第19話 ライジングさん

 振り返ると、赤茶色の短髪と180cmくらいの長身が目立つ、大学生くらいの男性がすごい剣幕で近づいてきた。


石敢當いしがんとうを壊しているのはお前だな! 現行犯で逮捕する!」


 右腕をがっちり掴まれた。反射的に振り払おうとしたが、握力、腕力がものすごく強くてピクリともしない。

 俺が抵抗したので、そのまま腕を背中に回して、すぐそこの壁に押し付けられた。


「いたっ!? 勝手に決めつけるなよ! 誤解だから、はなしてください!」


 それでも全くはなす気配はない。


「それを持っているのに、言い逃れしようとは、お前は馬鹿なのか? 信用できるわけないだろうが! そこのコスプレお嬢ちゃん、警察に通報お願いしていいかな?」


 何言っても無駄なようだ。

 壊しているところを見てもいないくせに、ただその場で欠片を持っていただけで犯人扱いとはひどいものだ。

 まあ、ナビーのことは関係ないと思っているので、ナビーが釈明しゃくめいしてくれればわかってくれるだろう。


「えー、ふらーバカ!」


「痛あああああああああい!」


 ナビーは急に、男性の太ももめがけて思いっきり前蹴りをした。

 ツボに入ったのだろうか、寝転がりながら太ももを抑えてもだえている。


「なっ、何しやがる……うぐっ」


「何しやがるって? それは、こっちのセリフさー! ぬーなにが現行犯逮捕? マジでふらーバカだな」


「はい?」


 男性はこの状況で、まさかこんな女の子に蹴られたうえに罵倒されるとは思ってもいなかったのだろう。ほうけた顔をしている。

 掴まれて痛かった腕をさすりながら、その場で座っている男性に説明した。


「俺たちは、この付近の石敢當いしがんとうが壊されていたので、調査してたところなんですよ。そこであんたが濡れ衣を着せてきた」


「証拠……証拠を出せよ!」


「はぁ……じゃあ、逆に俺が壊したっていう証拠を見せてください。動画でも取ってましたか?」


「いや……取ってないけど、あっ!」


 シャッターのしまった居酒屋の、こちらに向いていた防犯カメラを見つけ、指をさした。


「あの防犯カメラを見れば……」


 こいつは相当な馬鹿だ。自分がやることはすべて正しいと思い込み、正義感を振りまくタイプのめんどくさい人間なのだ。

 多分、今まで自分が悪いと思う経験をしてこなかったのだろう。

 しかし、今は明らかにこいつが悪いので、自分の状況をわからせることにした。


「わかりました。そこまで言うのなら、俺はそのまま警察に行きます。でも、証拠がそろえられなかったら、俺はあんたに暴行されたと被害届出すので、その時は覚悟してください。その証拠は、あの防犯カメラに写っているでしょうから」


 ナビーが横からいらんことを言いだした。


「はあ? あんまさい面倒くさい。そのままたっぴらかしてたたきのめして終わりでいいでしょ」


「いいわけないだろ! こっちが終わるわ! ……で、どうしますか?」


「ああ……あああ!」


 両手で頭を抱えたあと、かきむしり始めた。

 防犯カメラで撮られていると知ったのに、強気で来られたので、自分の失態だったと理解した様だ。


「すみませんでしたーーーーーーー!」


「……はい?」


 男性は一変して、頭を地面にめり込ます勢いで土下座をしてきた。

 わざとらしく大袈裟にやっている様で、見ていてイライラしてくる。

 顔を上げてニタニタしながら謝ってきた。


「いやー、申し訳ございませんでした。これは完全に僕のミスでしたね……腕、大丈夫? 強く握っちゃってごめんね。野球部だったから握力強くなってしまって。これだから野球部はね……」


 ……なんだこいつ。謝らないタイプの人間だと思っていたのに、一度謝るとこんなにも手の平をかえす奴だとは思いもしなかった。ってか、野球部かんけいないだろ!


