第15話 家族との和解

 ゴーヤーが1本、最近作ったゴーヤーチャンプルーの時に残ってしまったらしいので、それを使うことにした。

 愛海あみが買ってきた食材を見ると、ハンバーグを作る予定だったのだろう、玉ねぎと合いびき肉とスライスチーズがあった。

 素直にハンバーグを作っても良いが、ゴーヤーの使い道が無くなる。薄くスライスし、酢の物にしても美味しいが、これを食べてしまうとメインのおかずの味がわからなくなるほど口に苦みが残るので、つまみにはいいがご飯としてはあまりお勧めしない。

 他にレタスとトマトがあったので、頭の中にタコライスが浮かんだ。


 ……これだ! ゴーヤーを入れた、ゴーヤータコライス!


「愛海、野菜切るの手伝ってちょうだい」


 ナビーの隣に座り、なぜか一瞬のうちに仲良くなっている様子の妹は、駄々をこね始めた。


「嫌だよ! ナビーちゃんとお話ししたいから、お母さんがやって」


 妹に無理やり手伝わせて嫌われたくないので、自分1人で始めようとすると、母がしょうがないなと言うような顔でキッチンに入ってきた。


「子守、何切ればいいの?」


「うん、玉ねぎみじん切りとゴーヤーは大きめのみじん切り。トマトは適当に細かくお願い」


 母と料理することはなんか気まずかったので、料理に集中することにした。


 フライパンにオリーブオイルを少量注ぎ、切ってもらった玉ねぎとゴーヤーを入れて軽く炒め、弱火でふたをしてゴーヤーが柔らかくなるまで待つ。

 柔らかくなったら、ひき肉を入れて火が通るまで炒める。そこに、ケチャップ、ウスターソース、醤油、胡椒を入れて味を調整したらタコミートは完成だ。

 ボウルにトマト、ケチャップ、乾燥パセリ、ニンニクチューブ、タバスコを混ぜてサルサソースの代わりになるようなソースを作っておく。

 熱々のご飯の上にスライスチーズをのせ、その上にタコミートをのせる。そうすると、熱いもので挟むかたちになるので、チーズがしっかりとろける。

 レタスをのせて、お好みでサルサソースをかければ完成だ。


「出来たよ……は?」


 リビングには誰もいなかった。先程まで手伝っていた母も一緒に、みんな消えていた。


「ワン……」


 玄関から白虎の吠える声が聞こえた。

 もしかして、家の前にマジムン魔物が現れてナビーが戦っているのか? と思い、急いで玄関に向かって走った。


「何かあったのか!」


 家の門の前に俺の家族が並んで立っている。

 その前には、シーサー化した白虎に乗ったナビーがいた。


「ナビー! どうかしたのか!?」


「どうもしてないよ。ただ、皆にシバのやっていること教えていただけさー!」


「……へ?」


 ナビーが持っていた分の黄金勾玉クガニガーラダマを、父、母、妹の順に首にかけ、白虎のシーサー化を実際に披露していたのだ。


 父と母は、ポカーンと口を開けたまま現実を受け止められずにいるみたいだ。まあ、普通の人ならこのリアクションが正当なのだろう。

 しかし、現在、黄金勾玉クガニガーラダマを首にかけている妹は、目を輝かせて食い入るように白虎を見ている。


「おい、ナビー! このことって言ってよかったのか?」


「花香ねーねーから危険なこともやっていると聞いた時から、ずっと心配していたって言ってたからさー。せめて、家族には知ってもらおうと思ったわけよ」


「ナビーがいいならいいけど、神様的にはどうなのかな?」


「このくらい大丈夫よ!」


 俺はてっきり、マジムンのことは隠さないといけないと思っていたが、今考えれば近しい人には知ってもらったほうがやりやすいと思った。上運天かみうんてんさんの例もある。

 妹は、不思議な現象をすんなり受け入れ、ナビーに頼んできた。


「ナビーちゃん、私も乗せてほしーなー!」


「私の後ろにならイイよ」


「今はダメだ! ご飯食べてからにしろ! それに、父さんと母さんを家に連れて行かないと……」


「あ! パパとママ固まっていたんだ! わかった。それじゃあ、ナビーちゃん後で乗せてちょうだいね!」


「いいよ! 少しだけね」



 父と母をリビングに誘導して、テーブルの前に座らせると、2人の硬直が解けたと同時に父が吐き出した。


「なんだあのシーサーは!? それに、何で消えたんだ!? お前たちはいったい何をしているんだ!?」


「パパ、少し落ち着いて! こんなに言い寄ったら答えられないよ」


「ああ……すまない。取り乱した」


 俺とナビーは、異世界琉球のことをうまく知らせないように、マジムン退治をしていることを話した。

 沖縄にマジムンという魔物が現れて、知らない間に人を襲うから、倒さないといけない。ナビー1人で頑張っていたが、大変だったので俺に手伝ってもらっていたということだけ伝えた。


 10秒ほど沈黙した後に、父が真面目な顔をして俺に問いかけてきた。


「子守。正直に言うぞ。俺は親として、子供のお前に今の危険な仕事を続けてほしくない。だからといってやめてくれとは言わない。だが、どんなことがあっても今の仕事をやり遂げる気はあるのか、お前の口から家族みんなに聞かせてくれ」


 俺が引きこもっていた時、目が合うたびに外に出ろとうるさかった父が、仕事をしたおかげで引きこもりが治った俺に、仕事を続けてほしくないと言ったことにとても驚いた。

 それくらい、親として俺を心配しているってことなのか?

