第9話 小さな仲間

 空が暗くなり始めた。

 俺とナビーはヒンプンを壊した古民家に降ろしてもらい、バイクに乗り換え、汚れている犬を綺麗にしてあげるために上運天かみうんてんさんの一軒家に向かった。


 家に着くと、上運天さんは明日から比地大滝ひじおおたきを休業させるための行動を起こすために、花香ねーねーの仕事場に向かっていたので、家の人に一言あいさつすることにした。


ちゃーびらたいごめんください!」


 フチなし眼鏡を掛けた、穏やかそうな雰囲気の旦那さんが対応してくれた。


「はい、いらっしゃい! 君たちがかおりの言っていた子たちだね。犬は裏庭につないでいるよ。そこに水道もあるから自由に使ってちょうだい。シャンプーも買っておいたから持って行ってね」


「はい、ありがとうございます。使わせてもらいます」


 礼をしてシャンプーを受け取り、家の裏にある庭に向かった。

 芝生の上で寝転がっていた犬はこちらに気が付くと、すごい勢いで俺に走ってきたので身構えたが、リードに繋がっていたため手前で止まった。


「ビックリした! こいつ、タックルする癖があるな」


「琉球犬は人懐っこいってこともあるけど、シバにはだいぶ懐いてるみたいだねー」


 とりあえず、コミュニケーションを取るために近づいて頭を撫でてみると、野生で風呂に入ったことがないからだろう、カッチカチのゴッワゴワでさわり心地がとても悪い。

 撫でられて興奮したのか、思わず寝転がってしまう程じゃれてきた。ここではっきりオスだと確認した。


「うわぁ! ちょっと待って! ちょっと待って! 洗うから! 今から綺麗にしてあげるから、落ち着いてくれーーー!」


 ナビーが不貞腐ふてくされたように言ってくる。


「あーあ、シバはよかったねー……こんなに好かれちゃって。私には近寄らないさー」


 犬は何かを感じ取ったのか、俺から離れナビーの足元にサッと近づきおすわりすると、軽く頭を垂れた。


「おお! 来てくれたさー。しにかわいぐゎーとてもかわいいだねー!」


 頭やあごを撫でられて安心したのか、ゴロンと寝転がりお腹を上に向けている。


「もしかして、服従ふくじゅうの姿勢? ナビーのことをボスだと認めているのか?」


 ナビーが嬉しそうにお腹をさすってやると、犬は喜んでしっぽをすごい速さで振り始めた。


「ちぇ! ナビーはボスで、俺は遊び相手だと思ってるな。接し方が全然違う……なんで、こんな見た目チンチクリンをボスだと思うんだ?」


「チ、チンチク……ふん、こいつは、人を見る目がある犬だったわけよ。主従関係を理解できるから、シバより優秀だねー」


「別に、俺はナビーのこと下と思ってないけどな。強いし、俺の戦いの師匠だから尊敬してるよ」


 ナビーは目を大きく開き、驚いた顔でこちらを見た。


じゅんに本当になー! ……でも、なんでかそんな感じしないんだよなー」


 尊敬しているのは嘘ではない。

 戦い方がでたらめなこともあるのに、やっていける気がするのはナビーの地力が強いからだろう。

 特殊能力【中二病】がなかった異世界琉球で、幼いころからここまでの強さになるまでの苦労を考えたら尊敬に値する。


「それはいいけど、こいつの名前決めないと。こいつとか、犬って呼ぶのはかわいそうだからな……ナビーはなんかいい名前ある?」


「んー……親しみやすさをこめて、用高ようこうか、栄昇えいしょうか、昌吉しょうきちか、いっこくか、……」


「いや、親しみやすいけども、呼びづらいわ! てか、何でそんなに名前が出てくるんだよ?」


「はぁ? 何が不満ねー? だったら、この色の琉球犬は白トゥーラって呼ばれているから、シロトラでいいんじゃない?」


「おお! 投げやり気味だったけど、いい感じだな……それを漢字に変えて白虎びゃっこにしたらカッコイイんじゃないか! よし、こいつの名前は白虎に決定だ!」


 白虎と呼んであげると、気に入ってくれたのかは分からないが、元気よくこちらに向かってタックルしてじゃれてくる。


「えー! いつまでやるつもりか。帰りが遅くなるから、早く洗ってあげれ」


 白虎は3歳位だろうか、生まれてから一度も風呂に入っていない野生の犬は、思った以上に汚れていた。

 5回もシャンプーでしっかり洗って、やっときれいになった。


 また明日うかがうことを伝え、後のことは上運天かみうんてんさんの旦那さんにお願いして家に帰る。

 午後7時半になっており、今から晩ご飯の支度をするのは時間がかかるので、有名店のフライドチキンを買った。沖縄では晩ご飯のおかずの定番である。


 花香マンションに帰宅すると、まだ花香ねーねーは帰っていなかった。2人とも汚れていたのですぐ風呂に入り洗濯をする。


 一段落ついたころ、ちょうど花香ねーねーが帰ってきたので、ご飯を用意して3人でいただきますをした。


「今日は、ヤンバルまで行ったんでしょ? 大変だったわね」


「でも、上運天さんが送ってくれて助かりましたよ。許可してくれてありがとうございました!」


「いいえ、香さんも楽しかったって言っていたわ。そういえば、犬もつれて来たとか……」


「はい、白い琉球犬で名前は白虎びゃっこってつけました。すごい人懐っこくて、かわいいですよ。その……白虎ですが、どうしたほうがいいか、花香ねーねーに相談しようと思って」


