第2話 四~六

 その「事件」が起こったのは、そんな映画が終わった後のこと。

「ボブ、ちょっと私お手洗いに行ってくる」

そう言って自動運転の車を出るエリカ。その後ろ姿も、小走りに走って行く姿も何だかかわいらしい。そして、ちょっとおっちょこちょいなエリカ。おいおい、スマホを忘れてるぜ。


 《ブルブルブルブル》


そこでエリカのスマホに着信が入る。最初、俺はそれを全く気にするつもりはなかった。そう、彼女だからといってスマホまで見てしまうのはタブーだ。それはプライバシーの侵害。俺たちのアイデンティティ、個人主義に反する行為だ。

ただ、俺は最近エリカの動向が気になっていた。……何というか、男、いやアンドロイドの勘だ。

 そして……。

 俺はたまたまそれが見えてしまった。いや正確に言うと、俺の頭の中のシグナルにその電波が走った。こんな時、俺のようなアンドロイドという存在は不運だ。

「ウィリアム」

 それが着信の相手。……ウィリアムって、誰だよ!?


「ねえ、どうしたのボブ?」

映画終わりの帰り道、俺はエリカの話をうわの空で聞いていた。

「いや、何でもない」

「今日は疲れた?ごめんなさい。アンドロイドでも疲れるよね」

「ま、まあね……」

「そういや、エリカがいない時、スマホ鳴ってたよ」

「そ、そう……?」

そこでエリカは微妙な反応を見せる。……何だよその反応!?俺はその心を読めない。

一応、俺の頭の中の信号で着信の内容までは見ることはできなかったのだが…、こんな時俺はチキンだ。今すぐ「ウィリアムって誰だ?」と訊きたいがそれができない。まあエリカに限って浮気はないと思うが……、万が一、それが発覚したら俺はどうするだろう?そのウィリアムってヤツを撃ち殺すか?いやいやそれはいくらアンドロイドでも犯罪。ヘタをすれば俺たちはスクラップ扱いだ。

 ってか意外と臆病で良心的な俺にそんな芸当できるはずない。となれば口喧嘩でエリカを奪い返すか?でも俺の回線はそんな時怒りやら何やらでショートして、使い物にならなくなりそうだ。

「じゃあねボブ。今日はゆっくり休んでね」

「ありがとう、エリカ。また連絡するよ」

エリカを家まで送り届けた後、俺はマイホームへと自動運転のクルマを走らせる。そして、そこに着いた瞬間……。

『こんな時は酒だ!燃料だ!』

まずは最高級のワイン、大事な時用にとってあったロマネコンティを1杯。いきなりのロマネコンティは、やはり最高級で格別の味だ。しかし、どうも酔えない。アルコールが体を回らない。何か今日はやけ酒になりそうだが……、もう1杯。

 今度はスコッチウイスキーを1杯。さっきとは全く違う、スモーキーなフレーバーが口の中に広がる。しかし、やっぱり酔えない。これでは味を楽しんでいるだけで、酒とは言えない。つまり高級レストランの料理と変わらない。まあそれはそれでいいのかもしれないが、物足りなさが漂う。

 いや、物足りなさ?違う。そんなんじゃない。今俺の頭の中は、アルコールのことよりも、「ウィリアム」のことでいっぱいだ。ウィリアム、ウィリアム、ウィリアム……。誰だてめえ!エリカとどんな関係だ!?まだ顔も知らないそいつに、問い質したいことは山ほどある。

 そんな状態で、俺は美酒に酔えない。これならアルコール製剤を飲んでいるのと変わりない。まあ俺はアンドロイドなのでそれを飲んでも死なないだろう。……そんなことはどうでもいい。とにかく俺は、俺の心は……、ウィリアムに嫉妬している。

 そして俺は安いビールを浴びるように注ぎ込む。でもこんなんじゃ足りない。俺は今にもオーバーヒートしそうだ。


 そう言えば翌日以降から、エリカの態度がよそよそしい。

「エリカ、明日のアフター5は空いてる?」

「ごめんボブ、明日は仕事が忙しくて……」

それは本当に仕事なのか?ウィリアムと会うんじゃないのか?

そんな日が何日も続く。

……俺はウィリアムのことは訊けない。それは酒の力を借りても同じだろう。

これは、やっぱり俺がアンドロイドだからか?

 やっぱりエリカは、人間の男の方がいいのか?

 俺の頭は今アルコールではなく、余計な思考に支配されている。

『やっぱり、俺といると嫌いな所とかどんどん増えていくのか?』

『2人の間の壁は、やっぱり高いのか?』

無意味な思考。やきもきする思い。とにかく……、その「嫉妬」と言う名の魔物は俺の中に巣を作ったみたいだ。

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