【5章 こってり粉落とし紅ショウガ鬼マシマシチャーシュー抜き】『バカしかいない世界』

 そこら一面ゴミの山だ。

 量はさっきのダストシュートの比じゃない。10メートル以上の山が、幾つも幾つも点在する。

 ここは、塔から数キロ離れたリサイクル用のゴミ収集場。キャンディが言ってた場所だ。

 さっきのダストシュートの底は生ごみの臭いがしたが、ここはむしろ油の工業的なにおいがする。ゴミの大半は、家電や電子機器や車などの工業製品。

 そこに雪が積もっている。月の光を吸って鈍く輝く。

 はは、なかなかにロマンチックなんだよ。

 おれの体はすっかり冷え切っていた。

 クソ寒い。吐く息がそのまま粉雪になっちまいそうだ。それにひきかえ、Pは一切こたえていないみてぇだ。そらそうか。

《ダイジョブカイ?》

「はは、お前は無敵でいいね」

 生きていることなんか、全然いいもんじゃない。生きていくのは、つらい。

 初めて思った。生き物らしい感想。

 おれはあの塔の中で、まともな生き物じゃなかったんだろうな。

 ゴミの中から防寒着を探す。幸いにも、幾つか洋服の入ったゴミ袋を見つけた。ただ、どれもぼろくて、薄手のものばかりだ。

 そん中で唯一温かそうな服があった。

 ……トナカイの着ぐるみだ。

 顔出し式だが、体は相当に温かい。ただ、ずいぶんと汗臭い。

 とりあえず凍え死ぬよりはマシだ。Pはその隣にあった、サンタの衣装を手に取った。

 その衣装はコスプレ用の、ミニスカートで肌の露出の多いセクシーなものだった。

 本人は痛く気に入ったらしく、嬉しそうに(多分、な)ジャージからそれに着がえた。

「いいのかよ。ウエディングドレスじゃねーぞ」

《えろイ方ガ ソソンダロ》

 ……はは。冗談。

 さて。ヘリに乗れなくなった今、ここから島の外に出るためには、当初の予定通り定期船に乗る必要がある。港がどこかもわからない。

 とんだクリスマスだぜ。

 ヘルプミー、モノホンのサンタさん。


 どうして、おれらがこんなところにいるのか。

 塔の外に出た直後のことだ。

 ダストシュートのすぐ外に、リサイクル業者の大型トラックが乗り付け、ゴミを収集し始めた。金網を破って外に出ても、おれらの足じゃたいした距離は進めない。

 おれたちは、地を這う虫でしかない。

 そこで、ゴミ収集のトラックの荷台に忍び込んだ。トラックは一時間近く走り、ここにたどり着いた。トラックの荷台は傾き、おれたちすべり台式にここに投げ出された。

 ここで途方に暮れていても仕方がない。

 ただ、船が来るまではまだ2日ある。ここで身をひそめているのは賢いかもしれないな……。

 ――ウー、ウー、ウー!

 得体のしれない、耳をつくサイレン。

 この世界は、おれにゆっくり考え事もさせてもくれない。

 上空にヘリコプターが飛んでいる。ただ、ドロシーが乗っていたものではない。

 空からだけではなく、ここいらに車が何台も乗り付けてくる音がする。

 マムたちが捜索隊を出したのか?

 ようやく脱出したのに、2時間足らずで捕まっちまうのか?

 だが車の音は遠ざかっていった。おれらには目もくれなかったんだ。

《……アレ 見テミソ?》

 Pは得意気にサンタの衣装のスカートを翻し、はるか先にあるゴミ山の頂を指差した。

「……あいつ!」

 ゴミの山を、軽快に跳び移るヤツがいやがるんだ。

 ボーダーの囚人服に、ツンツンに立てた短髪。

 ヘリや車に追いかけられているのは、どうやらあいつらしい。

 逃げながらも、楽しんでるみたいに見えるんだ。

 髪が乱れるのが嫌なようで、とんでもない速度で走りながらも、手櫛で髪を整えてやがる。

 男は、緊張感のない様子で空を見上げた。

「おへー、今度はヘリまで!」

 あいつは、おれが独房に入っているときに見たやつだ。

 あのときも、何人もの看守に追われ、軽やかに逃走劇を繰り広げていたんだ。

「看守どもは、あいつに気を取られてるんだな。今のうちに、ここを離れよう」

《デモ……》

「なんだよ?」

《コッチ 来テンジャネ?》

 男はゴミの山を飛び越え、おれらが身を隠している山に向かってきたんだ。

 それも、看守を乗せたヘリと車を連れて。

「くそ、こっちくんな!」

 男はおれの姿を認めると、嬉しそうに手を振った。もちろん面識はない。

 どういうつもりだよ。

 どんどんこっちに向かってくる。

 ふざけんな!

