【6章 助走】『勝手にしろ』

「君は、どうして外に出たんだ? もう治療はうんざりか?」

 ドロシーの父親は言う。

「……」

「そんな顔をするなよ。怒ってるんじゃない。君には、それ相応のワガママを言う権利があるからね。どうだった、この塔の外は?」

「……寒かったよ」

「それだけ?」

「そこで囚人に出会った。そいつは逃亡を繰りかえして、そのたびに捕まっているんだよ」

 トトのことを、どの程度話すべきか。本来なら、当然NGだろう。

 自分の娘を誘拐した男の話なんか、胸糞悪いに違いない。

 ただ、こいつは何か違う。

 そういう正常な感覚からはかけはなれている。まるで自分の死さえも客観視できるような、徹底した傍観をする男に見える。

 変に包み隠さず、詳しい事情を話した方がうまくいくかもしれない。

「……話は簡単だ。そいつの治療順を、変えて欲しい。なるべく上にもってきてくれ」

 そうだ。これが、おれのできること。

 トトの治療順を早め、一日も早く釈放すること。

 そのためだったら、泥水だって飲んでやる気持ちだ。

「治療を明日にしてくれ。いいだろう? マムは聞く耳を持ってくれないんだ」

 帰ってまず、マムに治療の順番のことを相談したんだ。

 でも、答えはNO。

 てっとりばやく、「ねぇ、わかって? 『お願い』」なんて言いやがって。

 おれはマムに逆らうことができなかった。

 塔から出て自分が少しでも成長できたと過信したことが、恥ずかしい。

 だから、こいつを頼らざるを得ない。パパにお小遣いをねだる気分さ。

「誰から治療したって、同じだ。そうだろ?」

「……君が言っている男ってのは、うちの一番下の娘を誘拐した犯人だね?」

 ニヤニヤしてんじゃねぇ。こっちは、真剣に話してるんだ。

「……知ってんのか?」

「はは。知ってるよ。もう許してる。よくあることだしね。きちんと出所すれば、娘と結婚でも好きにしてくれていい。その青年にも、治療を受ける権利があるもんねぇ」

「それじゃあ順番を変えてくれるのか?」

「ただね」

 まずいな。明らかに空気が変わった。

「だからといって特別扱いする気もないよ。いい方にも悪い方にも。君の意見を尊重したい気持ちはあるが、贔屓できない。どの囚人にも、等しく治療を待ってもらうつもりだよ」

 至極まっとうだが、おれは約束したんだ。

 トト。お前が命をかけてまで果たそうとしたことを、おれが引き受けたんだ。

「頼むよ。これだけきいてくれたら、あとはなんだってきくよ」

「ダメだよーん」

 この野郎、おちょくるのも大概にしやがれ。

「おれに同情してくれるって言ったじゃねぇか」

「言ったねぇ。だからPちゃんを救ってあげたでしょ。その上さらに頼もうってのは、ちょっと図々しいんじゃない?」

 物珍しそうに治療用の椅子を眺め、おれの話なんてまともに聞いちゃいないんだ。

 おれは立ち上がった。

「あんたの行動は、わけがわからないんだ! どうして、ダストシュートでおれを見逃した? おれが塔の外に出るのを、阻止すりゃよかったじゃないか!」

 やつは口をとがらせ、拗ねたような表情を見せた。

「助けてあげたのに、怒鳴りつけられるなんて心外だな」

「いいから答えてくれ。おれの味方なのか? それとも、おちょくってるだけなのか?」

「味方っちゃあ味方だけど……そうはっきりと関係は決められないよ。おかしいなぁ。科学者たちに、柔軟性のあるユーモアたっぷりの子に育ててくれって頼んだのに」

 はは、少し前までそうだったよ。この世界の外を、知るまでは。

「私はね、君に対して責任を感じると同時に、これから君が何をするのかにすごく興味がある。世界でも有数の高性能な人間そっくりのアンドロイドとして、。誰もが興味を持つさ。世界中の人間が。私は君のことを見ていると、映画を見ているような気持ちになるんだ」

「ずいぶんお気楽なこと言ってくれるじゃねぇか」

「まぁまぁ、聞いてくれ。君を島の外に出そうとは思わなかったが、塔の外くらいはいいかなと思ってね。君がこの環境から脱出したとき、一体どういう風に行動するのか?」

「おれがいなくなったら、治療はどうするつもりだったんだ?」

「幸いにも、君以外にやってくれる人間がいるみたいだからね。誰もやりたがらないと思ったから君を作ったのに……うちの娘まで、やりたがったし。人間ってのは、意外とわからないもんだね」

「世界中探したらきっとまだまだいるぜ。治療をやってみたいってやつ。好奇心程度でな」

 男は乾いた笑いを浮かべた。そして、こう言うんだ。

「ただね、君を作ったのは、治療のためだけじゃない」

 おれは治療のためだけに作られた。

 ずっと、そう信じていた。

 でもこいつは違うと言う。頭が熱くなって沸騰しそうだった。

「君の行動……人生自体が、国にとっての実験なんだよ。大きな運命に直面したとき、アンドロイドである君がどういう行動をとるか? アンドロイドとしていかに人間らしい行動をとれるか? 君はその実験体の1人だ」

「……?」

「そう。。姿かたちは違うが、同じ目的でつくられた。私たちの国の科学力を世界に知らしめるための実験体さ」

 男は続ける。自分の語りに酔っているんだ。

「残念ながらも、大人も子どもとそう変わらないんだよ。世界中で競っているんだ。あらゆる方法を以って、我が国は優れているんだと証明し合っている。今回の場合は、アンドロイドを、

