第55話 エイサー祭り①

 為朝ためとも戦の次の日から、ミシゲーしゃもじウッシー座喜味城跡ざきみじょうあとセジ霊力を放出しているが、いまだにヒンガーホールは消滅していない。

 そのため、1月がたった今も、たまに流れてくるヒンガーセジ汚れた霊力によって生まれるマジムンを退治する生活が続いていた。

 強敵とやりあってきた今の俺たちを苦戦させる敵はもう現れないので、今は気楽にやっている。


 2019年8月25日、午後3時。

 今日は、ライジングさん比嘉昇に招待されている全島エイサー祭りの開催場所、沖縄市のコザ運動公園に来ていた。

 エイサーとは、三線の音色と唄に合わせて大太鼓、締め太鼓、手踊りなどで踊る、本土で言う盆踊りである。沖縄の場合は旧暦の盆に行う。


 ライジングさんは、エイサーが披露される陸上競技場の有料観客席を4人分準備してくれていたが、花香ねーねーは議員なので簡単にこういうところに顔を出せないらしく、残念ながら家でお留守番することになった。

 空いた1席分は、俺が知らないうちに妹の愛海あみが座っていた。

 ヒージャーパーティーの日を境に、ナビーと琉美にかわいがってもらっているようで、女子3人で遊びに行くほど仲良くなっていた。

 俺たち3人はお揃いの藍色の浴衣を花香ねーねーに用意してもらい、愛海は自前の黄色い浴衣を着ていた。


 フィールドの芝生部分はエイサーの舞台になっており、それ以外の場所は観客で埋め尽くされていて、上から見るとすごい人数だということがわかる。


あきさみよー驚いた! にんじんがあくたふーじーさー人がごみの様だ!」


「沖縄版! それにしても、隣でも同時開催のイベントをやっているから、この周辺も合わせると倍以上の人数がいるってことか……」


「にーにー。席は確認できたから、早く屋台まわろう! ナビーちゃんと琉美ねーねーも行くよ!」


 愛海が俺の腕を引っ張って人ごみの中を進んで行く。その後ろ姿を見ると、既視感を覚えた。


 ……そういえば、昔は家族で毎年来ていたんだよな。その時も愛海に腕を引っ張られていたっけ。


 エイサー祭りなのに子供の頃はエイサーに興味がなかったので、ビールを飲む両親を置いて愛海と2人で遊びまわったことを思い出す。

 愛海は友達が多いので誘われていたらしいが、毎年家族と行くからと断っていたようだった。

 俺が引きこもった後からは友達と行っていたので、もしかすると、一緒に行く相手のいない俺を気にかけてのことだったのかもしれない。

 俺を掴む愛海の手が人の重圧に耐えられなくなり離れてしまった。


「愛海! はぐれちゃうぞ」


 流れる人の隙間から愛海の手をとらえて引き寄せると、すごい勢いで振りほどかれる。

 一瞬、知らない人の手でも握ってしまったのかと思うほどだった。


「べー! 愛海からはいいけど、にーにーからは掴まないで。キモイから」


「うぐっ! キモイはやめて、キモイは……」


 後ろからついてきていた琉美が、あわれみの笑みで俺の肩に手を乗せてきた。


「ドンマイ、お兄ちゃん。まあ、愛海ちゃんからは触れてもらえるだけラッキーなんじゃない?」


 愛海からのダメージに加え、人ごみに酔ってしまったので俺は少し休むことにした。

 俺の分も適当に買って来ると言った女子3人は、俺から財布を奪ってガンガン進んで行く。


 ……まあ、この世界のお金は向こうでは使えないから、ちょっとした無駄遣いぐらいはいいかな。


 人がさらに多くなって、俺が座っていた場所にまで人が押し寄せてきたので、人が少ないエリアに移動して待つことにした。

 すると、同じように人ごみを抜けてきたチャラいカップルの彼氏の方に、突然声をかけられる。


「あれ!? お前、引きこもりじゃねーかよ! 俺だよ俺。中学の3年間、クラス一緒だったあきらだよ! やば、しにとてもうけるー」


 あきらの声で嫌な思い出がフラッシュバックされる。

 俺は中学生の時分は、まだ引きこもっていなかった。

 それなのに、すれ違うたびに俺のことを、引きこもりだとかやーぐまい家にこもるとあだ名をつけて、率先して馬鹿にしてきたやつだったのだ。

 人を馬鹿にすることが好きなクソ野郎と認識している。


「あ、ああ。久しぶり……」


 俺がいやいや返した言葉に、彼女が反応した。


「あっきー、あふぁー気まずいされてるじゃん。チョーうけるんですけど!」


「はぁ! こいつはな、高校から名前通りに引きこもりになったようなやつで、陰キャ野郎だから会話がヘタクソなんだよ。それにしても、引きこもりのくせに浴衣きて祭りとか似合わねーな。祭りは俺みたいに彼女と来るもんだぜ。って、お前に彼女を自慢するのは酷だったな。ごめんな。こんなかわいい子を見せびらかして」


「ちょっと! あっきー、はずいー!」


 ……こいつ、うざさが一段と増している。それに、別に彼女は自慢できるほどかわいくねーんだよ!


