第59話 首里城炎上

 花香ねーねーは夜遅くまで仕事があり、最後の晩ご飯を一緒に食べることはできなかった。

 ナビーは寂しそうにしていたが、俺と琉美には都合がよかった。

 花香ねーねーが一緒だと、ナビーを見送るときに俺と琉美の荷物を首里城の敷地内までもっていくのは不自然だ。

 花香ねーねーには現地集合にしてもらい、荷物を白虎に乗せておけば、自然に持ち込むことができる。


 3人分の私物が片付けられ、物足りない感じがするリビング。特等席のソファーに座ったナビーは、肘置きを軽くさすりながらつぶやいた。


「このソファーともお別れだねー。持っていきたいほど最高だったさー!」


 このソファーでくつろぐナビーの印象は最悪だった。

 ひとたび腰を下ろすとダメ人間になってしまい、リモコンをとるのも、お菓子や飲み物を準備するのも、必ず俺に頼んでくるのでいつも呆れていた。

 しかし、その光景をもう見れないと思うと、今は寂しく感じる。


「これを持っていったら、向こうの世界の人が俺みたいに大変になるだろ!」


「ん? シバは喜んで私のわがままを聞いていたんじゃないの? っていうのはゆくしで、ここの生活が快適になったのはシバのおかげさー。今までありがとうねー!」


「う……うん」


 いつもは絶対にしなかったお礼を満面の笑みでやられると、少し戸惑ってしまった。その俺を見た琉美がニヤニヤしながら口をはさんできた。


「あー、珍しくナビーがお礼をしたから、シバがリアクションに戸惑っている!」


「うるさい!」


 ナビーは立ち上がり、ソファーの背もたれに立てかけられていたヒヤー火矢を握った。


「名残おしいけど、花香ねーねー待っているかもしれないから出発しようね」



 花香マンションを後にして首里城に向う。時刻は午後11時を過ぎていた。

 なぜこんな遅い時間にしたかというと、白昼堂々首里城のど真ん中でセジ霊力を使い姿が消えたり現れたりしたら、パニックになると考えたからである。

 それに、花香ねーねーは有名人なので、人が大勢いるところにはうかつに顔を出せないのだ。


 首里城正殿前広場に着いたが、まだ花香ねーねーの姿が見当たらない。

 しかも、人がいないことを見越していたが、数日後に行われるイベント設営のため、まだ人がちらほら残っていた。

 花香ねーねーに連絡を取ると、ひょっこりと物陰から紙袋を持って現れた。人がいたので隠れていたようだ。


「思ったより人が多いわね。どうやって中に入る?」


「31日になったら帰ると佐司笠さすかささんには報告しているから、日付が変わるまで待ってみるさー。それでも人がいるようなら、みんなでセジをまとって、視認されないようにしようね」


 待っている間、花香ねーねーが持っていた紙袋から、ナビーのいつもの着物と同じものを2着だしてプレゼントした。


「着慣れたものは何着あってもいいと思って準備していたの。あっちの世界でも役に立つんじゃないかしら?」


「あいー! この着物たかさん高いのに2着も用意してくれたわけ。ありがたいさー」


「喜んでもらえてよかったわ。ナビーとの約3年間、いろいろあったけどとても楽しかった。元の世界に帰っても、ナビーのことだから無茶な戦いをしていくのだと思うけど、元気でやっていくのよ」


 ナビーと花香ねーねーは涙を流しながら抱き合って、それを見た琉美も一緒に寄り添っている。

 女性同士だからできる愛情表現に混ざれないのが悔しかったので、俺は1人で白虎に寄りかかっていた。


 花香ねーねーが俺たち3人をならべて、顔をじっくりと見始めた。


なんくるないさー何とかなるさ。私が最後に伝えたい言葉よ。このなんくるないさーって言葉の前にはね、本当はまくとぅそーけー誠の事をすればって言葉が隠れているの。あなた達は自分が正しいと思うことを迷わずやっていれば、何とかなると私は思っている。だから、自分の道を突き進んでちょうだい」


