第58話 別れの挨拶

 ミシゲーしゃもじウッシーが真面目に働いたおかげで、1週間ほどで座喜味城跡ざきみじょうあとのヒンガーホールは消滅した。

 それからは全くマジムンは現れていない。

 ナビーは異世界琉球に帰還する日まで、思う存分この世界を満喫している。

 俺の家族や琉美の家族も連れて、沖縄の名所をゆっくり観光したり、美味しいものをいっぱい食べたりもした。

 ナビーの思い出作りをうまく利用して、俺と琉美も最後になるかもしれない家族との思い出を作りながら、残りの時間で思いをつのらせていた。

  

 2019年10月30日。

 今日の深夜に帰還する予定なので、ナビーがこの世界で知り合った人たちとお別れをするため、白虎に乗ってナビーと俺で各地を駆けまわっていた。

 ナビーと同じ日に俺と琉美も花香マンションをでる予定になっているので、琉美は荷造りをするため家に残っている。


 最初に、ナビーの元仲間で、マジムン退治をしていた又吉剛またよしごうの家に向かった。

 剛さんは敵対したりもしたが、この世界に来た舜天しゅんてんを止めるために尽力し、俺にセジオーラを教えてくれた恩人である。

 インターホンを鳴らすと直ぐにドアが開かれた。


「おお、ナビーたちか。なんかあったのか?」


 剛を最後に見た時は力のない表情であったが、今は明るい印象になっていた。


「今日は、この世界でのマジムン退治が終わったことを報告しにきたさー」


「そうか。ナビー、シバ。本当にお疲れ様。ということは、ナビーはもう異世界琉球に帰るんだね……」


「うん。それと、剛には最後に言っておきたいことが……私のせいで人生を狂わせてごめんなさい」


 急に謝られた剛は、目を丸くしていた。


「なんでナビーが謝るんだ? 申し訳なく思っていたのは、マジムン退治を承諾しておいて途中で投げ出した僕の方なのに。それに、僕のことは気にしないでいいよ。今は、もう一度空手に目覚めてしまってね。おのれの修行をしながら子供たちにも教えて、充実した毎日なんだ。だから、ナビーが負い目を感じることはないよ」


「そうねー……それならよかったさー」


「そうだ! 最後に僕と組手をしてくれないか?」


 前に剛と戦った公園に移動して、ナビーと剛が修行でやっていたという組手をすることになった。

 俺は黄金勾玉クガニガーラダマを剛に持たせて周りから見えないようにセジを流させた。


「お互い手加減なしで頼むよ。最後に楽しませてくれ」


「剛に手加減できるわけないさー!」


 ナビーと剛は激しく組手を始めると、お互い久しぶりでワクワクしているみたいだった。

 2人には俺が知らない歴史がある。

 この世界に来たばかりでいろいろと大変だったであろうナビーと共に、剛はどのように過ごしていたのだろうか? 

 楽しそうに戦う2人を見ていると、少しイライラしてしまう自分がいる。この感情が何なのかは考えないことにした。


 剛の正拳をかがんでかわしたナビーは、腹部に肘打ちの寸止めをした。

 剛は両手をあげて降参の意志を示す。


「少しは腕を上げたと思ったんだけど、ナビーはさらに強くなったみたいだね。やっぱりかなわないな……最後に付き合ってくれてありがとう」


「……」


 ナビーは目をウルウルさせて黙ってしまった。声を出してしまえば涙が流れてしまうのを耐えているようだ。

 俺は剛に言いたいことがあったので、黙ったナビーに聞こえないところで少し話をした。


「シバ君も寂しくなるね。これからはどうするんだ?」


「そのことなんですが、俺と琉美も異世界琉球に行くつもりなんです」


「え!? 異世界に!? 冗談だよね?」


「しー! 声が大きいです! ナビーには内緒なんですから……」


「本気なのか……シバ君たちはそこまでの覚悟でやっていたのか。僕ではかなわないわけだ。で、古謝こじゃさんにも黙っているのかい?」


「はい。ナビーについて行くと言ったら、絶対に止められると思ったので。剛さんに頼みたいことがあるのですが、俺たちがいなくなって花香ねーねーが落ち込んでいたら励ましてくれませんか? 責任感が強い花香ねーねーは、自分を責めるかもしれませんので」


「そんなことなら任せて。僕も古謝さんには助けられていたからね。僕が言うのもなんだけど、逆にナビーの事を頼むよ!」


「はい。任せてください!」


 話を終え、白虎に乗って剛に会釈をした。


「うん。さよならナビー。向こうでも頑張ってな!」


 ナビーは満面の笑みで涙を流しながらかつての仲間にお別れをした。


にふぇーでーびたんありがとうございました! んじちゃーびらさようなら!」


 ナビーはずっと、自分の都合に巻き込んでしまった剛が気がかりだったのだろう。最後にそのしこりが取れ、気が楽になったみたいで清々しい顔をしていた。


 次に上運天香かみうんてんかおりの家に向かった。


「ナビーさん。はっ!? しゅばふぃきしゃん!」


 上運天さんは俺を見て動揺を隠せないでいた。

 正直、裸を見た人なので俺も気まずいが、お世話になった人なのでお礼だけはしておくことにする。


「かみちゃん久しぶり。元気だったねー?」


「はい、元気ですよ。実はあの後、子をさじゅかりましてね。おちゅこんでいられなくなってしまいまして」


「あい! おめでたいね! でも、かみちゃんの子が見られないのが残念さー……」


「もう、お帰りになられるのですか……寂しくなりますね……」


「かみちゃんにはお世話になったからお礼しに来たわけよ。今までありがとうねー」


「いいえ。ナビーさんと一緒は楽しかったので、こちらこそありがとうございました」


 俺とはお互い軽く会釈だけで挨拶をして、次の目的地に向かった。


 ライジングさん比嘉昇には前もって連絡していたので、ライジングさんの家に嘉数辰かかずたつ糸数いとかずエリカにも来てもらい、別れの挨拶をした。

 ナビーと後輩2人が別れを惜しみ合っているとき、俺はこっそりライジングさんにも俺と琉美も異世界琉球に行くことを伝えて、花香ねーねーのことを気にかけてほしいと頼んでおいた。