「はは……」

 言葉も出ねぇよ。とことん、おれは他人のために生まれたんだってわからされる。

「中には無人島で放置された君もいるし、逆に文句がなさ過ぎて不安になるくらい、幸せな生活を送っている君もいる。どれもこれも、人間らしく振舞われているか、監視されているんだ。そのまま録画したら、ドラマにできちゃうくらいの出来さ」

 おれはモルモットだ。人間の都合で電気を浴びせられたり、尻尾をちょん切られたりする、モルモットと同じ。

 人間そっくりのモルモット。羊飼いですらない。

「ははははは!」 

 おれは腹を抱え、喉の奥の詰まりを吐きだすように笑った。

 こんなにユカイツーカイな気持ちは初めてだよ。ホントにさ。

「……びっくりした?」

 はは。うん。したよ。

「あぁ、びっくりした。でも、

 おれが驚いたのは、そんなどうでもいいことを、大の大人がさも重要そうに言うからだよ。

 今さら、そんな風に言われたからってどうしたらいい?

 おれは、お国サマ同士のせいくらべのための実験体らしい。それはたまんなく虚しく、どうしようもない気持ちになる。

 だから、どうした?

 どういう理由で生まれたかなんて、どうでもいい。

 おれはそんなことに囚われている場合じゃないんだよ。今のおれは、前しか見えてない。今から何をするかしか考えてない。

 今、すごくバカなんだ。

 ジジイは、すんげぇ愉快そうに笑って机を激しく叩いた。

 はは、おれが言ったことがそんなにお気に召したか?

「そうかい! どうでもいいか! それは、初めてだよ! 今こうして話したみたいに、他のアンドロイドたちにも伝えて回ったんだ。君は作りものだと。。そして、存在自体が私たちの私欲のためだと」

「どうしてそんなこと伝えちまうんだ。放っておいてやりゃいいのに」

「次の実験に向かうために、必要なんだよ」

「はは。大人ってのは、たまんなく勝手だよな」

 副総統サマは、わざとらしく顎に手を当てて呟く。

「これを知らされたが、今までどういう選択をしたかわかるかい?」

「さぁ。生憎、。他人のことはわかんねぇよ」

「死んだよ。自ら命を絶って。耐えられなかったんだ。自分の人生がモルモットだったことがね。全てがかすんで、無意味に感じられたんじゃないかな。弱かったんだ。どうしようもなく」

「君って呼ぶのはやめてくれ。そいつはおれじゃねぇ!」

「悪い。失礼。君……いや、メリーくん。我々はね、次のステージに移りたかった。自分の存在を否定されてもなお、生きるアンドロイドを捜していた。人間らしいだけでなく、人間よりたくましく生きるアンドロイドを。そして今、見つけたんだ。犠牲をもってして。君はヒーローだ。どうだい、1つ提案だ」

「なんだよ。ごちゃごちゃと」

「君をメディアに売り込むんだ。治療用のアンドロイドだと、世間に公表する。君は憎まれ役から、悲劇のヒーローになるんだ!」

「そうすっとよ、お国サマが今度はますます悪役になっちまうんじゃねぇの」

「なるかもね。でも、治療の存在は肯定される。なにせ、ヒーローを生んだきっかけになるんだから。世界は舌を巻くだろう。我々は爪はじき者から、トップへと駆け上がるんだ!」

「勝手にしろ。好きにいくらでも利用するがいいさ。ただしおれはなにも協力しねえぞ」

 おれは吐き捨てるように言った。この国がどうなろうと、知ったこっちゃない。

「はは、君はすごい! お礼に、君の願いを聞き入れようじゃないか」

「……本当か!」

「間接的に、だけどね。メリーくんは、マザーコンピュータというのを知ってるかい?」

「さぁ。わかんねぇな」

「全てを統括するコンピュータだ。フロアの一番奥に、日ごろ使われてない部屋があるだろう?」

 開かずの間、か。キャンディとそんな話をしたのは、いつだっけな。

「ここの施設には多くのパソコンがあるが、どのコンピュータが治療用ものかは私も知らない。しかしマザーコンピュータなら、必ず治療の順番を変えることができるはずだよ」

 そう言って、副総統サマはポケットから何かを落とした。

 鍵だ。やつは、わざとらしく笑ってみせた。

「くふふ、うっかりマスターキーを落としてしまった。誰か、親切な人に拾われるといいんだけどね。悪だくみをしているやつに拾われでもしたら……」

「治療の順番を変えられちまうかもしれねぇって?」

「どうかね。さ、私はそろそろ行こうかね。女の子と約束があるんだ」

「またキャンディか?」

「……さぁね」

 副総統サマは背を向けた。で、カッコつけて言うんだよ。

「私は君の行方が知りたい。国のどうこう関係なくね。どこにいくのか」

 おれはどこにいくのか?

 そんなのしらねぇよ。

「あ、そうだ。『時計じかけのオレンジ』。読んだ?」

「読んだよ。ウチの国のお偉いさんが、現実と虚構の区別もつかねぇんだって再確認してゾッとしたぜ」

「……はは、貴重なご意見ありがとう」

 そう言って、副総統は去っていった。

 こいつの言うことを信用していいのか、わからない。きっとおれに善意も悪意も持ってない。

 ただ、面白がってるだけなんだよ。

 国を動かすためにおれを作った。こいつにとってはおれのことも、国を動かすのもゲームだ。

 こいつを、利用してやりゃあいい。こんなところで、ウジウジしてるわけにゃいけない。

 血が沸々と、湯だってきちまってるんだ。

 マム、よく言ったもんだぜ。

 かわいい子には旅をさせよ、なんつってな。

 どっかの御先祖サマが残した言葉も、悪くねぇ。

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