第60話 古謝花香の決意

 炎上する首里城を見向きもせず、ナビーが鬼面の人を追ってセジホールに駆けて行くのが見えたが、それよりもシバと琉美の行動を注視していた。

 2人は顔を見合わせて、真剣な面持ちでうなずき合っている。


 ……やっぱり、あなた達はナビーを追っていくのね。


 私は、2人がナビーを追って異世界琉球に行ってしまうのではないかと、2つの要因から薄々感じてはいた。

 1つ目の要因は、ナビーが元の世界に帰る話が出た後、私は何度も進路のことを手助けすると2人に話したのだけど、いつも後回しにされていたことだ。

 将来に関わることなので、あまり焦らせないほうが良いと思い、2人の方から話題が出るまで待つことにしたのだが、一向に頼られなかった。

 2つ目は、ナビーとの思い出作りで色々な場所に遊びに行った時、シバと琉美はナビーと思い出をつくるよりも、自分たちの家族と楽しむことに重きを置いているように見えたことだ。

 2人とも家族間で問題があったので最初はいい傾向だと思っていたが、回を重ねていくとナビーに対して寂しがっていないと感じるようになり、不自然さが目立つようになっていたのだった。


 ……気が付いていて黙っていたのだから、私も同罪ね。


 私も2人と同じ気持ちだった。

 しかし、ノロとして大人として私はこの世界に残らないといけない。

 せめて、2人を見送る手立ては整えてあげようと思い、今日のこの日を迎えた。


「白虎ともお別れね。あの子たちの事、頼んだわよ」


「わん!」


 白虎の背を軽く叩くと、セジホールに向かって走り出そうとしているシバ君と琉美の前に跳びだした。


「待って!」


 私は白虎から降りて、ナビーの着物と一緒に準備していた2人の戦闘用の高級ジャージと着物が入った紙袋を白虎にくわえさせた。

 時間がなかったので、一言だけ伝える。


「2人とも、頑張りなさいよ!」


 白虎に乗りながら琉美は目に涙を浮かべて頭を下げた。シバもお礼をしてきた。


「今までありがとうございました。俺たちの机の中を見てください」


 最後にそれだけを言い残し、灼熱の首里城に向かって行った私の大切な家族は、あっという間にこの世界から消えてしまった。


 ここ数週間、ずっと全身に絡みついていた緊張の糸が切れて、その場で膝をついてしまう。

 警報機が作動したのか誰かが通報したのかわからないが、消防車のサイレンの音がだんだん大きくなってきた。


 ……これでよかったのよね? だって、あの子たちを止めてしまったら、一生後悔させてしまう。それに、私に気を使って自分の気持ちに嘘をつかせたくないものね。


 シバの言っていた机の中が気になったので、直ぐに自宅マンションに帰ることにした。

 車を運転中、気持ちを切り替え今の自分がすべきことを冷静に考えてみると、大変なことに気が付いてしまった。


 ……首里城が燃えてしまったら、シバ君たちが帰ってこれないんじゃ!?


 私がシバと琉美を見逃してもいいと考えたのは、異世界琉球に行ったとしても、向こうにたくさんいるマジムンを倒せば、また黄金勾玉クガニガーラダマセジ霊力をためてこの世界に帰ってこられると踏んでいたからである。

 しかし、この世界と異世界琉球をつなげる支柱である首里城が燃えてしまうと、建物にこもっている膨大なセジが使えなくなり、セジホールを作れなくなってしまい、帰ってこられなくなることに気が付いてしまった。


