僕の幼なじみ
桜坂 透
第1話
男女の幼なじみ。そう言えば、大体の人は羨ましい、だとか、運が良い、という風に固定概念を押しつけてくる。実際は、そんなような仲じゃないことの方がほとんどだと思う。少なくとも僕――荒井瞬と、幼なじみである彼女――吉見鈴乃は世間が思い描いているような、思春期にお互いを気にし始め、恋人同士の関係に至る、というような関係ではなかった。
確かに、幼い頃は仲が良かった。中学では、ほとんど一緒に過ごしていた。周りからからかわれることがあっても、僕らはお互いに変に意識することはなかったし、お互いにまだ特定の人を好きになる、ということもなかった。
「ねえ、瞬。私、好きな人が出来た」
少し照れくさそうに僕へ言ってきたのは、高校に入って少し経ったある日のこと。
家の前にある公園に行こうと誘われ、二人でブランコに腰掛けていた。
「…………」
突然のことに驚いて返事に詰まっていると、鈴乃が話を続ける。
「その人はね、二年生で、バレー部なの。掃除の時間、よく顔を合わせるから、気になってたんだけど、向こうから話かけられて。なんだか、すごく嬉しかった」
「それは……良かったね」
「うん。それでね、私、部活はやらないつもりだったけど、チア部に入ろうかなって。チアガールの応援って元気もらえるでしょう?先輩、バレー部だから、体育館なのも一緒だし」
「チア、か。大変そうだけど、鈴乃ならきっと出来るよ」
「ありがとう」
僕は、なんだか寂しくなった。小さい頃から大切にしていたマグカップの持ち手が取れてしまったような、そんな寂しさ。僕はきっと、鈴乃のことが好きなんだろう。でもこれは、恋と言われるようなものじゃなくて、もっと違う種類の感情。
「ねえ、手、出して」
僕は鈴乃の手に、自分の手を重ね、いわゆる恋人つなぎの状態にしてみた。
「なに?急に」
「ドキドキする?」
「……しない」
「僕も。……もしかした僕は、鈴乃のことが特別に好きなのかなって思ったけど、そうじゃないんだな」
僕は手を離した。やっぱり、僕の鈴乃に対する感情は、恋ではない。
「なんかちょっと酷い」
鈴乃は可笑しそうにクスっと笑う。
「僕にも、いつか出来るのかな、特別に好きだと思う人が」
「わからないけど、出来るといいね」
「そう、だね」
僕にもわからないことが、鈴乃にわかるわけがない。当然のことだ。
「……不思議だよね。人間って。誰から教えてもらうわけでもないのに、これは恋だって、なんとなく、本能的にわかるの。私も、知らなかった。私は瞬のことも、お父さんのことも好きだけど、その好きは、それぞれ違うの。先輩に対しての好きも違う。何が違うのって言われても、言葉にはできない」
「うん。僕もそうだ」
感情には、同じ言葉で表されるものでも、種類がある。明確な境界線があるわけではないけれど、決して画一的にすることは出来ない。
だからこそ、意思疎通が難しいのだろう。きっと、言葉はいつまでも本質から少しだけずれていることしか、表現出来ないのだ。
「もう寒いから、帰ろうか」
「そうだね、ありがとう聞いてくれて」
そして、いつものように、お互いの家へと帰っていく。僕らの関係性に、何一つ変化はないまま――。
僕の幼なじみ 桜坂 透 @_sakurazaka
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