 なんくるないさーという言葉は、いい加減な人が使うイメージがあったのだが、本当の意味を知って良い言葉なのだと改めた。

 琉美とナビーも同様に心を打たれたようだ。


まくとぅそーけー誠の事をすればなんくるないさーなんとかなるさ。これぞ黄金クガニ言葉ですね。座右の銘にします!」


「シネリン様とは大違いさー。さすが花香ねーねー!」



 そうこうしている間に日付が変わって1時間ほどたっていたが、まだ数人残っているようだった。

 仕方ないので花香ねーねーにセジを流し、自分達もセジをまとわせて周りから見えないようにして首里城正殿前に向かった。


「花香ねーねー、シバ、琉美、白虎。今までありがとうね。みんなとの思い出は一生の宝物になったさー」


 俺は、いつも首にかけている黄金勾玉クガニガーラダマを外してナビーに返した。


「はい、これも必要だろ?」


「これはシバに持っていてほしい。セジホールを出現させるために、今まで貯めたセジだけを使わせてもらえばいいから」


 そう言ったナビーは、俺の首に黄金勾玉クガニガーラダマをかけなおして自分の黄金勾玉と重ね合わせた。


むーちくくぬちになるように勾玉まがたまを合わせてセジをめれば、向こうの世界の首里城とつながるセジホールができるわけさー」


 琉美とは事前に話し合って、セジホールができたら白虎に乗って突っ込むことになっている。


 ナビーが黄金勾玉クガニガーラダマにセジをめると、そこから閃光が放たれて正殿のセジを刺激した。

 すると、俺とナビーの前に人が優に通れる青白い穴が現れた。


「成功したみたいだね。じゃあ、みんな元気……!? 逃げれ!」


 ナビーが花香ねーねーの手を引き、正殿と反対側に逃げるように走ったので、俺もそれに続いた。

 琉美は白虎に乗っていたので、遅れないですんでいた。

 30mほど離れたところで振り返ると、セジホールから5歳児くらいの大きさで、全身が薄黒い鬼が6匹、金棒をもってぞろぞろと現れた。

 ナビーは持っていたヒヤー火矢を構えて警戒している。


「なんでよ? グナァウニ小鬼が来ているさー! 花香ねーねーは安全なところに下がって」


「お迎えではないみたいだな。ナビー、あれはマジムンなのか?」


「あれは、向こうの世界で一番数の多いマジムンさー。為朝ためとも軍の歩兵ってところだね」


「このセジホールは向こうの首里城とつながっているんだよな? 向こうは大丈夫なのか?」


「わからんけど、急がないといけないみたいさー。シバ、琉美、最後に一緒に戦ってくれないかね?」


 俺と琉美はうなずいて戦闘態勢をとり、花香ねーねーは白虎に乗せて安全な場所から見てもらう。


「1人2匹ずつお願い。見た目に寄らずちゅーばー強いだから、油断さんけーよするなよ


 琉美が左側、ナビーが真ん中、俺は右側から2匹ずつのターゲットをそれぞれ攻撃して、グマァウニ小鬼マジムンを分断させた。

 初めての敵なので力量を図るために、敵の攻撃に合わせてうまくヒンプンシールドを設置して威力を確認する。

 小さな体から振り下ろされた金棒は、ヒンプンシールドを一瞬で粉々にしていた。

 グマァウニ小鬼マジムンから距離をとり、琉美に攻撃が強い事を伝えることにした。


「琉美、こいつら攻撃力高いから気を付けて!」


「はあ? 私もナビーも、とっくに倒したんだけど」


 振り返ると倒していないのは俺だけだった。1人だけ慎重になりすぎていたようだ。

 俺は黙ってティーダ太陽ボールを放って2匹のグマァウニ小鬼マジムンを倒した。


「ナビーがちゅーばー強いとかいうから慎重になりすぎたんだけど。なんか恥ずかしいだろ……」


「ごめんごめん。最後に戦った時のイメージだったからよ。私もちゅーばー強者になったんだなー」


 そのとき、白虎が急に吠えたと思ったら、花香ねーねーの叫び声が聞こえた。


「みんな、後ろ!」


 俺たちは反射的に振り返ると、セジホールの中から鬼の面をかぶり弓を持った人が現れた。


「シバ、刀を準備しておけ。琉美は龍のムチを」


 俺たちに武器の準備をうながしたナビーは、ヒヤー火矢を構えて警戒している。


「マジムンあらん違うな。やーたーやがお前は誰だ?」


 鬼面の人は、黙ったまま持っていた弓にヒンガーセジ汚れた霊力の矢をつがえて俺たちに乱射してきた。

 ヒンプンシールドを簡単に貫通してくるので、俺たち3人は必死で逃げ回った。

 突然手を止めた鬼面の人は、腰に1本だけ差していた矢を手に取り、先端部分を地面にこするように一振りすると、そこに火がついた。

 そして、先端が燃えた矢をつがえて俺たちを狙うと思いきや、背後に振り返り首里城正殿に向けて構えた。


ティーダ太陽ボール!」


 ナビーが咄嗟とっさティーダ太陽ボールを放ったが、軽く避けてそのまま火矢を首里城に射った。


「燃えている?」


「何言ってるんだよ。セジの攻撃だと、テダコ太陽の子ボールみたいに現実には干渉しないだろ」


 鬼面の人はこちらに向き直ると、もう一度黒い矢を乱射しながら後ずさりでセジホールのなかに消えていった。

 その向こう側では、首里城に射られた火矢の火が瞬く間に燃え広がっている。


「逃げられた。それに、本当に燃えているみたいだな。この燃え方だと今からではどうしようもないぞ」


 琉美がセジホールを指さして叫ぶ。


「あれ、だんだん小さくなっているよ!」


あいやーなー驚いた! でーじなとん大変なことに! みんなごめん。ここでお別れさー」


 ナビーはそう言うと、振り返ることもなくだんだん小さくなっていくセジホールに走り出した。

 首里城が燃えてこの場のセジ霊力が減り、セジホールが小さくなっているのだろうか?

 急がないと直ぐに消えてしまいそうだ。

 俺と琉美はお互いの顔を見てうなずき合い、覚悟を決めてナビーを追いかけようとした。


「待って!」


 白虎が俺たちの前に立ちふさがり、乗っていた花香ねーねーが飛び降りた。

 そして、ずっと持っていた紙袋を白虎にくわえさせたあと、俺と琉美に微笑みかけた。


「2人とも、頑張りなさいよ!」


 白虎が俺と琉美の前でかがんでくれたので、すぐに飛び乗った。

 その一瞬で、花香ねーねーに重要なことを伝えた。


「今までありがとうございました。俺たちの机の中を見てください」


 俺たちを乗せた白虎は、燃え盛る首里城の熱気もお構いなしに、ギリギリ通れるくらいまで小さくなったセジホールに飛び込んだ。

 この炎上している首里城はこのあとどうなるのか。

 向こうの世界の首里城では何が起こっているのか。

 色々な不安を抱えながら、今はただナビーを追いかけることだけに集中することにした。

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