 色々と考えているうちにマンションに到着した。

 綺麗に片付けられた部屋の片隅に置かれた机の引き出しを開けると、シバが言っていたように手紙が残されていた。

 シバの部屋には私宛のほかに両親と妹宛の3通が、琉美の部屋には私と母親と親友の夏生の3通、それぞれ封筒に入れられている。

 手紙の内容が気になったので急いで封を切り、何となく琉美の手紙から読むことにした。



  花香ねーねーへ


 まずは謝っておきます。勝手なことしてごめんなさい。

 ナビーと別れたくなくて異世界琉球に行こうと言い出したのは、他でもない私なのです。

 1人で行くのが怖くて、私がシバをそそのかしたのでシバのことを悪く思わないで下さい。

 ナビーたちの問題が解決したら必ず帰るので、心配しないで待っていて下さい。叱られる覚悟をして帰るので、その時はお手柔らかにお願いします。


 花香ねーねーとの関係は短かったですが、色々と気にかけてくれてありがとうございました。

 恥ずかしくて直接は言えなかったですが、花香ねーねーは綺麗で仕事もできて優しくて、同じ女性として憧れの存在でした。(帰った時に叱られるのを和らげるためじゃないですからね)


 最後に、残りの手紙を母と夏生に渡して下さい。今回の経緯と謝罪を書いていますのでよろしくお願いします。

 本当にありがとうございました。             金城琉美きんじょうるみより



 ……まさか、琉美が言い出しっぺだったとは。でも、シバ君が強引に言いくるめられてる絵が浮かぶわね。


 次に、シバの手紙を読むことにする。



  花香ねーねーへ


 相談をしないでこういう形になってごめんなさい。

 花香ねーねーの立場だと俺たちを止めないといけなくなると思ったので、黙って行くことにしました。本当にごめんなさい。

 ナビーたちと一緒に為朝ためとも軍を倒した後は絶対に琉美を連れて帰るので、心配しないで待っていて下さい。

 花香ねーねーは真面目なので自分のせいだと責任を感じると思いますが、これは俺と琉美が勝手にやったことなので気にしてはダメですよ。

 花香ねーねーが俺の家族に何か言われるといけないので、家族あてに手紙を書いておきましたので渡しておいて下さい。嫌な役をさせてしまい本当にすみません。

 今まで本当にありがとうございました。帰ったら何か恩返しをしたいので、気長に待っていて下さい。

PS

 議員の仕事、頑張ってください。

PS2

 俺が管理しなくても栄養バランスに気を付けて健康でいてください。

PS3

 帰るころには旦那さんがいて子供もいることを願います。

PS4

 は、帰るころには次世代機が発売されていると思うので売っちゃっていいですよ。

                              柴引子守しばひきこもりより


「PSは1つにまとめろよ!」


 誰もいない部屋で1人でツッコミを入れるも静寂せいじゃくに終わる。

 その時、私の秘書から電話がかかってきた。

 どうやら県議会議員や県知事で首里城火災の件で緊急会議を開くので、招集がかかっているとのことだ。

 電話を切って時間を確認すると、午前5時を過ぎている。

 まだ寝ている時間で迷惑だと思ったが、私はこれから忙しくなりそうなので、至急この手紙を渡すために柴引家と琉美の母と親友の夏生に連絡を取ることにした。


 私はシバ君のバイクにまたがり、柴引家に急いで向かうと、受け入れ態勢を整えてくれていたので、直ぐにリビングに上がらせてもらった。


「子守さんの事なのですが……まずはテレビを点けてもらってもよろしいでしょうか?」


 妹の愛海あみが目をこすりながらリモコンの電源ボタンを押してくれた。

 画面には、まだ炎上中の首里城を映した中継が流れており、それを見た愛海はリモコンを床に落として目を丸くして固まっている。

 父も驚きながらも冷静になってきいてきた。


「首里城が燃えている!? 創作物……ではなさそうですね。古謝こじゃさん、子守がこれと何か関係があるのですか?」


 まず初めに、ナビーがこの世界の人ではなかったことから伝えないと話が進まないので、簡潔に説明した。

 正直、信じてもらえるか不安だったが、元々シバたちから不思議なことをしていると聞かされていたらしく、すんなり信じてもらえた。