 チキンを頬張っていたナビーが手を止め、以外にも頼み始めた。


「花香ねーねー! 私としては、白虎を引き取りたいけどダメねー? 多分、鍛えればしにちゅーばーとても強くなるからよー」


 花香ねーねーは、まさかのお願いに目を丸くした。


「え!? 白虎戦えるの?」


「接してみた感じ、白虎はセジ霊力が見えたり感じたりしているねー」


 ナビーは俺の方に顔を向け、続ける。


「あの時は言わなかったけど、白虎が私に服従していた理由は、シバより私に強いセジ霊力を感じたからだわけよ」


 白虎が戦えるなら一緒に戦いたいし、多分強くなると思う。

 意志の強さだけでヒンガーセジ汚れた霊力に抗って、マジムン魔物と戦っているのをこの目で見たので、ナビーも俺もそう確信している。


「俺からもお願いします! 超いい奴だから、仲間にしたいです!」


 お願いしたものの、断られると思っている。花香ねーねーは仕事が忙しいので迷惑になる可能性だってあるし、俺とナビーもマジムン退治があるので、犬の世話をするのは大変だ。

 しかし、花香ねーねーは意外にもあっさりしていた。


「別に、ここで飼っていいわよ! このマンションは賃貸じゃないから問題ないわ。それに私、犬好きなのよ」


「ホントに! さすが花香ねーねーだね。こうも簡単に許可してくれるとは思わなかったさー」


「ありがとうございます! なるべく迷惑かけないようにしますから」


 ナビーと顔を合わせ、初めてペットを飼うことを許してもらった、幼い兄弟のように喜び合った。

 その様子を見ていた花香ねーねーは、やさしく微笑んでいる。


「フフッ……まるで子供のようね」


 俺とナビーはお互いに顔を合わせニコッとすると、同時に花香ねーねーを見ながらからかい返す。


『ありがとう! お母さん!』


「お、お母さんはやめてちょうだい!」


『ありがとう! あんまーお母さん!』


「意味、一緒じゃないの! それより、何でこんなに息がぴったりなのよ、あなたたち……」



 話を変え、比地大滝ひじおおたきの休業要請の件についてきいてみた。


「そういえば、比地大滝の件はどうなりましたか?」


「ああ、まだ言ってなかったわね。今の時期はキャンプとかのシーズンではないから、何とか5日間は休業してもらうことはできたわ。どうにか、その間で倒しちゃってね」


 ナビーは頭をフル回転させて、これからのスケジュールの目算を立てている。


マジムン魔物の発生状況にもよるけど、5日あれば大丈夫かな。何とかするさー! 無理なお願いだったと思うけど、ありがとーねー」


「まあ、これは私の仕事だからね。また何かあったら、遠慮なく言ってちょうだい」



 次の日、朝一番で上運天さんの家に白虎を引き取りに向かう。

 バイクに犬は無理なので、花香ねーねーの車で首輪やリードやその他もろもろを買って行った。


「白虎、迎えに来たぞ! ってまたぁぁぁぁぁぁ!」


「あら、もうこんなになついてるの? 元気いっぱいでかわいいわね!」


 やはり、タックルで出迎えてくれる白虎を落ち着かすと、初めて会う花香ねーねーをじっくり観察し始めた。


 花香ねーねーが手を差し伸べて、おいで! と言うと、ナビーの時みたいにサッと近寄り、頭を垂れておとなしく撫でられている。

 優しく撫でられて安心すると、お腹を見せて甘え始めた。


「何、このワンちゃん!? かわいい!」


「何で、花香ねーねーにも服従してるんだよ!」


 ナビーも一緒に撫でながら、理由を話し始めた。


「花香ねーねーは、霊的な力を受け継いできたノロだからねー。セジ霊力で言えば私より強いよ」


 ナビーより強いセジ力なら、相当強いはずだ。白虎が服従するのも納得できる……が、そんな強いならなぜ戦わないのか疑問に思った。


「それなら、花香ねーねーが戦いに加わったほうが、効率よかったんじゃないですか?」


「いいや、花香ねーねーが戦ったとしても、途中でせいこう……」


 ナビーの言葉をさえぎるように、慌てた様子の花香ねーねーが自分で説明し始めた。


「あああ! あのね、私は沖縄が好きで、もっといい場所にしたいって子供のころからの夢があったから、県議になったの。だから、それを投げ出したくなかったのよ……一応、ノロとしての責任もあったから、ナビーのサポートをするために今のかたちになったの」


「まあ、そもそもノロ自身、普通戦わないからねー」


 さえぎられたナビーの話の続きが気になるが、花香ねーねーの言った理由は納得できた。

 そもそも、異世界の厄介ごとに巻き込まれて、ナビーのサポートをここまでしているだけですごいことなのだ。


 ……もし、花香ねーねーが戦いに加わっていたら、多分、俺はまだ引きこもり生活の真っただ中だったかもな。


「でも、普通に議員の仕事をして、花香ねーねーがしかできないサポートもしてますから、一番大変ですよね?」


「それをわかってくれてうれしいわ! って、もうこんな時間。家まで送るから急ぎましょう」



 俺たちを花香マンションでおろし、花香ねーねーは仕事場に急いで向かった。


 前もって了承を得ていたマンションの屋上に上り、俺と白虎の4日間の修行が始まった。

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