【2章 早ク 人間ニ ナリターイ♪】『なかま』
マムの部屋で落ち合うことになった。
部屋には、なんとボウリングのレーンがあるんだ。激しいボウリング・フリークなんだよ。
マイグローブマイボール、どれにもおれの顔がプリントされてるんだから、気味が悪い。
ボールなんて、おれの頭そのもの。何が面白ぇのか、にっこりと能天気に微笑んだおれ。実はマムってば、おれにすっげぇ悪意があるんじゃねぇかって、ときどきそう思っちまう。
――がらんがらん。
マムが放ったボールは勢いよくピンを弾くんだ。小気味いい音が響く。
ストライク。
マシンのアームが、倒れたピンを内側に引き込み、かわりに新しくピンを十本並べる。
用がすんだら、新しいものを用意すればいい。そういうことかね。
「なぁーに、メリーちゃん? Pのことで相談って?」
おれの隣にマムが座る。汗と甘いイランイランの混ざったたまんねぇ香りがするんだ。
モニターのスコアを見た。パーフェクト寸前まで来ていた。
あと二回ストライクを取れば、フル・スコアだ。相変わらず、お上手。
「あれ、Pは? インプリンティングされたはずなのに……よく置いてこれたわねぇ」
「イン……? なんなんだよ、それ」
マムはおれの手を取って、両手で包みこむんだ。じっとり汗ばんで、温かい。
「インプリンティング。刷り込みよ。最初に目があった人間を、
あの包みは不用意に開けちゃいけなかったんだ。好奇心はアンドロイドをも殺す。
「……おれは、あいつになつかれちまったってことか。最悪だよ」
「そうね。愛情とかじゃなくって、もっと原始的な本能みたいなものだけれど。……ところで、今日はどうしたの?」
「佐藤がPを改造したってのを許可したってのはホントか?」
「ええ。本当よ」
「冗談だろ? なんでそんなこと許したんだ?」
「メリーちゃん。怖い顔しないで。スマぁーイル♪」
マムはボウリングの球を指さした。そのボールにプリントされたおれみたいに、笑えって言いたいんだ。おれは気付いたら、結構シリアスな顔をしちまってた。
「それが、メリーちゃんのためになるって思ったから」
「おれのため? おれが今、困ってんのがわかんないのかよ」
「メリーちゃんにとってPと一緒に過ごすのは、いいことだと思うのよぉ」
「赤ん坊のおもりをしろっていいたいのか?」
「Pの成長と一緒に、メリーちゃんも成長できると思うの」
話は平行線。おれはPを拒んでいるし、マムはおれにPを育てて欲しいって考えている。
「Pのアタマが成長するなら、いつか感情も芽生えるんじゃねーか? そうしたら、Pだって治療を拒み始めるだろうよ」
おれは、Pの心配をしているフリをした。偽善的で、我ながらうんざりするがね。
「あいつだっていつか、拒むなり逃げるなりする。Pは治療のために作られたはずなのに、それじゃ本末転倒だろ」
マムは言葉に詰まり、立ち上がった。ボールを布で軽く拭いてから、色っぽく息を吐いた。
おれの頭みたいなボールに指を3本突き刺して、きれいな――そう、フラミンゴみてぇに優雅なフォームで、ボールを投げたんだ。
このまま話を進めれば、マムはきっとおれに『お願い』と言うだろう。
そうすれば、おれに拒否権はなくなる。マムは話を無理に押しとおすんだ。
だが、おれの考えがまとまる前に、とんだお邪魔虫がやってきた。
――ガシャン、ガシャン。
何の音だ?