「君らは?」

 男はおれらの山のてっぺんに立ち、下を覗き込んだ。

《陽気ナ さんたダヨ》

「あらま、かわいいお嬢ちゃん。君は? トナカイくん?」

「いいからどっか行け!」

 おれが声を振り絞ると、男は高らかに言った。

「ははは、今はエマージェンシーだな。後であの場所で落ち合おう! 愛の集う場所さ!」

「……は?」

「ぼくは、トト。女の子からは、恋のウィリアム・テル……」

「いいから行け!」

「はは、そいじゃ、ばいなら」

 男・トトは踵をかえした。

 パレードでもするみたいに、騒ぎを丸ごと連れ去って行ったんだ。

 ……あ、寒い。寒。

 寒いの忘れてたぜ。

《アノ場所ッテ……?》

「……さぁな」

 はは、わけわかんねぇやつ。

 いかん、調子が出ない。振りまわされてばかりだ。

 ちょっと一回仕切り直させてくれ。


 ハロー、ハロー、ハロー。おれは羊飼いのメリー。めぇ。

 あんなバカを見てたら、シリアスな空気は台無しになっちまった。

 緊張の糸は緩みきったんだよ。

《サッキノ あほト 合流 スルベキ》

「しねぇよ。場所もわかんねぇし。ここで船が着くのを待つんだ。人気がねぇし、よっぽどのことがなければ見つかるこたぁねぇだろ」

 ――ガラガラ。

 ゴミ山の中腹が崩れてくる。

 アイロンが坂を転げ落ちる。おれは特に気にも留めなかったが、Pはそっちを凝視している。

 その視線の先に何があるか確認するのもうんざりだ。

「ふぁ~……」

 どっかからすっとぼけたあくびが聞こえる。

 おれじゃない。Pがあくびをするはずもない。

 それじゃ……?

「ハッ……。え、朝?」

 ゴミの山の中に、女の顔が覗いている。

 その生首が喋ったんだ!

「おぉぉぉお!? な、生首……」

「叫ぶな。バカ。誰が生首だ、麗しき乙女に。このバカが」

《ソイツ 埋マッテンジャネ?》

 埋まってる?

 そ、そうだよな。

「おい、バカ。11592号はどうした?」

 その女は東洋人で、エキゾチックな切れ長の目をしている。三十歳くらいだろうか。

 長い前髪の間から不機嫌そうで眠たげな目を覗かせ、半眼でおれの方を見る。

 こいつ、ゴミの中で寝てたのかよ。

「……何号だって?」

《11592号 ダトサ》

「脱獄者だ。おい、バカ。早く答えろ。あたしが寝起きに機嫌が悪いのは知ってるだろ?」

「知らねぇよ!」

 どうやら、こいつも看守の一人らしい。が、どうやらまともじゃない。

「いいから、答えろ。バカ」

「どんだけバカバカ言うんだよ!」

「あんたらがバカそうだからだ。何の悩みもなさそうな顔してるよ」

《ソコソコ アルワ!》

「お前はなさそうだけどな……。さっきのやつなら、あっちに行ったよ」

 おれはトトが行った方向を指さした。

 別にかばってやる義理もない。本当のことを伝えた。

「そうか、街の方か……。一番面倒な場所だが……」

 女は何やら悔やんでいるようだ。

「油断してた。あのキザ野郎……今回もしとめられると思ったのに……」

「……のに?」

「うっかり寝ちゃった……」

 女は哀しげに呟いた。

 ……なんでおれは、こんなやつにバカだって言われたんだろう?

「ところで、あんたらは誰だ?」

 女はおれたちに訊いた。

 バカのくせに、きちんと追いこんできやがる。

 おれらが逃亡したことが塔にどの程度知れ渡っているかわからないが、バレたら連れ戻されるのは目に見えている。

《我々モ アノ男ヲ 追ッテイル》

 Pはしれっと言いやがった。

 ある意味、究極のポーカーフェイスだ。

 だが、今現在できる誤魔化しとしては最良だろう。おれもそれに乗っかることにする。

「おれたちも、お前の仲間だ。今から、あの男を追うところなんだ」

「ふぅん……。じゃあ」

 女は手を差し出し、高圧的に言う。

「引っ張ってくれ」

「出れないのか?」

「出れそうに見えるか?」

 ……どうしてそう、偉そうに言えるのかね。

 こいつが動けないなら好都合だ。ここから逃げおおせせればいい。

「そいじゃ!」

 駆け出だそうとした瞬間、Pがおれの手を握った。

 寒さでかじかんだ手をひっぱられた衝撃で、顔をしかめる。

《同行スル》

 Pは女に言った。おれはPに耳打ちをする。

「おい。何考えてるんだよ。早く逃げた方が」

《逃ゲタラ 怪シマレル》

「あいつは出れないんだ。追って来れないさ」

《……アレ》

 Pはそう言って、ゴミの山を指さした。

 女が顔を出している傍の電子レンジの脇から、銃口が覗いていた。

 スナイパー・ライフルだ。ゲームで何回か見たことがあるくらいだけど、間違いない。

 看守たちは皆、なにかしらの麻酔銃を携帯しているが、この手のタイプは珍しい。

 おれたちが逃げ出したら最後、隙だらけの背中を狙撃されていたってことだ。

《サ 手ヲ》

 Pはうずもれた女へと手を伸ばすんだ。

「優しく引っっぱってくれよ。女の子はデリケートなんだ」

 女はまたもや偉そうに言い、Pの手を取った。

 まったく、外出てからバカにしか会ってねぇぞ?

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