「わかってもらえてよかったです。とっとと消え失せて下さい」


けーれ帰れけーれ帰れ!」


「ひどいっすよー。これでも、僕たちも犯人捜してるんですからね!」


 その時、だれかを呼ぶ男女の声が聞こえた。


「せんぱーーーい!」


「かいちょーーー!」


 くず野郎は、乱れていた服装を素早くととのえて、何事もなかったかのように合図をする。


「2人とも、こっちこっち」


 先輩呼びをしたのは、大きな手提げ袋を肩にかけている、いかにも野球をしてそうな丸坊主の男性。

 会長呼びをしたのは、肩まで伸びた髪がくず野郎と同じ赤茶色に染めている、活発そうな女性。

 2人とも疲れているのか、息が荒い。


「ちょっと、先輩! 早すぎっすよ! これ持っている俺のことも、考えてくださいって」


「それにしても、何なのですか、この子たちは?」


「ごめん、ごめん。でも、ここにも壊れている石敢當いしがんとうあったよ。早く取りかえて次の場所に行こう。この方々はちょっとここで知り合っただけでね……」


 丸坊主は、手提げ袋から黒い石板で白い字の石敢當いしがんとうを取り出した。女性の方は壊れた石敢當をかたずけ始めている。

 それを見た俺は、何をしているのかクソ野郎にきいてみることにした。


「おい! 何でお前たちが石敢當を?」


「!?」


 クソ野郎の体がピクッとなって、急に俺とナビーを引き寄せてコソコソ話を始めた。


「すみません。あいつらの前では、さげすむような態度をしないでもらっていいですか? あいつら、僕をしたってくれているかわいい後輩だから、カッコイイ先輩のままでいたいんですよ……」


「はぁ? 何で私たちが、いゃーお前の都合に合わせないといけないのか!」


 怒っているナビーを引き留め、クソ野郎なしで話す。


「ちょっと待ってナビー。こいつら、石敢當いしがんとうを取り付けているみたいだから、いい関係を築いておけば、俺たちには都合いいんじゃないかな?」


「そうか? こんなやつと関わって、いいことがあると思えないんだけどな……まあ、シバが言うなら私は口出ししないさー」


 クソ野郎に向き直り、冷静になって話をすることにした。


「わかったよクソ野郎。とりあえず、お前たちが何者なのか素性を教えろ。話はそれからだ」


「クソ野郎はやめてもらっていいですか……」


 石敢當を取り付けていた、クソ野郎の後輩2人も含めて自己紹介をすることになった。


「あらためまして、歳は20歳、大学3年生の比嘉昇ひがのぼるです。まわりからはライジングさんと呼ばれてるので、そう呼んでください」


「よっ! 先輩!」


「よっ! 会長!」


「呼ばれてねーじゃねーか!」


「それから、お前たちも自己紹介を」


「まずは自分からっす。大学2年生の19歳、嘉数辰かかずたつ。あだ名はタッペー後頭部が平たいですが、後頭部は見ての通りガッパイ後頭部が大きいです」


 後頭部の丸みを見せつけてくる。この自己紹介は鉄板なのだろう、チラチラとこちらの反応をうかがっているようで、なんだかうざい。一応、愛想笑いだけをしておく。


「私もこのハゲと同学年で、糸数いとかずエリカといいます。普通に名前で呼んでください。よくわからないけど、よろしくお願いします」


「タッペイさんとエリカさんですね。よろしくお願いします。俺は柴引子守といいます。シバと呼んでください。お2人より2学年下なので敬語じゃなくていいですよ」


「私はナビー、20歳。ゆたしくねーよろしくね


 ナビーが適当に自己紹介をすませたとき、ライジングさんが自分たちが何なのかを説明した。


「聞いたことあるかな? 僕たちは沖縄で活動する団体で、レキオス青年会って言うんだけど。僕はその3代目会長をしているんだ」


 もちろん聞いたことがあった。

 レキオス青年会とは総員50人からなる、就職前の大学生などが集まって、沖縄中どんな場所にでも駆けつけて、積極的にボランティア活動をするサークルだ。

 確か、夏祭りなどでエイサーを披露することもあったはずだ。

 沖縄には、各部落ごとに青年会というものがあり、その地域を中心にボランティアを行ったり、伝統芸能のエイサーを受け継いだりしているのだが、それを部落ごとではなく県全体でおこなっているのがレキオス青年会なのだ。


