第20話 面接

 2019年4月13日。

 マジムン魔物大量発生の日から5日がたっているが、あの日以来、石敢當いしがんとうが壊されることはなかった。

 そのため、毎日、国際通りの周辺を朝から晩までパトロールしていたが犯人を見つけることができずにいる。

 ライジングさんたちも同様に、大学の講義やほかのボランティアの合間に駆けつけていたが、犯人の音沙汰がないので、手詰まり状態になっていた。

 新たに石敢當いしがんとうを取り付けた後は、市街地にマジムン魔物は現れなかったので、これで引き上げる頃合いだと判断し、捜査をやめて通常の生活に戻ることにした。

 レキオス青年会も、石敢當は子供のいたずらということにして、この件はとりあえず保留にすると言っている。


 今朝は、他の場所でもマジムンの気配がないので、改めてあの勧誘中の女性と話し合うことになっている。

 今日はちょうど花香ねーねーが休みだったので、午後3時に花香マンションに来てもらい、面接をすることになった。

 花香ねーねーに事の成り行きを話すと、仲間を増やすことは賛成だが本人の意見を直接聞きたいと言っていたので、面接は任すことにした。


 おもてなしのおやつに、沖縄版ドーナツのサーターアンダギーを揚げることにした。

 薄力粉、ベーキングパウダー、黒糖、卵、隠し味のはちみつをしっかり混ぜて丸めて、160度の油でゆっくり揚げる。クパっと割れ目ができたら完成だ。

 他にも、紅芋パウダーを混ぜたり、ココアパウダーを混ぜるだけで別の味も楽しめる。

 小さめのゴルフボール大に作るのが、中に火を通しやすくなり、外のカリカリを多く楽しめるのでおすすめだ。

 たまに、サーターアンダギーはパサパサでおいしくないとさげすむ輩がいるが、そいつは揚げたてを食べたことのないただの無知だ。

 冷めたとしても、オーブントースターで温めなおせばまたおいしくなるのでやってもらいたい。


 サーターアンダギーを揚げ終えると、午後2時45分になっていた。

 女性を待ちながら、3人でちょくちょくつまんでいると、立ち上がったナビーが口に入れたまま、ボソボソ何か言い始める。


「へほひはひひ、はひふんはふほふ!」


「とんでる、とんでる! 汚いから、飲み込んでからにしてくれ」


 ナビーは牛乳で流し込み、口をふいてあらためて話した。


辺戸岬へどみさきに、しにとても弱いマジムンの反応がするさ!」


「え! 今から辺戸岬へどみさき? 明日じゃダメかな?」


 沖縄本島最北端の辺戸岬へどみさきは、那覇市からバイクで片道2、3時間はかかる。今から出ても帰りが午後9時以降になるのでめんどくさい。

 それに、そもそも人がいない国頭くにがみ地区なので、あまり急ぐ必要もないだろうと思っていたが、花香ねーねーが忠告してきた。


「シバ君、大変だと思うけど、急いで向かってもらえないかしら。辺戸岬へどみさきって、意外とドライブで寄っていく人が多のよね。万が一ってこともあるし」


「花香ねーねーがそういうなら、仕方ないですね。じゃあ、面接と晩ご飯の準備は頼みますね」


「わかったわ。ここは任せて、行ってらっしゃい!」


 準備をして、いつもの真っピンクのヘルメットを持った時、ナビーがその手を止めた。


「シバ! 今日から白虎に2人乗りすることにしようねー!」


「2人乗り!? まあ、一度、ナビーを担いで乗ったことはあるけど、白虎の負担が大きくないか?」


「大丈夫よ! 多分、その時の経験のおかげで、特技【2人乗り】を覚えていたからさー。それに、白虎もレベル上がってるからね」


 白虎を仲間にして本当によかった。

 乗れて、戦えて、かわいい。さらに加えて頭もいいので、もうここまで有能なら、ナビーと白虎だけでやっていけるんじゃないかとまで思うほどだ。……思わないようにしているが。


