【2章 早ク 人間ニ ナリターイ♪】『つくりもの』
ハロー、ハロー、ハロー。
おれは浅い浅い眠りから目覚めた。頭の後ろがぞわぞわとする感覚を拭えないまま、朝を迎えちまったんだよ。
はは。朝っぱらから、おれはたまげちまった。
つうのも佐藤の野郎、目の下に隈なんか刻んで、まだPに話しかけてやがんだ。
おいおい、一睡もせず一晩中話しかけてたってのかよ?
しかも、さらにクレイジーなんだ。
“きみたちには心があるから、どんなふうに行動したらいいかもわかるし、まちがったこともしないでしょう。でもぼくには、心がない。だから気をつけなくちゃならないんです。オズに心をもらえば、こんなに気をつける必要は、もちろんなくなるでしょうけど”
話の種が無くなったのか、本なんか読み聞かせてやってるんだよ。
今のは『オズの魔法使い』の、ブリキのきこりの言葉だな。
おれと同じように、心のない作りものなんだ。でも、おれはきこりの言葉には頷けない。
何もわからないから、怯えずに色んなことが出来るんじゃないか。
おれは痰が絡むノドを強引に開いた。
「お前、徹夜したの? よくやるね。暖簾に腕押し糠に釘ってやつだろ。とんだマゾ野郎だ」
佐藤はおれの声に気付くと、「おはよう」もなしに、不敵に笑いやがるんだ。
「はは、マゾヒストか。私のやったことが本当に無意味だったか、よく聞いておくがいい」
そう言って、やつは「さ、どうぞ」なんてPを促すんだ。
「『早く人間になりたい』んだろ? 聞きあきたよ」
おれはため息をついて、あくびをかみ殺す。
Pの方を見た。そうすっと、何やらドヤ顔で言うんだよ。(そう、見えたんだ)
《駄馬に志悪くみまよ根腐っぺ運ぶす!》
……あん? なんつった?
どの国の言葉ともつかない響きだ。どう解釈しても、でたらめな言葉なんだよ。
「昨日よりひどくなってんじゃねーか?」
「フフフ、私はな、気付いてしまったのさ」
「お前、こいつ来てからキャラ変わってね?」
「変わるさ。素敵な女性は男を変える。ただ、会話ができないのはあまりにもどかしい。そこで、コンタクトがとれるようにした」
「……今のが会話かよ?」
「強いプロテクトがかかっていて、本来は一つの言葉を返すようにしか設定されていなかったんだが……ここから変わる。ちょっとばかしプログラムをいじらせてもらったんだ」
「お前、そんなことできんの?」
「できるさ。私は天才だ」
「ふぅん……」
「貴様に話してもわかんないだろうな。要するに……」
「いや、そもそも訊いてねぇから。説明しなくていいって」
それから佐藤は、おれが乗り気じゃないのなんか無視して、長々と説明を始めたんだ。寝起きの頭にはどーにも入ってこないんだが、要はこういうことらしい。
・本来は成長しない人工無能プログラムのPだが、佐藤の改変により、言語機能は進化するようになった。自ら言葉を組み立て、考えることができ、成長すれば人格や感情を獲得する。
・話しかければ話しかけるほど言語を習得し、上達する。
・今のグチャグチャの状態は、言語を組み立てるプログラムを作成している途中過程。
佐藤は、生れかわったようにイキイキと語った。その様子を見てムカつく半面、どこかうらやましくも感じたんだ。何かに夢中になれるってのは、おれにはない感覚だから。
「いわば、急速に発達する赤ん坊みたいなものなんだ。ねー、Pちゃん?」
《辞しふぁフェアん津じぇ?》
はは、本格的に付き合ってらんなくなってきたぜ。
「でもよ、勝手にそんなことしていいのか? 科学者連中が黙ってねぇだろうよ」
「きちんと主任に連絡はした。あっさり許可してくれたよ」
ちなみに主任ってのは、マムのことだ。マムも、佐藤にはあまり強く言わない。
敵に回すと面倒だと思っているからだろう。
でも、今回ばかりは納得はできない。
「マムがそんな簡単に許可するはずないだろ。お前、嘘ついているんじゃねーだろうな?」
「私は嘘をついたことがない」
怒りにまかせて怒鳴りつけたかったけど、それを飲みこむ。
「……佐藤。Pが付いてこないようにしてくれねぇか。マムと大事な話があるんだよ」
おれは少しでも柔らかく聞こえるよう、心がけてゆっくりと喋ったんだ。
「頼むよ。そいつに関わる、重要なことなんだ。おれが戻るまで、引きとめてくれ」
「わかった。Pちゃんのためなら」
「男の約束だ。はは」
佐藤は神妙に頷いた。生真面目なやつだね。
このロボットは、やっぱり不必要だ。
こいつが来てから、おれの生活はどうしようもなく不快になっちまったんだ。
Pが成長する?
冗談じゃない。意志のないロボットならまだしも、変な感情なんか持たれたらめんどくさいことこの上ない。ドロシーと佐藤のおもりで充分参ってんだ。
「もしもし、マム?」
おれは電話をして、マムと待ち合わせをした。色々と言いたいことがある。
早く、元の生活に戻りたいんだ。
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