第5話 ヒンプン壊し

 沖縄そば、ゴーヤーチャンプルー、そーめんチャンプルー等々、沖縄料理と呼ばれ全国的に有名な食べ物を、ナビーはあまり知らないという。

 せっかくこの世界に来たのだから、色々食べさせてあげようと思った。

 今日の晩ご飯は、ゴーヤーチャンプルーにすることにした。なぜなら、ゴーヤーが安売りしてたからだ。1袋3本入りを2袋も買ってしまった。


「ゴーヤーこんなに要らんかっただろ? 食べれんよ」


「大丈夫! 早めに中の種とワタを取れば冷蔵庫で長持ちするから」


 実は、俺は料理が人並みにできる。

 実家で引きこもっていた時、生活習慣が不規則だったので家族と食事をすることが減っていき、それが続くと、俺の分の食事は準備されなくなり自分で作るしかなくなった。

 冷蔵庫の残りでできる料理をほぼ毎日やっていたので、腕には結構自信があった。


 ……考えてみれば、両親は食材を残してくれていたので、俺のことを気にかけていたのだろうか?


 今の時代、家庭料理くらいインターネットで検索すればいろいろな知識を得ることができるので、ゴーヤーの保存の仕方も知っていた。


 食材を切っているとナビーが気にかけてきた。


「なんか手伝うことあるねー?」


「うーん、特にないかな」


「だったら先にゆーふるお風呂入ろうねー」


「そうだな、お風呂あがるころにはできてるだろうから、ゆっくり入ってきて」



 晩ご飯の支度がちょうどできた頃、花香はなかねーねーが仕事から帰ってきた。


「ただいまー」


「おかえりなさい。ご飯できたんで先に食べますか? それとも、お風呂入ります? そろそろ、ナビーあがると思うんで」


「それとも、あ・た・しはないのかしら?」


「いつの時代の掛け合いですか……しかも、男女逆ですよ」


「フフ、冗談よ! じゃあ、先にご飯食べようかな?」


 ちょうどナビーが風呂から上がってきた。

 いつもの着物ではなく、正面にサーターアンダギーがプリントされた、白のTシャツと短パンを着ている。なんやかんや、いつもの着物以外の服を見るのは初めてだった。


「ナビー、ご飯できたよ……ってなんだ、その服!? どこに売ってるんだよ?」


「かわいいだろー。花香ねーねーからもらったんだよ。他にもいろんな絵の服あるからシバも着たらいいさー!」


 花香ねーねーによると、観光お土産品として売り出すために友人が作ったものが売れ残り、大量に廃棄するというので安く買い取ってあげた、くわっちーごちそうTシャツだそうだ。

 Tシャツより驚いたことがある。

 最初は、丸いサーターアンダギーに目を奪われたが、サーターアンダギーの上部を裏から推している2つの丸に意識を持ってかれた。


 ……えっ!? こんなにでかかったっけ? 着物だから小さく見えていたのか? 顔と身長に見合った膨らみしかないと思っていたが、こんなギャップを隠し持っていたとは。


「な、ナビー! あんた着けてないでしょ!? 男の子と一緒なんだからちゃんとしなさい! 私の貸したでしょう」


「だって、ずっと締め付けられていたから、家ぐらいでは解放させて」


 俺はこの会話だけですべてを理解した。ナビーはでかいものを持っている。

 しかし、マジムンとの戦闘で動き回るときに邪魔になるので、さらしで巻いて固めているのだろう。

 私の貸したでしょうと言うことは、まさか、花香ねーねーと大差ないというのか!?