 俺がセジ霊力めて、白虎をシーサー化させる。

 すると、ナビーが白虎の後ろ足の内側にある地面に接していない爪に、セジを籠めて、巨大化させた。


「この爪は狼爪ろうそうと言って、普通の犬はだいたい前足にあるんだけど、琉球犬は特別に後ろ脚にあるみたいで、これを強化したら地面をける強さが上がって、早く走れると思っていたわけよ」


「すげー! これって、攻撃にも使えそうだな」


「白虎がどぅー自分でできるようになればいいけどね。そうだ、ヤンバルを駆け回るための爪ということで、ヤンバルスパイクと命名しようねー!」


「どれくらい速くなるか早く試そうぜ!」


 ナビーが前、俺が後ろに乗り走り出す。

 シーサー化の白虎は、バイクの1.5倍~2倍速かったが、ヤンバルスパイクで走ると、4倍ほど速くなっていた。

 白虎の体とセジ霊力でつなぐため、落とされることはないが、生身で感じる200キロはものすごく怖かった。

 しかし、しばらくすると慣れてきて、楽しいし気持ちよかった。


 片道3時間を覚悟していたが、1時間もかからずに辺戸岬へどみさきに着いてしまった。


「はや! もう着いた」


「まさかここまでとは思わなかったなー! あっちの世界のシーサーよりも、しにとても速くなったさー!」


 シーサー化を解いて、ヨシヨシと撫でまわしてねぎらうと、背の低い木が広がって生えている見通しの良い場所に、白虎が走っていった。


「何かあるのかも。行ってみよう!」


 白虎が吠えているところに行ってみると、石碑せきひの前に大学生くらいの若いカップルが倒れていた。


マブイ落とされている人だね。花香ねーねーの言うこと聞いてよかったさー。私はこの2人治すから、シバはあのミミジャーみみず倒してきて!」


 ナビーが指さしたほうを見ると、10m先に、長さ1mのミミズのマジムン魔物がいた。


「……これ? こんなののためにここまで来たのか……」





 午後3時。

 あらかじめ教えてもらっていた住所に着いたのはいいのだけど、まさか、こんな高級マンションだとは思わなかった。

 ここがあの古謝花香こじゃはなかの家なのかと感心しながら、エントランスで通してもらい最上階の部屋に着くと、本物の古謝花香が玄関を開けて迎えてくれた。


「ようこそ、いらっしゃい!」


「こんにちは! 金城琉美きんじょうるみです。今日はよろしくお願いします!」


「琉美さんね、こちらこそよろしく。古謝花香です。どうぞ、入ってください」


 テレビで見るより優しい印象を受け、少し安心した。それに、やっぱりきれいだ。

 こんな人が何でいまだに独身なのか疑問である。

 リビングに通されると、あの2人がいなかったのできいてみることにした。


「あの2人はいないのですか?」


「ああ、10分前くらいに辺戸岬へどみさきに向かったわ。マジムン魔物が現れちゃってね。そうだ! まずはこのサーターアンダギーを食べましょう。まだ温かいわよ」


「あっ、はい。いただきます」


 正直、サーターアンダギーはあまり好きではない。母が作ってくれなかったので、なじみがなかったこともあるが、店で買って食べた時に、口の中の水分を吸っていく硬めの甘いスポンジという認識を持ってしまっていたので、長い間食べてなかった。

