第56話 エイサー祭り②

「アニメの祭り回でよく見る、金魚すくいっていうのやってみたいさー! 連れていってちょうだい!」


「レキオス青年会の出番まであと1時間くらいあるから、食べ物以外もまわってみるか」


 金魚すくい以外にもゲーム系屋台はいろいろあるので、ナビーに経験させてあげることになった。

 欲しい景品がある屋台を選んで遊ぶのが一般的だろうが、今回はナビーがやりたいゲームをやることにした。

 しかし、ナビーは景品のゲーム機に引き寄せられて、一番やってはいけないものを選んでしまう。


「この、くじ引きっていうのやっていいね?」


「これはダメだ。祭りのくじ引きは、子供のお小遣い回収業者って言っても過言ではない、鬼畜なゲームだからやらないほうがいいよ」


「おい、そこの兄さん! 全部聞こえてるぞこら!」


 白い肌着に型の崩れた野球帽を被った60代くらいのおじさんが、俺の言葉を聞いて怒鳴ってきた。


「あ……でも、おじさんちゃんと当たり入っていますか?」


「バカにしてるのか!? 入っているに決まっているだろ!」


 熱くなったおじさんをしずめるために、愛海は俺がくじ引きをけなす理由を説明し始めた。


「おじさんごめんなさい。にーにーが小さいとき、ゲームがほしくてお小遣いをすべてくじ引きにつぎ込んだのに、全部残念賞だった思い出があるから偏見があるんですよ……」


「へっ、ただ自分の運が悪かっただけじゃねーか! おじょうちゃん達、こんなやつの意見聞かないで引いてみないかね? 1回300円だよ」


 みんな俺の顔をチラチラ見ながらやろうかどうか悩んでいると、後ろからカメラを持った大学生くらいのチャラい男性2人組がやってきた。


「やらないならどいてもらえます? はーい! 今から、くじ引きに当たりはあるか検証してみた生配信やりたいと思いまーす! 見てください。1等は最新のゲーム機もあります。皆さん、当たると思いますか?」


