第6話 強敵の気配

 花香ねーねーからの連絡で、お昼に様子を見ながら弁当を買って来ると言われていたので待っていると、女性が運転している黒い乗用車がやってきた。

 同乗者が誰もいないのに、喋っているように見えたので無線通話でもしていたのだろうか、家の前に停車させた後、数分して降りてきた。

 花香ねーねーより年上に見える、黒髪で前髪パッツンのスーツを着た地味目の女性が、袋を両手に持って家の門に入ってきた。


「あい、かみちゃん久しぶりだねー! 弁当持ってきたの? ありがとうねー! そういえば、シバとは初めましてでしょ?」


「ナビーさん、あふぃさしぶりです。すば引さん、はずめまして。わたくし、古謝こじゃさんの秘書をやらすてもらってます、上運天かみうんてんと申します。あー、古謝さんは、急用で手が離せますんので、わたくしが代理できますた」


 活舌の悪さが気になったが、真面目そうな人だったので流すことにした。


「初めまして。わざわざ、弁当ありがとうございます」


「問題ないですよ! ちょうど手が空いてますたので。それより、あたたたたたかい内に弁当食べて下さい」


 ……奥義でも繰り出してるのか!


 あまりの活舌にツッコミ心がうずいたが、初対面のうえに年上なので、心のうちにとどめた。


 差し出された2つの袋の中には、ギュウギュウに白米、野菜、揚げ物が詰まった大盛の弁当3つと、沖縄の弁当屋定番の100円で買える沖縄そば3つが入っていた。


「わたくしも御一緒すてよろすいですか? 戻ってもやることないので」


「かみちゃんも一緒に食べるの? じゃあ、縁側えんがわで食べようねー」


 ヒンプンを壊して風通りがよくなった縁側で、3人並んで弁当を食べる。

 まだ、3月というのにポカポカ陽気で心地が良かったが、昨日の疲労と先程の重労働が合わさり、かなりのだるさで食欲がない。


「ヤバイ……疲れすぎて食べられない」


「はぁ? 何言ってる! 疲れたから食べるんだろ! 午後もあるからちゃんとかめー食べれ!」


「そうですよ、柴ふぃきさん。栄養を取らないと疲れは取れませんよ」


 人の名前、噛むのはいいが噛み方統一しろ! と心でツッコミ、会話を続ける。


「わ、わかりましたよ……無理してでも、ちゃんと食べますから」


 沖縄の弁当屋の弁当は、大体どの店でも安くて量が多く重い。しかも、おかずの割合を見ると、揚げ物などの茶系の色が目立つので胃にズシリとくる。

 食欲がわかない今の俺には、地獄のような昼食になった。



 時間はかかったが何とか完食した。

 休憩している時にナビーは寝ていたので、隣で座っている上運天かみうんてんさんにいろいろ聞いてみることにした。


「上運天さんは、俺たちがやっていることをわかっているのですか?」


「マズムンたいずのことですか? もつろん知ってます。時間がある時だけですが、ナビーさんをマズムン出現地まで車で送っていますたから」


「もしかして、マジムン魔物見えちゃったりします? 見えない人には理解できないでしょうから……」


「いいえ。わたくすは全く見えません。ですが、ナビーさんを送った場所で人が倒れていき、ナビーさんが見えない何かと戦った後、倒れた人を元に戻すたのをまづかで見ますたので、見えなくても存在すていると思ってますよ」


