第54話 ヒージャーパーティー

 2019年7月21日。

 護佐丸ごさまると別れた後、珍しくナビーが疲れたからいたわってと花香ねーねーに甘えていたので、慰労会いろうかいをすることになった。

 この世界ではもう戦わないと思っていたところからの為朝ためとも戦だったので、俺と琉美も肉体的、精神的にも参っていたところだ。

 体力をつけるためにどうしてもヒージャーヤギが食べたいとナビーが言っていたので、今日は家族や知り合いを招待してヒージャーヤギパーティーをすることになった。


 沖縄では新築祝い、鉄筋コンクリート造の上棟式スラブ打ち模合もあいなどの集まり事でヤギ汁を食べる事があるのだが、値段が高いのでめったに個人で頼むことはない。

 特におじさんが好んで食べる印象があり、俺は食べたことがなかった。


 前日に注文していたヤギ汁を精肉店で受け取り、会場である俺の実家に向かう。

 すでに集合時間になっていたので、招待していた琉美の母親と親友の夏生なつきに加え、ライジングさんも1人で来ていた。

 後輩2人も誘っていたが、試験期間で余裕がなかったようだ。


「座って待ってて下さい。今、温めてきますので」


 ヤギ汁20人前入った寸胴鍋をコンロに乗せて火にかける。

 温まるまで薬味のショウガをすり、フーチバーヨモギサクナ長命草を洗って準備した。

 ヤギ汁が温まるにつれて獣臭が漂い始めた。換気が追い付かないほど家中に充満している。

 リビングにいつもは置いていないテーブルが、いつものテーブルの横に並べられており、それぞれ座っておしゃべりしていた。

 全員のヤギ汁を配膳したとき、花香ねーねーが挨拶を始める。


柴引しばひきさん、今日はこの人数でお邪魔させていただくことを了承してくださり、ありがとうございました。そして、それがヤギ汁ですみませんでした……」


 花香ねーねーは匂いを気にしている様だ。まあ、それを見越して消臭スプレーを多めに買っているので、大丈夫だろう。


「いいえ、いいえ。私はヒージャーヤギじょーぐー好きなので大歓迎ですよ! こんなくわっちーご馳走めったに食べられないですからね。ひーじゃーかじゃーヤギの匂いくらい大丈夫ですよ」


 父がヤギ好きなことを初めて知った。

 ヤギ汁にはフーチバーヨモギを入れることは知っていたが、父はサクナ長命草を準備しているところからすると、かなりの通なのかもしれない。


「それに、急なお誘いにもかかわらず、集まってくださりありがとうございます。たくさんありますのでおかわりしてくださいね」


「花香ねーねー、挨拶は後でいいから早く食べよう! まちかんてぃ待ちかねるしているさー!」


「そうね、冷めないうちにいただきましょうか」


くわっちーさびらいただきます!」


 初めてのヤギ汁なので、まずはなにも入れないで汁を飲んでみる。


 ……ぐぅ! 味が全然しない。しかも、獣くせぇ。


 ヤギを初めて食べるのに、口に入れた瞬間にヤギって感じがする。正直、第一印象はとても悪い。


「えー! しにまーさんなとても美味しいよ! じょーとーひーじゃー良いヤギ使われているやっさー!」


「ナビーさんはその年でヒージャーじょーぐーヤギ好きなんて、珍しいですね。このサクナ長命草を入れても美味しいですよ」


 ナビーと父は満足しているようで、ヒージャーヤギ談義だんぎで盛り上がっていた。

 俺は臭みを和らげるためにフーチバーヨモギとショウガを入れて、塩で味を調節して食べることにした。


 ……あれ? 美味しいかも! フーチバーヨモギとショウガが入ることで、ヤギ特有の匂いを逆に癖にさせるのか?


 皮が付いた一口大の肉とフーチバーヨモギを一緒に食べると、しっかりとした肉なのに咀嚼そしゃくすると柔らかく繊維でほどけるような口当たりで、プルプルした皮と合わさって肉質の良さを感じた。

