顔立ちをしており、飄々ひょうひょうとしていた。

 佐司笠さすかさ尚巴志しょうはしの前に出てきてこの場を仕切り始める。


尚忠しょうちゅう王子、にふぇーでーびたんありがとうございました。王では話が進まないので、ここからはわんが仕切ることにしようかのう」

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