「もしかして、にーにーはナビーちゃんに着いて行っちゃいましたか?」


 愛海が核心をついてきたので、包み隠さず伝えることにした。


「はい。琉美さんと白虎と一緒に、先ほど旅立ってしまいました。お子さんを預かっている身でありながら、このような結果になってしまい、誠に申し訳ございませんでした」


 私が深々と頭を下げていると、数秒して母が今にも泣きそうな声できいてきた。


「子守はどうなるんですか? 帰ってきますよね?」


「はい。私宛の手紙には帰ってくると書いていました。これは、子守さんが家族に残した手紙です。どうぞ……」


 私はスーツの裏ポケットから手紙を取り出し、それぞれに渡した。

 愛海はすぐに読み終わり、両親が読んでいる手紙を後ろから覗いて一緒に目を通している。

 シバ君の手紙には、私宛の手紙も読んでほしいと書いていたようだったので、私宛の手紙も読んでもらった。


「何と書かれていたのか、きいてもいいですか?」


「『お前の好きなようにやってみろ。ナビーさんを守ってやれ』って言ったのは父さんなだから、俺はナビーを守るために異世界琉球に行きます、と書いていました。それと、このことは古謝こじゃさんに言わないで決めたことだから、絶対に責めないでほしいと書いてましたね」


「愛海の手紙には、父さんと母さんのことをよろしくって。後はシスコン的内容で、キモイことしか書かれてなかったです」


 父がチラッとテレビを見て、怪訝けげんそうに質問してきた。


「子守が異世界琉球とやらに行ったことは理解しました。それが、どう首里城の火災とつながるのです?」


「それなんですが……こちらの世界とあちらの世界をつなげるためには、首里城が必要なのです。それなのに、異世界から来た敵に燃やされてしまいました……」


「では、もう帰ってくることはできないのですか!?」


「いいえ。私は絶対にあきらめません。まだ、消火もされてないですが、県議として首里城再建に全力を尽くすつもりです。何年かかるか今は言えませんが、首里城さえあればシバ君は生きて帰ってくると私は信じています」


 父と母は顔を合わせてうなずき合うと、父が私に謝ってきた。


「うちのバカ息子のせいで、古謝さんには辛い思いをさせてすみませんでした。私たちも子守を信じて待つことにしますので、私たちのことまで気にかけないでくださいね。何かあった時は連絡をよろしくお願いします」


「本当にすみませんでした。ありがとうございます」


 シバがいなくなって私以上に辛いであろう柴引家の優しさに、私の心の荷はだいぶ軽くなった気がした。


 会議の時間が迫っていたが、急いで琉美の実家に向かった。

 あらかじめ連絡していた親友の夏生も到着して待っていてくれた。

 母より先に夏生が色々聞いてきたので、始めに手紙を読んでもらい事の顛末てんまつを説明した。


「古謝さんのおっしゃることはよくわかりませんが、娘が手紙で待っててと言っているので、私はただ待つことにします。私はあの子がつらいときに何にもしてあげられなかった。ですから、あの子が決めたことは応援しようと決めたのです」


 冷静な母とは真逆で、夏生の顔は怒りが漏れていた。


「私はあなたに色々と言いたいことがありますが、琉美のお母さんの意志を尊重します。それに、琉美がシバ君をそそのかし、あなたにばれないようにしてたみたいなので、何も言わないでおきます」


「本当にごめんなさい……」


「古謝さん、首里城再建にボランティアが必要になったら、絶対に連絡して下さいね。私もできることはやっておきたいですから」


「わかりました。必ず連絡しますので、その時はよろしくお願いします」



 シバと琉美が残してくれた手紙のおかげで、何とかもめることなく伝えることができたので胸をなでおろした。

 しかし、私の本当の戦いはこれからだ。

 県議会議員としてうまく立ち回り、スムーズに首里城復興をさせなければならない。


 ……これからもっと忙しくなりそうね。


 数年先を見据え、これから始まる会議に気を引き締めて向かって行く。

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