 しかし、独特の臭みがあるので苦手な人はとことん苦手なのだろうとは思う。


 黙々と1人で味わっていると、妹の愛海あみが申し訳なさそうに言ってきた。


「にーにー……ごめんだけど、臭くて食べられない」


「はあ? 味見もしてないのか? ちょっとくらい挑戦してみろよ」


 すると、愛海は自分のではなく、俺のヤギ汁を奪って肉と汁を食した。


「んー……やっぱ無理っぽいよー」


 みんなの反応を確認する。

 ナビーと父は美味しそうに食べている。

 花香ねーねーと母と琉美の母は好きではないが嫌いでもないと言ったところだった。

 しかし、琉美と夏生とライジングさんはショウガやフーチバーを入れても受け付けないらしく、全く食が進んでいなかった。


「ごめんよシバ。申し訳ないけど、僕も苦手みたいだ」


「まあ、しょうがないんじゃないか。ここまで癖のあるものを、皆で集まって食べるのが本当はおかしいのかもしれないからな」


「ハッ! かばってる! 久しぶりのシバ×ライ」


 琉美はヤギには手を付けず、俺とライジングさんを見ながらおにぎりを食べている。


 ……ヤギ汁は失敗だったか? このままだと、半分くらい残りそうだな。


 ナビーは自分のヤギ汁を食べ終わって、おかわりのためにキッチンに移動していたが、戻る時にリビングとの境で足を止めていた。

 先程までの満足げな顔とは打って変わって、落ち込んだ表情で俺を手招きで呼んでいたので、ナビーの元に急いだ。


「どうかしたのか?」


「シバ、なんか私だけがいいやんべー良い思いしているみたいだね。ヒージャーヤギくんちスタミナが付くからいいと思ったけど、みんなが嫌いとは思わなかったさー……」


「ナビーだけじゃないだろ。父さんも好きみたいだし、俺も案外いけると思ったよ。それに、ヤギはめったに食べられないから、いい経験になったしな」


やしがだけどよ……みんなにいいやんべー良い思いしてもらいたいさーね。シバ、お願いだからどうにかしてちょうだい!」


 急に言われても無理だ! と言いそうになったが、ナビーの落ち込んだ顔を見ると言葉を飲み込んでいた。

 キッチンから出てこない俺とナビーを気にして、愛海あみがやってきた。


「にーにー、どうかしたの?」


「ああ。ヤギ汁が半分くらい残っているから、どうしようかと話してたんだよ」


 愛海は、寸胴鍋の蓋を開けてお玉でそこにある肉をすくい上げた。


「うぉ、まだこんなにあったんだ。にーにーの料理スキルで、この匂いを何とかできないね? それに、味もガラッと変えてさー」


 ヤギ臭さを消しつつ、味の原型も無くす方向で考えることにする。

 とりあえず、家にある食材などを見てみると、すべての問題を吹き飛ばす最高の調味料がストックされていた。


「カレールー! これでカレーにリメイクすれば、最高かもしれない!」


「んー、明日のために買っておいたんだけど、にーにーが使うならいいか」


 カレールーを見た瞬間、脳内でヤギ肉カレーをイメージ試食して、美味しくなることを確信した。


 野菜室にある玉ねぎを切って電子レンジでしんなりするまで温める。

 その間に、ヤギ汁の骨をすべて取り除き、浮いている脂をすくって捨てる。

 カレールーのパッケージに記載されている分量の水をヤギ汁に変えて、そこに温めた玉ねぎを投入。煮立ったら火を止め、カレールーも入れてよく混ぜる。そこから弱火でかき混ぜながら数分で完成だ。

 気が付くと、家を充満していたヒージャーかじゃーヤギの匂いはカレーの匂いに入れ替わっていた。


 カレーをよそってみんなに配ると喜んでくれた。やぎ汁だけではお腹が満たされていなかったようだ。

 父だけは不満げな顔をしている。

 ヒージャーじょーぐーヤギ好きヒージャーかじゃーヤギ臭さが好きみたいで、匂いを消すことが気にくわないらしい。


 改めていただきますをして、ヤギカレーを食べる。

 スプーンでルーとご飯をすくい、匂いを確認して口に入れる。


 ……臭みも感じないし、味は普通のカレーだ!