「レキオス青年会!? あの、大人から子供まで、みんなが認めている?」


「そう認識してくれて、うれしいよ。知っているなら話は早い。僕たちはボランティアの一環で、ここ1週間の内にこの辺りで多発している、石敢當いしがんとうが壊されている事件を解決しようとしていたんだ。この石敢當は、レキオス青年会の活動基金を使って用意したのさ」


「え!? 1週間? そんな前から石敢當が壊されていたんですか?」


「そうなんだよ! 1週間前に僕たちに依頼が来て調べていたんだけど、まだ解決できてなくてね。今日、急に壊される数が増えていて、困っていたところに君たちがいたからさ……ところで、君たちはなんで調べていたの?」


 マジムン魔物退治に必要だからとは言えないので、何といえばいいかと悩んでいると、ナビーがわけのわからないことを言い出した。


「私たちは、沖縄の伝統に触れることが趣味だわけよ。だからこんな格好してるわけさー。それで、たまたま石敢當いしがんとうが壊されていることを知って、伝統文化をないがしろにしていることにわじわじーイライラしたから、犯人をたっぴらかすたたきのめすために動いていたわけよー」


 エリカが俺に向かってきいてくる。


「たった2人でですか?」


「はい、そうです……」


 こんな意味の分からない理由で、納得するわけないと思っていた……が、そうでもなかったようだ。

 ライジングさんは拍手をして褒め始めた。


「すばらしい! すばらしいです。これを成し遂げたところで、誰にも称賛しょうさんしてもらえないのに、人知れず陰で活動しているとは! お前たちもそう思うよな?」


「はい! カッコイイっす! 尊敬します!」


「そうですね。私も同感です」


 この人たちは、純粋で、単純で、まっすぐな人たちなのだと思った。まあ、簡単に言えば馬鹿ってことになるが、レキオス青年会所属ということもあって、とてもいい人達なのだろう。


「シバさんが、僕たちレキオス青年会のことを、大人から子供まで、みんなが認めているって言ってくれたのは、実は間違いなんだよ」


「え? どういうこと?」


「僕たちの活動を、よく思ってない人もいてね……就職のための活動だとか、ただいい格好したいだけだとか言われててね……」


「それの何が悪いんですか? やってきたことが評価されているだけなのに、文句言われる筋合いはないですよ」


 レキオス青年会の3人は、手で目元を抑えてうれし泣きしている様だ。


「そう言ってもらえると、ありがたいです……でも、その人たちの指摘も間違っているわけではないからさ」


「そうっす! レキオス青年会に入ってボランティアするのは、就職を有利にしようと思っている人が大半なのは事実っす」


「会長と、会長をしたっている私とハゲ以外の47人は、みんな、就職のために活動してますね」


「だから、見返りを求めないで活動している君たちを、とても尊敬してるんだ! そうだ! ここであったのも何かの縁。いちゃりばちょーでー出会えば兄弟ということで、一緒にこの事件を解決しないか?」


 これを待っていた。こいつと兄弟にはなりたくないが、これでいい関係を築けそうだ。


「そうですね。お互い独自に動きながら情報共有するかたちにして、必要な時にいつでも呼び合える関係にしましょう」


「オーケー! じゃあ、これからよろしくね!」


 お互いの連絡先を交換した後、タッペイとエリカは他の石敢當いしがんとうを取り付けに行った。ライジングさんが無理やり追い出すように、2人を行かせていた。


「いやー、お2人さん、ご協力ありがとうございました。これからも、どうぞよろしくお願いいたします」


「もういいですから、その話し方やめてください。お互い、普通にしましょう」


「おい、ライジング。そんなこと言うために、ここに残ったわけじゃないよな?」


「そう! 犯人が映っているはずの防犯カメラを確認しなきゃね」


 後輩2人を行かせたのは、その映像を見られたくないからだったようだ。


 まだ、店舗が空いていないので、看板に書いてある電話番号にライジングさんが電話をかけた。

 通話を終えたライジングさんは、無表情になりたたずんでいる。

 何も言わないので、ナビーが苛立ちながらきいた。


「えー! どうだったのか? カメラの映像はみられるのか?」


「……あれ、ダミーでした」

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