「見えないのに何かいるって怖くなかったんですか?」


「最初は怖いと感ずますたが、よくよく考えてみると、ナビーさんと知り合いになったので一番安全だと感じ、今は怖くないどすね」


「よく、こんな変な子を信用できますね。俺からしたらナビーといることが怖い時もあるぐらいですよ。今朝だって……」


 縁側でごろ寝していたナビーは、急に飛び上がって遠くの方を見た後、目を閉じて立ち尽くし、じっとしている。


「な、ナビー、急にどうしたんだ?」


「気配……遠くに強いマジムン魔物の気配がするさー!」


「マジかよ! で、場所はどこらへんなんだ?」


「ここからだと、ヤンバルの何処かとしか言えないさー。修行は中断して、すぐに向かおうねー」


 ヤンバルは人によって定義は違うが、沖縄本島の北部の山や森林地帯のことで、南部からだと最低でも1時間半はかかる。

 正直、今の状態でバイクに乗ってマジムン探しをする気力も体力もない。それに、マジムンを見つけたとしても戦いに参加できる気がしなかった。


「明日じゃ……ダメ?」


「んー……ヤンバルは人が少ないから大丈夫と思うけど、今感じる気配はこの世界で倒したマジムンの中で、一番強いかもしれんからよー。早めに確認したいわけさー」


 真剣で重苦しい表情のナビーを見て、今回は相当ヤバイ相手になることを悟った。

 疲れたの何のと言ってられないと思い、マジムン探しに行く覚悟を決めたとき、横で電話をしていた上運天かみうんてんさんが、まさかの手を差し伸べてくれた。


「あのー……今、古謝さんに確認すったところ、わたくしが付きそっても良いと、きょきゃもらいますたので、車で送りまそう」


「やったー! 花香ねーねーナイスだねー! じゃあ、かみちゃんゆたしくねーよろしくね!」


「花香ねーねー忙しいって言ってたのに、上運天さんは大丈夫なんですか?」


「問題ありますんよ。ずぶんの仕事は終わらせますたし、他にも秘書はおりますので」


「かみちゃんは優秀って花香ねーねーが言ってたさー。だから、いつも暇してるらしいから大丈夫よー」


「いつも暇って……古謝さんはそんなこと言ってたのですか? そんなわけないですよ! ただ、自分の仕事が多すぎて皮肉言ってるだけですよ」


 花香ねーねーが、わざわざナビーに皮肉を言うと思えないので、本当に優秀な人なのだろう。現に、こうして午前中に仕事を終わらせて来てくれている。

 元々、ナビーの運転手をたまにやっていたというので、とても心強いし安心して車で休憩できるだろう。


「とても助かります。ヤンバルまで長い運転になると思いますけど、よろしくお願いします」



「チェケラ、イェー、オウオウ」


 ヤンバルに向かう2時間弱。俺は、車の中で仮眠をとる気満々でいたが、一睡もできなかった。

 なぜなら、上運天さんが車内ラッパーだったのだ。っていうか車内ラッパーってなんだ?

 あれだけ会話で噛んでいた人が、なんでラップではこんなにも舌が回るのか? しかも、助手席のナビーは合いの手で「ヨウ、ヨウ、イェア、イェア」と一緒に楽しんでいる。これまで乗ってきた蓄積なのだろう。

 乗せてもらっている身分なので、やめてくださいとも言えずにいると、車窓から見える風景に建物がだいぶ少なくなっていた。


「かみちゃん! この辺りで車止めてちょうだい」


「オウ! ナビー! オーケー! ヨー!」


 山道を少し入ったところに、広めの駐車場があったのでそこで車を止めた。看板には比地大滝ひじおおたきと書いてある。

 敷地内地図を見ると、売店や食堂などもある管理棟の建物があり、入場料を払えば、きれいに整備されたキャンプ場と、滝に向かいながら自然観察ができる遊歩道を利用できるそうだ。


「ここ、比地大滝ひじおおたきって場所らしいけど、キャンプ場があるみたいだな。ナビー、ここから気配がするのか?」


 ナビーは、集中して気配を探り始めると、木々が生い茂る山を指さした。


「この方向に感じるさー。山の中だから、ここからは歩きだねー。かみちゃんは危ないから待っていてねー」


「わかりますた。わたくすが入場料をおすはらいすますので、頑張ってきてください」


「何から何まで、ありがとうございます!」



 木々が生い茂り小川が流れる森の中、歩きやすいように均された砂利道や階段、木で作られた遊歩道を、コースに沿ってとにかく進んでみることにした。

 車の中で疲労は取れなかったので最初はきついと思っていたが、亜熱帯を感じる森林の空気がおいしかったのと、遊歩道が思ったより歩きやすく整備されていたので意外と大丈夫だと感じた……のは前半だけだった。


「はぁ、はぁ……ちょっと、ナビー……歩くの早くないか? 思ってたより起伏きふくが激しくて、息が上がったんだけど……」


「えー! まだ、10分もたってないよ! 早くしないと日が暮れるさー。はい、りっかー行くよ!」


 構わず歩き続けるナビーに、必死で食らいつきながら、やっぱりスタミナをつけないとダメだと痛感した。

 全く呼吸が乱れている様子がないナビーは、多分、スタミナが半端じゃないのだろう。

 そんなのと一緒にこれからも活動するのだから、このままだと俺は役に立たなくなりそうだ。


 ほんの少しペースを落としてくれているようで、ついて行くのが楽になったが、ナビーの額には汗がにじみ出ていた。しかし、息は上がっていないので疲れてるわけではないように見える。


「ナビー、なんか変だけど大丈夫か?」


 おでこの汗を着物の袖で拭い、怪訝けげんそうな表情をして言った。


「1匹だけじゃないみたい……」

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