 次に、肝心のヤギ肉をよく味わうように咀嚼そしゃくした。

 皮つきの肉でプルプルとした食感なので、よく煮込まれた牛筋カレーに通ずるものを感じた。肉の方も癖がなく、柔らかくて美味しい。

 ヤギ汁の肉はいろいろな部位が入っていたようで、弾力があったり繊維状にほどけたりと、肉質の違いが味にアクセントを与えて飽きさせない仕上がりになっている。

 正直、豚や牛や鶏よりもカレーに合うのでは、と思えるほどだった。

 しかし、値段と味のバランスを考えるとコストパフォーマンスは悪いので、流行りはしないのかもしれない。



 食事を終えると、花香ねーねー以外の大人たちが宴会を始めたので、俺の部屋に行くことにした。

 ライジングさんは花香ねーねーと話があると言ってリビングに残り、それ以外はなぜかぞろぞろとついてきた。


「何でみんなついてくるんだよ? 女同士、愛海の部屋に行けばいいだろ! それに、何で愛海も来てるんだよ?」


「私の部屋は絶対にダメ! それに、こんなかわいい女性が4人も自分の部屋に入っているのに、なんで嫌がってるわけ? 本当はにーにー興奮しているでしょ?」


「愛海が興奮なんてはしたない言葉を使わないでくれ。それに、ナビーと琉美は一緒に暮らしているから、部屋に入ったところでなんとも思わないし。どっちかというと、親しくない夏生さんに入られるのが恥ずかしいっていうか……」


 琉美が怒りながらムチで叩いてきた。


「それって、夏生のことを意識しているってこと? 私の親友に手を出さないでよね!」


「まずは、琉美がムチを出すなよ! もう、SM嬢にでもなったほうがいいんじゃないか?」


「ムチ? SM嬢? あなた達、本当に何をしてるの!? 私はまだ、琉美をあなた達と一緒になることを許してないこと忘れないでよね? 変なことしてたら直ぐに連れ戻すから」


 ナビーが切れ気味で夏生に向かって言い放つ。


「あんたは、まだそんなこと言っているのか? なんで琉美が決めたことに、あんたの許しが必要なわけ?」


「だって、親友だから心配してもいいでしょ!?」


「あんたのは心配じゃなくてただの邪魔にしか見えないけどね。あんた、どれだけの覚悟で琉美が私たちの仲間になったのか、親友なのにわからんのか?」


「ナビー、どうしたの? ちょっと、言いすぎだよ!」


 容赦ないナビーと夏生に挟まれて、琉美があわてて仲裁に入った。

 ナビーは淡々と話しているが、イライラを隠せないでいる。琉美を思ってのことだろうが、ナビーらしくない。

 しかし、俺も夏生の言動がかんさわったのは確かだ。

 琉美はナビーを追って異世界琉球に行く覚悟まであるというのに、いまだに琉美の活動を認めていないのかと思うと腹立たしい。

 俺たちは短期間の関係ながらも、命を預け合う仲なので中途半端に口出しされたくないのだ。


「琉美もちゃんと言ったほうが良いと思うけどね。親友って言葉で人を縛るなってね」


「いくらナビーでも、これ以上言ったら怒……!?」


「うええええん! うええええん……」


 眉間にしわを寄せてナビーをにらみつけていた夏生が、一変して泣き出した。

 琉美が寄り添ってなだめている。


「もう、泣かないでよー! ナビーも謝って!」


「違う、違うの! ごめんなさい。ごめんなさい! うええええん!」


 夏生は泣きながら逆に謝ってきた。

 俺と愛海は、ただただ早く解決してくれることを願い、部屋の隅で事の顛末てんまつを見守っている。


「琉美、ごめん……ナビーさんの言う通り、私は邪魔していたのかもしれないの」


「どういうこと?」


「私は琉美が苦しんでいたとき、できるだけ琉美のために行動しようと思っていたの……」


「うん。夏生が見捨てないでくれたおかげで、私は何とか持ちこたえられたから、すごく感謝しているよ!」


「でも、私では解決してあげられなかった。それなのに、ナビーさん達はすぐに苦しみを取り除いて、こんな短期間で琉美を明るく元気にしてくれた。だから、私はくやしくて嫉妬していたの……」


「何言っているの! 夏生が親友じゃなかったら、私は未だにふさぎ込んだままでナビーたちに出会うこともなく、ダメになってたかもしれない。夏生は今までもこれからも一番の親友だから、嫉妬なんかしなくてもいいんだよ!」


 琉美と夏生は名前を呼び合い、泣きながら抱き合った。

 そのあと、夏生はナビーに謝り、握手をして琉美を任せると言った。


 ……なんだったんだ今の? 俺は何を見せられているんだ?


 勝手に怒って、泣いて、非を認めて、仲直りして騒動は収まったが、こんな状況を経験したことがないので、リアクションの仕方がわからない。

 その時、愛海が俺だけに聞こえるように言った。


「こういう女子たまにいるんだよ。感受性豊かっていうか……にーにーも大変なんだねぇ」


 この後、リビングの宴会が終わるまでゲームをして時間をつぶし、それぞれ帰宅していった。

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