第8話 琉球犬 VS 火の鳥

 さらに奥へ進んでいくと、上り下りの階段のせいで疲労が蓄積されてくるが、だんだん森の道に適応してきたのか、きついけど大丈夫だと思えてきた。

 15分くらい歩いていくと、ザーザーと水の音が激しくなり、気が付いたら木々の間から白くて綺麗な大きい滝が見え始めた。


「滝の方にマジムン魔物の気配するさー。ここからは、様子をうかがいながらゆっくり近づこうね」


 慎重に進むナビーの後ろについて行くと、待てのサインを出されたので止まる。ナビーは滝の上方と下方に指をさしながら小声で言った。


「滝口の方の木と滝つぼ付近にある岩に1匹ずついるねー」


 滝口付近にある木の枝に、体高が1mくらい、大きめの鋭いくちばしと足が鮮やかな赤色、全体的に赤褐色せきかっしょくの燃えるような鳥が1羽、異様な雰囲気をかもし出しながら、滝つぼを見下ろしている。

 滝つぼにある岩を足場に、柴犬のような体型で白と黒が虎のような模様に見える毛色をした、野性味のあふれる中型犬が苦しそうに滝口を見上げている。


「なんだあのでかくて赤い鳥は? よくわからないけど強そうだな! それに比べて、あの犬はただの野良犬にしか見えないけど、本当にマジムン魔物なのか?」


「あの鳥は、アカショウビンのマジムンさー。あれが、でーじとても強い気配の持ち主だね。犬の方は、琉球犬のマジムンみたいだけど……なんか変だから、もう少し様子を見てみようねー」


 アカショウビンマジムンは燃えているように赤いので火の鳥マジムンとする。

 琉球犬は、古くから沖縄にいる在来の犬種と聞いたことはあるが、見るのは初めてだ。

 犬の方は火の鳥マジムンに向かって、ワンワンと何度も威嚇いかくをしているが、息が荒く苦しそうに見える。

 犬の威嚇が収まった瞬間、木にとまっていた火の鳥マジムンは、犬めがけて急降下して真っ赤な鋭いくちばしで突っ込んだが、犬は紙一重でかわしながら隣の岩場に移った。


「えっ!? 今、攻撃したよな? マジムン魔物同士で戦ったりするものなのか?」


「ありえない……私も初めて見たさー。普通マジムンは、正常なセジを汚してマブヤーを落とすことを目的に動くから、ヒンガーセジ汚れた霊力に侵されたマジムンを襲うことはないはずだけどね……」


 攻撃をかわされた火の鳥マジムンは、低空飛行で旋回しながらもう一度犬に向かい攻撃体勢に入っている。犬の方は、踏ん張りがきいていないのか弱弱しい立ち姿だ。

 火の鳥マジムンが再度、犬に向かって突っ込んでいく。今度は避けられなかったようで、くちばしの直撃はずれたが、大きな翼で打ち付けられると、滝つぼに落ちてしまった。


「今のは確実に攻撃してたよな……どうなってるんだ?」


「まあ、わからないけど、仲間割れだとしたらこちらとしてはありがたいさー。このまま戦わせて、弱ったところで一気に片付けようねー」


 不思議に思いながらも、ナビーの作戦に納得して、そのまま観察を続ける。


 滝つぼに落ちた犬は、強い水流に流されかけたが浅場に近づくと、そこから岩場に上がった。

 何回も攻撃を食らったのか、体には傷ができ足がカクカクと震えているが、まだ、戦意喪失はしていないようで、火の鳥マジムンに向かって再度吠え始める。


「ねえ、ナビー。あの犬、本当にマジムンなのか? あそこまで頑張っていると、応援したくなるんだけど……」


マジムン魔物の気配はするんだけど、強くなったり弱くなったりしてるから、不完全なマジムンだねー……もしかして、ヒンガーセジ汚れた霊力に侵されることにあらがっているのかも!?」


「そんなこと、できるのか?」


「出来ないことではないと思うけど……犬ができるとは思えないさー。強い精神力を保ち続けないといけないから、遅かれ早かれいつかは完全にマジムン化するはずよ」


 ナビーがマジムンの気配を感じたのは、午後1時頃だったはずだ。

 現在午後3時半なので2時間半たっている。

 この間ずっと、ヒンガーセジ汚れた霊力に侵されぬよう精神を強く持ちつつ、この世界に現れた中で一番強いマジムンと戦っていたことになる。並外れた精神力がないとできることではない。


「ナビー……やっぱり作戦変更していいか? 俺は、あの犬を早く苦しみから解放してやりたい」


「そうだねー。あの子は十分頑張ったから、助けてあげないといけないさー」


 火の鳥マジムンは、もう決着をつけようとしているのか、滝の近くにある太めの木の枝にとまり、羽を広げてキョロキョロ鳴くと、全身に炎をまとい飛びたった。


 ナビーが慌てて叫ぶ。


あいやーなー大変だ! とどめ刺そうとしているさー! 鳥の方は私が抑えるから、シバは早く犬にセジ霊力で攻撃してあげて!」


 そう言って飛び出したナビーは、滝つぼの方に駆けて行き、鳥ではなく犬の方に手をかざしている。

 火の鳥マジムンは、翼を折りたたんで滑空かっくうしながらすごい速さで犬に向かっていた。

 犬は迎え撃とうとしているのか、先程とは打って変わって力強い立ち姿で構えている。


「ヒンプンシールド!」


 犬を守るためのヒンプンシールド……だが、間に合わなかった。


「クソ!」


 火の鳥マジムンが通り過ぎたと同時に現れ、無駄になったヒンプンシールド。

 火の鳥マジムンが、そのままの速さで犬にぶつかっていき、もう駄目だと思った瞬間、犬がすごい迫力で咆哮ほうこうすると波動がおきて、火の鳥マジムンを炎ごと吹き飛ばし、無駄になったはずのヒンプンシールドに強く打ち付けられた。