 どうやら、炎上系動画配信者がくじ引きの闇を暴きに来たようだ。


「ねえ、時間もないし、ほかまわろうよ」


 おじさんの焦る姿を見届けたかったが、琉美の意見にみんな賛同して金魚すくいに向かった。

 金魚すくい屋に着くと、順番待ちができるほど先客が並んでいた。


「これじゃあ、時間かかりそうだね。あっ、あれ見て。カラフルでかわいいよ!」


 琉美が指さす方を見ると、地べたに座ったおじさんの横で、大きな段ボールの中に黄、赤、青、緑色の羽毛をした、たくさんのヒヨコがピヨピヨと鳴いていた。

 2mほど離れておかれた小さなお皿に、コインを投げて入ったらヒヨコがもらえるという店らしい。


 ……ヒヨコなんかとっても、家で困るだろうな。


「おじさん、1回うにげーさびらお願いします!」


「はい、コインは3枚。お皿にのった数のヒヨコがもらえるから頑張ってね」


 俺が止めるよりも早く、女子3人は100円ずつ払ってコインを受け取っていた。ヒヨコの可愛さにやられてしまったようだ。


あいやーしまった


「おしい!」


「強すぎたー」


 3人は見事に外してくれてヒヨコを持って帰らずに済んだ。


「これでいいんだよ……そろそろスタンドに戻るか。考えたら、金魚もとってほしくないしね」


 来た道順を逆に歩いていくと、先程のくじ引き屋に野次馬が集まっており、その中心で店のおじさんと動画配信者の言い争いに警察官が介入していた。


「このお店、10万円で300回以上くじ引いて、4等以上が出ないんですよ! おかしいと思いませんか? 詐欺ですよ詐欺!」


「何言ってるんだい! 自分の運が悪いだけなのに詐欺扱いなんて、これじゃあ営業妨害だよ!」


「まあまあ、両者落ち着いて……それじゃあ、残りのくじを全部広げるしかなさそうですね。潔白を証明するためにもご協力お願いします」


 その時、箱に入った残り少ないくじを台の上に無造作に広げた。


「わかりましたよ! ほら、すきにしろ」


 その時、ナビーが店に走り出して300円を店のおじさんに突き付けた。


「だー、私はおじさんがインチキしてないと思っているから、引いてもいいかね?」


「あんたはさっきの……今から調べられるから、ごめんだけどもう……」


 警察がナビーに問いかける。


「お嬢ちゃん。今はこのお店は詐欺の疑いがかけられているんだよ。それなのに引きたいのかね?」


「私はハズレでもらえる、扇風機が欲しいから1回だけでもやらせてもらえないかね?」


「わかってて引きたいのなら好きにしていいよ」


 ナビーは台の上に散らばった、50枚くらいのくじから1枚を躊躇ちゅうちょなく選び、折りたたまれているくじを開いて店のおじさんに突き付ける。

 おじさんは目を丸くしながら台に置かれたハンドベルを持ってカランカランと鳴らした。


「おめでとうございます。1等のゲーム機です……」


『うおおおおおおおお!』


 周りで見ていた野次馬たちは一斉に歓声を上げ始めたが、動画配信者の2人はその場で崩れ落ちていた。

 ナビーは景品のゲーム機を受け取り、野次馬たちの拍手の花道を抜けて俺たちの所に戻ってくると、琉美と愛海にハイタッチをして俺にゲームを渡してきた。


「シバ、帰りにソフト買いに行こうね!」


「あ、うん。それはいいけど、インチキは使ってないよな?」


「インチキしたらシバに怒られるから、やるわけないさー! ただ、あのおじさんのインチキを利用しただけよ!」


 ナビーが言うには、箱のくじを台に広げるとき、先程まで着ていなかった法被はっぴの袖からくじが1枚落ちるのを見たので、それに目を付けたと言っている。

 本当なら暴いた不正を警察に突き付けたいが、証拠として出せないので今回はゲームだけいただくことにしたらしい。


 スタンドに着くと、ちょうどレキオス青年会が演舞をする時間になっていた。

 レキオス青年会と大きく書かれた高さ3mほどの旗を掲げた旗頭はたがしらを先頭に、赤いハチマキに大太鼓を抱えた男性が8人。

 続いて、紫のハチマキに締め太鼓を握った男性20人の後ろから、手踊りの女性10人が三線の音色に合わせて列をなして入場する。

 ライジングさんは大太鼓の先頭、嘉数辰タッペイは旗頭、糸数エリカは手踊りの最後尾にいたのですぐに確認できた。


 曲が始まる。地方じかたの唄と三線の演奏が始まると、リズムに合わせた太鼓の振動が体に響いてくる。

 バチを頭上で力強く振り回し、1打1打に気持ちをこめて太鼓を叩く。

 見ている人の身体が思わず動き出してしまうほど、豪快に締め太鼓をぶん回し、飛び跳ね、足をあげる。

 一つ一つの動きがそろっているので見入ってしまう。

 響く指笛に加え手踊りの女性の掛け声が、力強さの目立つエイサーに華やかさが生まれ、最高の装飾となっている。


「ライジング達がんばってるね。なんだかちむどんどん胸がわくわくするさー!」


「そういえば、ナビーたちの世界でエイサーはないのか?」


「太鼓を持たないで踊るのがあるよ。最近はいくさでやる余裕がないから、私は参加したことないけどね」


 そういえば、エイサーで太鼓を持ち始めたのは戦後くらいからと聞いたことがある。ナビーたちの世界では、太鼓なしのエイサーが伝統的に続いていく可能性があるのかもしれない。


 すべての演舞が終わると、今年の祭りを締めくくる、全員参加のカチャーシーが行われた。

 競技場のすべてが人で埋め尽くされると、老若男女が両手をあげて空間をかき回しているように見えた。


 カチャーシーが終わると会場の照明が消える。祭りには欠かせない重要なイベント、花火の時間がやってきた。

 今年の花火は、レーザーショーと掛け合わせた演出が見どころで、真っ暗な夜空に豪快な花火の煙を貫くレーザー光が見事に映えていた。


「すごい久しぶりに花火見た気がするな……」


「にーにーがずっと引きこもってたからでしょ。そうだ、来年もみんなで来ようね!」


 俺と琉美は顔を見合わせて、お互いがドキッとしたことを共感していると、ナビーは神妙な面持ちで愛海に答えた。


「愛海にはまだ言ってなかったけど、私はそろそろ故郷に帰らないといけないわけよ。だから、来年は一緒にいけないさー」


「えー!? ナビーちゃんの故郷ってどこなの?」


「あの、あれ。離島よ離島!」


「離島てどこ? 遊びに行くから教えてちょうだい」


 ナビーは異世界から来たことをごまかそうとしていたが、もう限界だと俺の顔をにらんで援護を求めていた。

 もう、ここまで来たら異世界琉球のことを愛海に話してもいい気がしたので、信じてもらえるかわからないが伝えることにした。


「ナビーは異世界の琉球から来たんだよ。世界を行ったり来たりするのは簡単じゃないから、もう会えなくなるんだ……」


「はぁ!? こんな時にふざけないで! まさか、にーにーがここまで末期になっていたとは……」


「なんの末期だよ! まあいいや。それよりも、来年からは高校生だから、高校で新しくできた友達と祭りに行くことになるだろうよ」


「高校行ってないにーにーが、高校生語っててうけるー!」


 ナビーと琉美が俺の肩に手を乗せて愛海の真似をした。


『うけるー!』


「うるさい!」


 この後、ライジングさん達にエイサーの感想とスタンド席のお礼をしてゲームソフトを買いに行った。

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