 動揺していると思われたくないので無表情になっていた。


「あの……その話、俺がいないとこでやってもらえないでしょうか?」


 2人で顔を見合ったあと花香ねーねーは苦笑いをし、気にしてない風のナビーがふざけたように言ってきた。


「あ、シバがあふぁー気まずいしてるさー。もしかして、ちむどんどん胸がドキドキしてるのか? いらースケベだねー」


「いらー? ってなに?」


 花香ねーねーが失笑気味になりながら答えた。


「スケベだねって言ったのよ。それはもういいから、冷めないうちに食べましょう」


「よくねーよ!」


 ナビーは部屋に行き、すぐ戻ってきた。着けてきたのだろう、先程より盛れている気がするが、気にしないようにすることにした。


 3人分のご飯をテーブルに配膳はいぜんし、みんなでいただきますをする。


「美味しいよシバ君! 他で食べるゴーヤーチャンプルーより何故か食べやすく感じるわ」


「苦いって聞いてたからどうかと思っていたけど、いやじゃない苦さだねー」


 ゴーヤーとニンジンを先に蒸し、ほかの具材を入れて炒めた後に卵でとじたので、ゴーヤーのシャキシャキ感はなく柔らかくて苦みが抑えられている。


「美味しいならよかったです。おかわりもありますからね!」


 どれくらい食べるかわからなかったので多めに作っていたが、2人ですべてたいらげていた。


「ご馳走様。シバ君、とてもおいしかったよ。これから晩ご飯が楽しみだわ」


「良かったです。実は、作った料理を家族以外の人に食べさせたことなかったので不安だったんですけど、ここまで食べてくれると思わなかったので、作りがいがありますよ」


 ナビーはお腹を膨らませて、満足げにソファーにもたれて浅く座り、だらけていた。


「げふっ……久しぶりに満腹に食べた。もう動けない……」


「ナビー! 食べてすぐ寝ちゃだめよ。シバ君はお風呂まだでしょ? 入ってきなさい。かたずけは私がするから」


 花香ねーねーが、かたずけをしようと髪を結びなおそうとするのを見て、ヘアバンドのことを思い出した。


「あっ、そういえば花香ねーねーにお土産買ったんですよ」


 髪を結ぶのをやめて俺が渡したヘアバンドを受け取った。


「あら、きれいなサンゴ染めね。早速、使ってみようかしら」


 長い黒髪をポニーテールにして前髪をヘアバンドで持ち上げるようにした。


「どう、似合う?」


「俺が選んだのに似合わないって言いませんよ」


 花香ねーねーは笑みを浮かべながら浅いため息を吐いた。


「シバ君、女の子にはシンプルに、似合いますだけ言っていればいいのよ!」


「へ? 女の子?」


 自然と口からこぼれてしまった。ヤバイと思い、口をふさいで知らんぷりをしようとしたがダメだった。

 花香ねーねーは拳を握り、第二関節あたりにハーハーと熱を込め、俺の頭頂部付近にシンリコーサーこするタイプのげんこつをかましてきた。


「地味に痛っ! 女の子が拳をハーハーなんてしませんよ。しかも、こするタイプのゲンコツってもう、おばぁじゃないですか」


「おばぁって……まあいいわ。ヘアバンドありがとうね! でも、あまり無駄遣いはしないでよ」


「気を付けます」


 お風呂に入り、ラフテー豚の角煮がプリントされたくわっちーごちそうTシャツに着替え、布団に入る。相当疲れていたのかすぐに深い眠りについた。



 次の日の朝。7時に掛けていたアラームで目が覚めたが、起き上がれない。


 ……これは筋肉痛か。全身が痛くて起きられる気がしないな。


 昨日、いきなり激しく体を動かしたからだろう、少し動いただけで体中に痛みが走った。


 ……引きこもりの運動不足をあなどっていた。

 