 今の俺にはまだわからないが、マジムン退治をやり遂げたい気持ちは強く持っていたので、それを素直に伝えることにした。


「正直、俺は自分が引きこもっていた理由を、あまり自分でもわかってないんだよ。名前でからかわれることは死ぬほど嫌だったけど、学校を休むほどではなかったし、勉強が嫌いなわけでもなかった。だから、高校も一応合格はした」


「でも、やっぱり、きっかけはあるのだろ?」


「中学3年生の時、進路のこととか将来のことを考えないといけなくなって、何故か自分の未来が良くなる気持ちになれなかったんだよ。よくならないなら、今のうちに好きなことだけやれたら、人生それでいいかなって思ったのが引きこもったきっかけなのかもと思っているけど、あの頃は頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えたくなかったからよくわからないんだ」


 母が目に涙を浮かべ、今にも泣きだしそうな声で言った。


「子守は、人より考えこんでしまう子だから、1人で悩んでパンクしちゃってたんだね……ごめんね、その時、ちゃんとお母さんが話を聞いてあげれば、こんなに苦しませなかったのに……」


「お前だけのせいではない! 父親の俺も圧力だけかけて、冷静に会話をしなかったのだからな」


「その話はもういいよ。そもそも、俺が2人と距離置いていたのが一番悪かったから……それより、引きこもりのクソみたいな生活を変えてくれたこの仕事は、絶対やめたくないし、最後までやり遂げたいと思っている。どうしようもなかった俺を必要としてくれたナビーを助けたいし、世話してもらっている花香ねーねーに恩返しもしたい。だから、父さんたちには認めてもらいたいと思っている」


 俺の気持ちを聞いた父は、目を閉じてうなずいた。


「わかった! お前の好きなようにやってみろ。ナビーさんを守ってやれ!」


「うん、ありがとう」


「ナビーさん、子守をよろしくお願いします!」


まかちょーけ任せて! ちゅーばー強いじょーとーいきがイイ男にするから楽しみにして!」


 ナビーの言葉で重い空気が消えて、みんな笑顔になった。

 我慢できなかったのか、妹が慌て気味でいだした。


「ねー! はやくタコライス食べよう。もう冷めてるよ」


 気持ちを切り替えていただきますをする。

 ご飯が見えないくらいに乗せられた具材をスプーンで割ってすくい上げると、中のチーズがしっかりとけて口に運ぶまで伸びている。

 口に入れると、初めにサルサソース風の辛みを感じて、噛んでいくにつれて肉、チーズ、ゴーヤーの順に味が混ざり合い、程よい苦みが癖になって、次の一口、次の一口と自然に手が動いていく。


「にーにー、このタコライス、ゴーヤー入ってるのに美味しいんだけど!」


 ゴーヤー嫌いな妹が美味しく食べてくれるか心配だったが、大丈夫だったようだ。

 まあ、妹は嫌いなものでも文句を言いながら残さず食べる。新しい料理を試すときにはよく感想をもらっていたので、懐かしい気分になっていた。


「これが、タコライスなんだね。話には聞いていたけどまーさん美味しいな!」


「タコライス食べたことなかったんかい! 今度、普通の作ってやるよ」


 みんな満足して食べてくれた。

 何気に、両親には手料理を食べてもらったことはなかったので、むずがゆい気持ちになっている。


 みんなが食べ終わると、午後6時になっていた。

 ここに来た目的を思い出し、自分の部屋に行くとあの時と変わらないままだった。

 机の引き出しを開けると、ガラクタの中に俺の中二病の証を見つけた。

 銀の剣に銀の龍が巻き付いているキーホルダー。

 中学2年の修学旅行のお土産店で買って以来、一回も使っていなかったものだ。

 キーホルダーを眺めていると、妹とナビーが部屋に入ってきた。


「入るよーって、なにそれ! だっさ! そんなの持っていたの? 引くわ……」


「うぐっ!」


 不意の辛辣しんらつな言葉にやられて、思わずベッドに倒れこんだ。妹にだけは言われたくなかった……そこに、ナビーが救いの手を差し伸べた。


「愛海、言いすぎ! これのおかげで私たち助かってるからよ。それより、愛海を少し白虎に乗せてあげようね」


「いいけど、気を付けてな。ケガさせたらどうなるかわか……」


「はぁ!? にーにー、まだシスコンのままなの? 困ったな……」


「なっ、何言ってるの。シスコンじゃないし!」


「シスコンってなんね?」


「何でもないから! 俺は先に帰るから、遅くならないようにな。はい、もう出て行って!」


 ナビーが先に部屋を出て、続けて妹が出ようとした時、あの日を思い出す光景が目の前で起きた。


「アガーーーーー!」


 俺とナビーを苦しめたあのタンスの角が、妹の足の小指も破壊しにかかった。タンスが向かってきたわけではないのだけど。



 両親にもう行くと伝えると、玄関で見送ってもらった。

 母が、なごり惜しそうな表情で俺の手を握った。


「子守、たまには帰ってきて元気な姿を見せてちょうだいね。今度は、お母さんのご飯を食べに来てね」


「うん。近くに寄ることもあるから、出来る限り顔を見せに来るよ」


古謝こじゃさんにもよろしく伝えといてね」


 父を見ると黙ってうなずいたので、こちらも頷き返してバイクに乗りヘルメットをかぶると、父と母が破願して笑っていた。


「フフッ! それはないよ、それは……」


「ブフッ! ハハハ! ピッ、ピンク……ハハハ!」


「うるさい! 笑うな!」


 今日、ナビーを連れて帰ってきて本当によかった。ナビーがいなかったら深い話もせず、家族間の問題は進展しなかっただろう。

 心の奥にあったおもりが無くなって、気の持ちようが軽くなった。


 花香ねーねーにタコライスを持って帰り、長く濃い1日が終わった。

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