そこには、無表情で(当たり前か)おれに迫るように向かってくる、Pがいた。
足元には顔に青痣を作った佐藤が、みじめったらしくしがみついてたんだ。
思わず身構えたが、Pは今までと同じようにおれの隣にそっと座るだけだった。
拍子抜けだ。
佐藤は地面に転がったまま、こっちを仰ぎ見た。情けない顔しやがって。
「はは、どした? ずいぶん痛そうだな」
「お前がいないと、彼女は暴走して暴れまわるんだ!」
なるほど。親を見失って暴れまわるあひるちゃんてとこだ。
「ボコボコじゃん。逃げりゃよかったのに」
「約束したろう? お前が戻ってくるまで、彼女をお前の元には向かわせない……と……」
そのまま、佐藤は倒れちまった。ま、昨日徹夜して、寝不足だっただけだろうけど。
マムは乱れたおれの髪をそっと整えて、よくできた笑顔をおれに向けるんだ。
「じゃあねぇ、こういうのはどう? Pには、定期的にチューリングテストをするの」
「よくわかんねぇカタカナばっかり使うのやめてくれ」
「要するに、機械がどれくらい人間らしくふるまえるかっていうテストなの。もしこの子に、人間そっくりの感情……実際の感情じゃなくて感情らしきものだけど……が芽生えたと判断したときは、データを消去しましょ。それまでは引き続きメリーちゃんにも治療をお願いするわ。それならPが苦しむところも見なくてすむし、治療にも差し障りないでしょ?」
マムは満足そうに言った。
そうじゃない。おれはPを心配しているんじゃなくて、自分のことしか考えられないんだ。
おれ自身の立場を守りたいだけ。
治療から降ろされたら、おれは何のためにいるんだ?
Pはこっちを見上げている。
笑ってもないし怒ってもない。きっと、おれのことが好きってわけでもない。
それでも、おれを見ているんだ。
「……わかったよ」
おれは渋々頷いた。Pのやつ、きっとそのうち問題を起こして処分になるさ。
もういい。マムを説得するんじゃなく、別の作戦を立てよう。
「ママ、もう行くわね? このことを、科学者連中に伝えてこないといけないのよ。最後の一投、メリーちゃん投げてくれる?」
スコアを見た。さっきのもストライクだったようで、次もストライクならパーフェクト。
マムがいなくなったあと、佐藤の静かな寝息だけが響いた。よく見ると顔だけじゃなくて、体中ボコボコなんだ。骨は折れてねぇみたいだが、打撲程度はしてるかもしれない。
おれとの約束のために、怪我をしてまでPを引きとめたのか。泣かせるじゃねぇの。
おれは、自然とPに話しかけていた。
「……お前、容赦ねーのな」
《晴れずだっぺなダ目りル空いエ!》
「うるせぇな、わかったよ! もう喋るな!」
でもさ、おれはこいつに、少しだけ同情してたんだ。
こんな仕事を押し付けられた上、賢くなったら記憶をリセットされちまう。
人間を殺すのと大差ないだろ、それじゃ?
自分がやってることの意味すら知らない方がマシか、苦しくても知っている方がいいか――。
わからない。マムは、あくまでおれのことを中心に考えている。今回のPのことも、おれにとってどうなるかしか頭にないんだ。
「お互い、作りものは大変だな?」
同情心。いや、そもそもこんな気持ちを向けること自体、間違いなんだ。
自分で言ってただろ。安い同情なんか、いらねぇんだよ。
そうだよな?
そしたらよ、Pは言うんだ。
《なかま……》
仲間?
冗談じゃねぇ。おれはお前のことを仲間とは認めてない。
《名か真ルはですダサ銃でけぃそぢじゃ駄》
偶然かよ。そうさ、こんなやつと会話が成り立つわけないんだ。
『早ク人間ニナリタイ』の方が、まだマシだったぜ。
でも人間みたいに喋れるようになったら、それはそれで処分されちまうのか。
いや、そもそもこいつがいなくなった方が……。
……ダメだ。頭がこんがらがってきた。
こういうときはスポーツが一番。
おれはテメェの頭そっくりのボールを乱暴に掴んで、ピンに向かってブン投げたんだ。
――がらん、がらん。
はは、ガターだ。
ピンは一本たりとも倒れてはいなかった。ガターでも、アームはシャンと立ったピンをなぎ倒して、新しいものを十本キレイに並べていた。
そのまま立てておきゃいいのに。勤勉で真面目だ。
……だけど、たまんなく残酷なやつなんだよ。
機械ってのはさ。
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