【4章 EMOTION(S)】『生きてる。さみぃ。生きてるわ。』
おれらは屋上に向かった。激しく雪が降っている。
耳をつんざくプロペラの音。ヘリのスポットライトがおれを照らす。
おれが悲劇のヒーローだって言わんばかりなんだ。
もっとうるさいほうがいい。余計なことを考えなくてすむように。
頭のもやもやを吹っとばしてくれ。
ドロシーを乗せたヘリが空中で止まった。ドアが開き、ドロシーが顔を出す。
「メリークリスマス!」
満面の笑みを浮かべ、花束を抱えている。色とりどりの花が花弁を散らし、雪に混ざって舞い落ちてくる。
おれの旅立ちを祝福するみたいに。
ヘリは、ゆっくりホバリングしながら着陸した。
「メリー! ずっと会いたかった!」
ドロシーが駆け寄ってくる。
ドロシーは、ちんちくりんな体に不似合いのウエディング・ドレスを着ていたんだ。
おれはドロシーを抱きとめる。
「ナイスタイミングだよ、ドロシー!」
「だって言ったじゃん! クリスマスまでに結婚しようって!」
嬉しそうにおれの腕にしがみつくドロシー。
「ドロシー! それより、早く飛ばしてくれ」
「え、え? 今来たばっかりなのに」
「この島から出たいんだ! 乗せてってくれ!」
「え、え、え~? 今?」
「頼む、早く! 今じゃないと、ダメだ!」
「……いいよ! 乗って!」
ドロシーはおれに頼みごとをされたのが嬉しいらしく、意気揚々とヘリへと引きかえし、おれを手招きする。
「ただし……これに、サインしたらね?」
ドロシーの手に握られていたのは――。
婚姻届だったんだ。
「ホントは手続きは後にして、屋上にチャペルでも作って式やろうと思ってたんだけど」
「結婚なんかできねぇよ。おれ、ここを離れたら一文無しなんだ。仕事もない」
「そんなんどーでもいい! あたしが一生養ってあげるんだから♪」
おれは迷ったがサインをした。
時間がない。もちろん、ジロジロ内容を確かめる余裕なんかなかった。
ドロシーに手を引かれ、ヘリに乗り込んだ。
「それじゃ、しゅっぱーつ……」
「待ってくれ!」
ドロシーはおれを睨む。内心ではこっちが何を言いたいかわかっているんだ。
「……あいつも、Pも乗せてやってくれ」
ドロシーもきっと、Pの存在には気づいていただろう。
それをあえて無視して盛り上がってたんだ。
おれも、どのタイミングで話せばいいのか、わからなかった。
Pの話をした途端、ドロシーは露骨に表情を曇らせるんだ。
「……ダメだよ。これからずっと、そいつが付きまとってくるんでしょ? うんざり!」
「こっから出るだけだ。出た後は……」
Pを放り出すのか?
何もわからない、Pを?
できるわけない。
Pは何も言わなかった。おれの指示だ。
『動いたり喋ったりするな』
ドロシーの逆鱗に触れないために、穏便にことを運ぶほかなかったんだ。
「いやよ、そんなロボットと一緒なんて!」
「ワガママ言わないでくれ!」
「ワガママなんかじゃない! メリーと二人っきりでいられないなら、全部、なにもかも、いらない!」
どうして、みんなおれの言うことを聞いてくれないんだ?
それはおれが……。
「もう飛ばして!」
ドロシーが叫ぶと、操縦士は無言のままヘリを浮上させた。
激しくプロペラが回る。
おれとPを激しく引き裂く。
「おろしてくれ!」
「ダメだよ、もう諦めなよ! いいじゃん、どうして2人じゃダメなの? あたしとメリーは、もう同族なんだよ! メリーはあたしのケンゾクなんだから!」
「ヴァンパイアごっこなんかもうやめてくれ!」
どうして、おれがこうもPの肩を持つのか。
――それは、きっと。
おれは叫ぶ。
「おれだって、Pと同じなんだ!」
「……どういうこと、メリー!?」
「おれもPと同じなんだ。科学者に作られた、作りもんだ! お前の大嫌いなロボットと同じなんだよ! ……頼む! おろしてくれ!」
「もうあんなやつ忘れようよ! ねぇって! メリーがなんだって、あたしは構わないから!」
おれは無意識に「人間対ロボット」の構図を頭に描いていたんだ。おれは人間に囲まれてずっと孤独だったんだ。
仲間が欲しかったんだ。
こんな息苦しい世界で、共に生きていく機械を。
ドロシーは、おれの目をじいっと覗きこんだ。
脳まで視線が届きそうだった。
おれはヘリから体を乗り出した。もう10メートルは上昇している。
P。お前を独りには出来ない。
今すぐ飛び降りなくちゃいけないんだ。
このまま本土に行けば、二度とここに戻れないかもしれないんだ。
でも、飛び落りたら死ぬだろう。
ミンチにもなれず、死ぬ。
雪がおれの血を、体を、洗い流してくれるだろうか?
Pはヘリを見上げている。おれの息はどんどん短くなる。
脳味噌がひび割れた声で「落ちたら死ぬぞ」と訴え続ける。
あいつを見捨てるのか?
そんなこと、できるわけない。
おれは身を乗り出す。
……跳べるのか?
おれは、誰かのために跳べるのか?
「メリー! やめなよ!」
Pは昨日、おれに言った。
おれのここは温かいと。
あいつなら、おれをみじめなアンドロイドとして――作りものとして扱わない。
人間と同じように、おれとして扱ってくれるんだ。おれも、PをPとして扱ってやりたい。
自分が人間かもしれないって恐れていた。
でも、今は違う。
「おれは、人間らしくなりたいんだ!」
――おれは、跳んだ。
生きることより、大切なことのため。
おれがおれであるために、跳んだんだ。
体が軽い。羽根が生えたみたいだ。体中のどす黒い血が、首のあたりに集まってくるんだ。
頭が、こめかみが、耳の下が、燃えるように熱いんだ!
落ちていく。ヘリの音がうるさすぎて、何も聞こえない。地面がおれへと迫ってくる。とべてる気がしたけど、きのせいだ。おれはおちている。
おちて、おちて、おちて――。
《ヨッコイセ》
……一瞬、何が起きたかわからなかった。
誰かの腕に抱かれている。背中に痛みが走ったが、それは軽い衝撃でしかなかった。
《気分ハ ドウダイ オ姫サマ?》
Pは言った。初めて出会ったとき、おれが言ってみせたように。
「気分ね……」
Pはおれを抱え、お姫様だっこしている。おれは、Pに受け止められたんだ。
はは、生きてる。さみぃ。
生きてるわ。あー、こわかった。
気分、か。
まぁ、悪くはねぇな。
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