「シバは3人で進んで行く道を選んだのか。寂しくなるけど、僕は君たちを応援するよ。僕は古謝さんには進路のことで相談に乗ってもらっている。恩を返すためにも古謝さんが困っていたら僕が全力でサポートするから、シバたちは安心して旅立ってくれ!」


「うん。思い返せばライジングさんとは最悪な出会いだったけど、仲良くなれて本当によかったよ。短い期間だったけど、ありがとうございました」


 ライジングさんは急に感動し始めて、泣きながら抱き着いてきた。


「離せバカ! 気持ち悪い!」


 ナビーがこちらの異変に気付き、スマホのカメラ音を鳴らして声をかけてきた。


「琉美が喜びそうなことしているけど、お前たちは何をしているのか?」


「あっ、あれだよ。こいつはナビーと別れるのが寂しいだろうって、勝手に俺をあわれんでいるんだよ」


 ライジングさんは涙ぐみながら、何事もなかったようにナビーにお別れをする。


「ナビーちゃんとまた野球の試合をできなかったのが心残りだけど、それはシバで我慢するしかないね。ナビーちゃん、また会えるかわからないけど、元気で頑張ってね」


「ライジングもエイサーとかボランティア頑張れよ。最後だから言うけど、いろいろありがとうねー。助かったさー」


 後輩2人はまた会えると思っていたのか、今生の別れの様な雰囲気に困惑しながら3人で手を振っていた。


 最後に、キジムナーを休養させている浜比嘉島はまひがじまのシルミチューという洞窟に向かった。

 この場所は、かつて、アマミキヨとシネリキヨが住んでいた場所で、豊穣ほうじょう、無病息災、子孫繁栄などを祈願するパワースポットとして有名な場所だ。

 アマミキヨたちの好意で使わせてもらっている。

 海沿いの林に入っていくと、大岩の横に鳥居を見つけた。

 それをくぐり長い階段を上った先にある大きな洞窟の入り口は、鉄格子でふさがれており錠がかかっているので俺たちは中に入ることができない。

 それに、キジムナーは眠っているので、ナビーが頭の中に語り掛けても反応しなかった。


「シバ、あれとあれ、忘れてないよね?」


「線香と小麦粉だろ? ちゃんと持ってきたよ」


 本人から教えてもらっていた、キジムナーを呼び出す儀式をすることにした。

 この儀式は、大昔から沖縄の子供たちの遊びとして知られているらしい。

 この場所の様な薄暗い場所の地面に円を描き、その中に小麦粉などの白い粉をまく。

 中心に火を灯した線香を立てて呪文を唱えると、キジムナーが現れるというのだ。


ちゅん来るちゅん来るちゅん来るわったーぬどぅし私たちの友達、キジムナー。ちゅんちゅんちゅん、わったーぬどぅし、キジムナー」


 呪文を唱えた後は、隠れて20数えるのが正式のやり方らしいが、俺たちはしなくていいとキジムナーに言われていたので、その場で待つことにした。

 線香の煙が洞窟の中に吸い込まれると、急に円の中が青白く光り、キジムナーが現れた。


「はっ! びっくりしたぞ! この感覚は久しぶりだな。オラを呼んだのはシバたちか」


「キジムナー、もう起こして大丈夫だった?」


「ああ、大丈夫。少し寝すぎたぐらいだからな。それで、なにか起こったのか?」


 ナビーが前に出て、要件を述べる。


「今日は私が元の世界に帰るから、お世話になったどぅし友達のキジムナーにお礼とお別れをしに来たわけさー」


座喜味城ざきみじょうのヒンガーホールは片付いたんだな。そうか、寂しくなるな……ナビー、あっちの世界には為朝ためとも舜天しゅんてんの他にもちゅーばー強者ばんないたくさんいるんだろ? 絶対まきらんけーよ負けるなよ!」


 キジムナーが寝ている間のことを報告して、ナビーはありがとうとさようならをしっかりと伝えた。


 最後に、こっそりとキジムナーに通信をつなげるように頼んで、シルミチューを後にする。

 ナビーに内緒でキジムナーと話したかったので、帰りながらキジムナーと話した。


「シバ、どうしたんだ?」


「実は俺と琉美もこっそりナビーについていくつもりなんだ。キジムナーにはちゃんとお別れしたかったけど、バレたら止められるからこんな形になってごめん……」


「そうか……まあ、そんな気はしていた。けど、やっぱり寂しくなるな……」


「もう大丈夫だと思うけど、この世界に外来マジムンがもし現れたら、退治するのをお願いしていいか?」


まかちょーけ任せておけどぅし友達の頼みだ。この世界のことはオラが何とかするぞ」


「ありがとう。いつになるかわからないけど、絶対に帰ってくるから、その時はもっと強くなっているはずだからまた遊ぼうな」


「楽しみにしておくぞ。オラにとっては10年20年はあっという間だ。気長に頑張ってこい」


 キジムナーと話し終えると、いつの間にか家についていた。

 琉美と一緒に残りの荷造りをして、大切な人宛に書いた手紙をまとめて部屋の机の引き出しに残しておいた。

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