 少しはダメージになっただろう。


「シバ、急げ! マジムン魔物化する!」


 咆哮ほうこうで力を使い切ったのか、ばったりと横向きに倒れている。そして、実物とマジムン状態がチカチカと交互に見え始めていた。

 完全にマジムン化する兆候ちょうこうなのかもしれない。


 急いで犬の方に向かい射程距離に入ると、テダコ太陽の子ボールを無我夢中で撃ち続けた。


テダコ太陽の子ボール! テダコボール! テダコボール……」


 犬のそばに来るまで4、5発は当たったが、まだ、ヒンガーセジ汚れた霊力が出てこない。

 とどめを刺そうとポケットに入れておいた石を握ってセジを込めた。


「よし、できた! イシ・ゲン……」


ティーダ太陽ボール!」


 石の拳で打ち付けようとした瞬間、横から大きな声と火の玉が飛んできて犬にとどめを刺した。


「は!?」


 犬から出たヒンガーセジ汚れた霊力黄金勾玉クガニガーラダマに吸収される。


「おい、ナビー! ここは、俺に任せるんじゃなかったのか?」


「やっぱり、とどめはゆずれないさー!」


 ナビーはヒンプンシールドで作った箱の上に、したり顔で立っている。

 火の鳥マジムンを閉じ込めているようだ。

 倒れていた犬は、起き上がってブルブルと水しぶきをとばし、しっぽを大きく振りながら近づいてきた。


「クゥーン、クゥーン……」


「おっ! 体は汚れてるけど、何とか大丈夫そうだな。傷ついて見えたのは、マジムンの体だったのか……って、ちょっと待って! ちょっと待って!」


 犬がすごい勢いで迫ってきたので、驚いて尻餅をついてしまった。

 犬はそのままの勢いで胸に飛び込んできて、顔全体をペロペロ舐め始めた。


「なんだこいつ!? 思いっきり甘えてくるんだけど」


「琉球犬は人懐っこいからな。シバを気に入ったんだね。って、それはさておき、今日はこれで帰ろうね!」


「何で!? 今、そこに閉じ込めてるんだよな? すぐ倒せないのか?」


「このまま戦っても、私のSPが切れて勝てないかもしれないからよー。このアカショウビン、強すぎて簡単に倒せんさー。いったん引いて、体勢を整えようねー」


「わざわざ、俺の獲物横取りするからSP減ったんだろ!」


 ヒンプンの箱をカタサン硬化で補強し、ナビーは急いで来た道を戻ろうとしている。


「ナビー、こいつはどうする?」


「んー……野生の犬みたいだからそのままでいいと思うけど、あまりいい気はしないねー。とりあえず、連れて帰ってかみちゃんに相談してみよう」



 帰りの道すがら、元気だと思っていた犬は安心したのか、ぐったりと寝込んでしまった。相当疲れていたのだろうからしょうがない。

 上運天かみうんてんさんの車に着くまで、俺が抱えて運んできた。


「かみちゃん、おまたせー!」


「お2人とも、お疲れ様です。しゅば引さん、その犬はどうなされたのですか?」


「こいつ、マジムン魔物だったんですけど、そのまま森に放置できなくて連れてきました。どうしたほうが良いですかね?」


 上運天かみうんてんさんは少し考え込むと、スマホを取り出し何処かに電話を掛けた。


「今、旦那にションプーと餌を買わすますた。とりあえずはわたくすの家でお預かりしますので、そのまま連れて帰りまそう」


「それなら良かった。お願いしますね!」


 犬の対処を決めると、ナビーが上運天さんに懇願こんがんした。


「ねえ、かみちゃん。まだ、倒せてないマジムンが滝の方にいるわけさー。今日、明日で倒せないから、数日は、滝に人が近づかないようにしてちょうだい」


「そうですか……古謝こじゃさんと相談して、何とかすてみもすよ!」


「何とかって出来るんですか? ここの管理者を納得させないとダメですよね?」


「まあ、強引気味になると思いますが、生態調査だとか安全性の確認だとか、理由をつければ大丈夫ですよ」


 県議会議員の権力やコネを使えば、たやすいことなのだろうか、とても頼もしく思う。これからも、マジムン退治をしていく中でお世話になっていくだろう。



 帰りの車中でもやはり、車内ラッパーの歌声がとどろいている。

 今までは、CDから流れている音楽をそのまま歌っていたが、途中から歌なしのBGMだけになって、ナビーと上運天かみうんてんさんは即興ラップを始めた。


『ヘイ! ナビー 今日の詳細 話して下さい』


『オッケー! かみちゃん 聞いてくれ! 長い道のり まるで年寄り 段々遅くなってくる けど 淡々とシバはついてくる』


『しょうがないですよナビーさん 午前中 無我中 に ヒンプン壊して疲労がたまってる それに 飯もパンパンお腹にたまってる』


『途中で気が付く 気配がばらつく マジムン複数 感じます 初戦はアカヒゲ待ち伏せる それを空中戦でひれ伏せる』


『アカヒゲ天然記念物 倒したならば疑念持つ 稀少な生態 倒した成敗 そのあと状態 教えてちょうだい』


『倒せばマジムン化解けていく そして問題なく森に消えていく その先進むと滝に到着 マジムン2匹 マジドン引き 琉球犬対アカショウビン ちょこまか飛んでマジ俊敏』


『またも稀少な生き物出てきたよ またも飛翔な生き物出てきたよ 犬だけ助けてきたのは正解 無理して戦い危険は失敗。イェイ!』


 ……。


「普通にしゃべれやー!」

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