 布団の中でもだえていると、ナビーがあわただしく部屋に入ってきた。


「シバ! えーシバ! でーじ大変なってる!」


「なんだ!? もしかして、強いマジムン魔物の気配がしたのか?」


あらん違う! 私、中二病になっていたさー!」


「は? 何言っているの? ナビーはもともと中二病だろ」


あらん違う! ステータスの特殊能力に、中二病ができていたわけよー」


 ……えっ!? 俺のキーホルダーが欲しいために着いた嘘が本当だったってこと? というか、ナビーは中二病の特殊能力持ってなかったんかい。


「はっはっは! 昨日言っただろ。キーホルダーを買ったから、中二病判定されたんだよ」


「シバすごい! シバすごい! やった! やった!」


 ナビーは、俺が寝ているそばで喜びながら、体をバンバン叩いてくる。


アガ痛いーーーー、アガーーーー! やめてくれー!」


「何でよ? そんなに強く叩いてないのになー?」


「き、筋肉痛なんだよ。動かすだけで超痛いんだからな」


「1日でくたばるとは思わなかったさー。で、起きられるねー?」


「……無理っぽいです」


 ナビーが掛け布団を豪快にはがして敷布団を思いっきり引き上げたので、俺は転がって壁にぶつかった。

 ナビーは俺を肩に担ぎ、得意げな顔をして部屋を出た。


「私にまかちょーけー任せとけ! すぐに治すから!」


 何か、回復系の技を使ってくれるのを期待していたが、考えが甘かった。

 そのまま風呂場に連れていかれると、抵抗できないのをいいことに恥ずかしがる俺を無視して服を脱がされた。


「ギャーーーーー! やめてーーーーーー!」


 湯船に水をためると家にある氷をすべて入れ、その中に放り込まれた。


「たすけてーーーー! 死ぬーーーー!」


 湯船から無造作に放り出された次の瞬間、背中にシャワーでお湯を掛けられた。


「あぢぃーーーーーー!」


 熱湯風呂芸をするリアクション芸人が、急いで氷を求めるかのように湯船に自分でダイブした。


「おっ! もう大丈夫みたいだねー! 自分で動けてるさー」


「お前は馬鹿か! 殺す気か! あれ!? でも体が軽い……治ってる!」


「だったら、やーさいお腹すいたから早くご飯作ってちょうだい」



 朝ご飯は簡単に、目玉焼きとベーコンに昨晩の味噌汁を用意した。花香ねーねーは、もう仕事に出たようなので2人で食べた。


「シバは中二病の説明書き見たか? しにとてもすごいよ!」


「え? 説明書きってどうやってみるんだ?」


「ステータスの知りたい項目に、意識を集中したら出てくるよ」


 目を閉じてステータスの中二病に意識を集中すると、説明書きが現れた。



特殊能力【中二病】


取得条件:1.漫画、アニメ、ゲームなどを好きになる

     2.剣のキーホルダーを購入する


・想像力、妄想力が異常に優れており、技のイメージが再現しやすくなる

・病気なのに自分ではなく見ている側が痛い(目視されるだけでダメージを与えられる)


 イメージの再現は身をもって体験したので分かるが、目視されただけでダメージって中二病怖すぎだろ。


「もしかして、昨日倒したイサトゥーカマキリマジムンとハリガネマジムンにも知らないうちにダメージ与えていたってこと?」


「多分、そうなんだはずよ。これからは2人とも中二病だから、どっちが狙われても攻撃してることになるねー」


「中二病、怖すぎだろ!」



 朝ご飯を食べ、身支度を整えた。

 市街地から少し離れた、取り壊しが決まっている古民家の前に案内された。ナビーが頼んで花香ねーねーが探してくれた家らしい。


「今日は、マジムンの気配がないから防御の技を教えようねー」


「え? 攻撃力上げないとって話じゃなかったっけ?」


「攻撃も大事だけど、身を守るすべを持たないで戦っていくのは大変だからよ。大丈夫! これからやってもらうことで攻撃力も上がると思うよ」


「わかった。でも何でこんな古い家に来たんだ?」


 ナビーは家の門に入り、すぐそこにある壁を手で叩いて注目させた。


「今からシバには、ここにある大きなハンマーで、このヒンプンを壊してもらいまーす! で、そのあとヒンプンを作ってもらいまーす!」


 ヒンプンとは、沖縄の伝統的な家屋の門の内側に目隠しのように建てられている壁のことで、魔よけの役割があると言われているものだ。


「防御の技を教えるって言ってなかったっけ? 何で、土木工事みたいなことしなきゃいけないんだよ?」


「これをやることで、これから教える技の完成度が高くなるわけよ。はい! 早くしないと今日で終わらんよ!」


 この家はそこまで大きな家ではないので、ヒンプンは小さいほうだ。しかし、それでも高さ約160cm、横幅約250cm、厚み約25cmある石の塊なので、壊すのには骨が折れそうだ。


 とりあえず、やってみることにした。

 使ったことがない大きなハンマーを持ち、思いっきりヒンプンに打ち付けると、手に伝わる反動に耐えられずハンマーを放してしまったが、ちゃんとヒンプンの角が欠けていた。


「これなら何とかいけるかなぁ?」


「いけるかじゃない、いくんだよ! はい! ちゃーすぐりーたくさん殴れ! ちゃーすぐりー!」


 始めのころ応援していたナビーが、今は縁側えんがわに寝転がりスマホでアニメを見ている。

 何でこんなことしなきゃいけないんだと思いつつも、ひたすら打ち続けるとハンマーを使うコツが何となく身に付き始めた。

 力いっぱい握って振り回していたが、軽く握って軽く振り、インパクトの瞬間だけ力を入れる。

 そうすると、腕が疲れにくくなり手もさほど痛くないように感じた。

 何より破壊力が上がったのか、壊れるスピードが格段に速くなった。


 ……もしかして、ナビーがとどめで使う、あの殴る技の練習のためのハンマーだったのか? でも、防御の技って言ってたよな……そうか! ナビーのことだから、攻撃は最大の防御だ! って何かのアニメをみて覚えたのかもしれないな。


 すべて壊し終えるまで3時間かかっていた。

 その間、ナビーは8話分のアニメを見たと聞いたときは、ハンマーで殴りたくなった。

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