「シバ、勝手に動かないでよ! 探すの大変なんだからね!」


 琉美の声がした方を振り向くと、屋台で買った食べ物が入った袋を手に持って女子3人が戻ってきていた。


「ごめん、人が多くなったから逃げてきたんだよ……」


 琉美があきらたちをみてきいてくる。


「こちらは?」


「中学の同級生」


 すると、琉美が右腕、愛海が左腕に腕を回して、あきらたちに挨拶を始めた。


「子守とお付き合いしている琉美です!」


「同じく愛海です!」


 あきらは目を丸くして固まっていた。


 ナビーが愛海から俺の左腕を奪おうとしている。


「こっちは私の場所なのにー!」


 俺も何が起きているのかわからずに固まってしまった。

 すると、あきらが俺に用があると言って少し離れたところで2人で話すことになった。


「なんだよ。お前、3股もしているのかよ。見直したぜ! ところで相談なんだが、お前の中学時代のことをあの子たちにばらされたくなかったら、1人俺にまわせよ。そうだな……あの愛海ちゃんって子が俺の好みだな!」


 あきらが予想をはるかに超えるクズだったので、思いっきり顔面を殴ってやりたかったが、祭りを台無しにしたくなかったので我慢した。

 だが、黙って終わらすほど俺はできた人間ではない。あきらの彼女に聞こえるくらいの大きな声で、わざとらしく叫んでやった。


「何言ってんだよあきら!? 彼女がいるくせに愛海を俺にまわせだと? 浮気するつもりか!」


「何言ってんだ! やめろ!」


 あたふたしているあきらに彼女が近づいてきて、思いっきりビンタをかました。


「てめえ! 次はないって言ったよな!?」


「ま、まだ浮気じゃないって!」


「まだってなんだよこら! 浮気をする気があったってことじゃねーかよ!」


 もう一度ビンタをした元彼女は、そのまま去って行った。


「くっそー! 引きこもり、お前のせいだ!」


 激昂したあきらは、俺に向かって殴りかかってきた。

 あまりにも遅いパンチなので、全く殴られる気がしない。


 ……ここは正当防衛でやり返したいけど、あれは殴られたからといって、殴り返していいものじゃないんだよな。


 アニメとかでよく見る、1度わざと殴られてから殴り返すことは、実際には正当防衛が成立しないと聞いたことがある。


「はー、もー、なんだばーこいつ! しにあんまさいなーとても面倒くさいな!」


 イライラしたナビーが横からきて、あきらに軽く足払いするとばたんと地面に顔をこすった。


やーお前に関わっていたら、くわっちーご馳走ひじゅるこーこー冷え冷えなるさー! 少しは落ち着いて周りを見なさい」


 周りを見渡すと、喧嘩をしていると勘違いした野次馬であふれていた。それを見たあきらは、流石にまずいと思ったのか何も言わずに去って行った。


「俺たちもこの場から離れないと。スタンド席まで急ごう!」


 野次馬をかき分けて、みんなで走って俺たちの席まで移動した。


「ありがとうナビー。解決方法が見つからなくて困ってたから助かったよ。それにしても、なんで琉美と愛海はあんなことしたんだ?」


「だって、シバは中学生の時いい思い出ないんでしょ? その時の同級生が彼女といて、シバがあんなつらそうな顔していたら、彼女いるアピールでマウントでも取られているのかなって思ったから、彼女のふりしてあげたの」


「愛海は面白そうだったから、にーにーを2股男にしてやろうとしたけど、まさか、ナビーちゃんも乗ってくるとは思わなかったよ」


「俺って、そんなにつらそうな顔してたんだな。あいつは一番嫌いな奴だったんだよ……みんな、変なのに巻き込んでごめんな」


 ナビーが袋から焼きそばを出して俺に突き出してきた。


「えー! そんなことはいいからへーくかめー早く食べれ!」


 俺の中にはまだ、中学時代に対するネガティブな気持ちが残っていたみたいだが、それも今日でおさらばできそうだ。

 今の俺は仲間や家族が大切に思えると同時に、その人たちが俺を大切に思ってくれているとわからせてくれるので、過去のことなんかどうでもいいほど今が充実している。


 焼きそばをすすっていると涙で視界がぼやけ、一緒に鼻水もすすっていた。


 ……ああ、美味しいのに味がしない。

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