 食べないのは失礼なので、我慢して1個だけ食べてみることにした。

 カリッ、フワッ、ホク。

 小さめのサーターアンダギーを半分かじってみると、程よく焦げた表面は噛むたびに音がする。

 中のスポンジ部分に違和感を感じた。なぜなら、口の中の水分をもっていかずにしっとりと口になじんでいくからだ。

 それに、ほんのり温かいことが程よく甘みを引き出しており、やさしい味に仕上がっている。


「美味しいです! 古謝こじゃさんは料理もできるんですね!」


「美味しくて、何個でも食べちゃいそうになるわよね! でもね、これはシバ君が作ったのよ! はちみつが決め手と言っていたわ」


「え!? シバ君って、あの俺にくれの人が作ったのですか?」


「そうよ、私は全く料理できないから、すべて任せているの。それより、俺にくれの人って何のこと?」


 私を助けた時に言った第一声のことだと教えると、古謝さんはニヤニヤしていた。


「あの……皆さんは、どういう関係なんですか?」


「そうね、面接の前に、私たちがやっていることを知ってもらわないとね」


 ナビーが別の世界からマジムン魔物を倒すために来たこと。

 古謝さんがノロという霊的な力を持っている人だということ。

 シバが最近まで引きこもりだったことなど、情報量が多すぎてついていけなかったが、簡単に言うと、みんなで協力してマジムンを倒し、沖縄の人を陰から守っているということだけはわかった。


「それで、琉美さんは、いつ終わるかもわからない危険な仕事なのに、本当に仲間になりたいの?」


 私は今日、人生をかけてもいいくらいの覚悟をしてここに来たので、答えは変わらない。


「はい! あの2人の力になりたいと思っています!」


 力強くしっかり答えたので、受け入れてもらえると思っていたが、逆だった。


「シバ君たちの恩返しのためなら、やらなくていいわ。琉美さん、あなた、以前のようにマジムン魔物を見て取り乱したりしますか?」


「し、しません。私のほかに見える人がいて、私がおかしかったわけではないと知って、安心したら怖くなくなりました」


「それなら、琉美さんが歩むはずだった人生に戻って、普通に暮らせるってことね。あの2人の恩は忘れて、もう一度自分の人生を考え直してみてちょうだい」


 そう考えた時もあった。

 あの後も、何度かマジムン魔物を見たが、正体を知ったおかげで以前ほど驚かなくなっている。

 これなら、普通に専門学校に通って看護師を目指しても良いとも思った。

 だけど、今の自分は、この人たちと共に行った先でする看護師への未練より、看護師になりこの道を選ばなかった未練の方がはるかに大きくなると予想できてしまったので、答えは変わらない。


「大丈夫です! いろいろ悩んで決めたので、何を言われてもこの気持ちは揺らぎません!」


 古謝さんは、しばらく目を閉じて沈黙していたが、口を開いた。


「強い意志、伝わりました……金城琉美さん、あなたを快く歓迎します。沖縄のために力を貸してください!」


「は、はい! よろしくお願いします!」






 ミミジャーミミズマジムンを瞬殺して、カップルにマブイグミをする。辺戸岬へどみさきにきて10分で仕事が終わってしまった。

 もし、白虎のヤンバルスパイクがなくここに来るまで3時間かかっていたら、発狂していた自信がある程あっさり終わってしまった。

 まあ、おおごとじゃないに越したことはないが。


 自動販売機で飲み物を買って少し休憩していると、花香ねーねーから電話がかかってきた。


「もしもし、今、大丈夫?」


「はい、大丈夫ですよ。どうしました?」


「金城琉美さん、正式に仲間になってもらうことになったわ。その報告よ」


「そうですか! よかったです。あと1時間くらいで帰れると思うので、晩ご飯は俺が作りますから」


「え!? 何言ってるの? まだ、1時間くらいしかたってないわよ。それが何であと1時間で帰ってこれるのよ」


「白虎の性能が上がって、辺戸岬へどみさきまで1時間もかからなかったんですよ。俺もナビーも驚いてます」


「そんなことって……まあいいわ。気を付けて帰ってらっしゃい」


「はい。じゃあ切ります」


「ちょっと待って、最後に言いたいことがあるの」


「なんですか?」


「俺にくれ……プフフ」


「やめてください!」

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