ある男の日記

桜坂 透

第1話


 ○月×日


今日、一目惚れという言葉を僕は知った。いや、今までその言葉を知らなかった訳ではないのだから、知ったというよりは、認識した、といった方がいいかもしれない。彼女とは、街にある大きな駅の近くで出会った。出会った、といっても、単に僕が一方的に見とれていただけだが。彼女は、洒落た喫茶店というか、カフェというか、ともかく品の良さげな椅子に座って何かを飲んでいた。カップを持つ白く柔らかそうな手、薄紅色の口元、簾のように長い睫、そしてそれを魅せるかのごとく伏し目がちに落とされた瞼。

僕は彼女を一目見ただけで、一瞬で虜になってしまったのだ。



○月△日


 また今日も彼女を見ることが出来た。どうやら週に一度、彼女はあの場所にいるらしい。僕がどれだけ見つめても彼女は振り向いてはくれなかった。僕の方など見てはくれないとわかっていても、見とれずにはいられない。僕が初めて彼女を見たときもそうだったが、彼女に思わず見とれている人は他にもたくさんいた。仕方がないだろう、あれだけの美貌の持ち主ならば。ただ、僕は独占欲が強い自覚がある。出来ることなら、彼女を僕のものにして、誰にも見られることの無いようにしてしまいたい。



 □月◎日


 嬉しい知らせがあった。どうやら彼女がオークションに出されるらしい。幸い、僕には金がある。他のどこともしれない奴に彼女を取られるくらいなら、僕が彼女を大切に扱い、一生を添い遂げてみせよう。週に一度しかお目にかかれなかった作品が毎日好きな時に眺められるだなんてなんて幸せなことだろうか。明日は彼女があの美術館で展示される最後の日だ。気を引き締めて会いに行かなければ。

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ある男の日記 桜坂 透 @_sakurazaka

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