【2章 早ク 人間ニ ナリターイ♪】『イカレポンチなBGM』

 佐藤は、バスタブでうずくまって寝てやがった。ノンキな野郎だ。

 コックをひねり、熱いシャワーを浴びせてやる。朝シャンして、さっぱりすっきりいい男だ。

 ビクン、と体を震わせてキョロキョロする佐藤。

「お前におもしれーもんが届いてるぞ!」

 おれ、ドロシー、んでロボ子の順番に視線を移す佐藤。台車の上ですっかり大人しくなったロボ子に、ドロシーが声をかける。

「ほら、何か言ってやりなさいよ!」

《早ク 人間ニ ナリターイ♪》

 再び笑うドロシーお嬢ちゃん。

 だけども佐藤はクスリともせず、しばらくフリーズしてやがったんだ。おれは佐藤の頭を叩いてやった。

「だはははは! ほれ、お前も何か話しかけてみろ!」

 佐藤は、おれたちの言葉なんか聞いてなかった。ぼんやりとロボ子を見て、こう呟く。

「……かわいい」

 はーん、なるほど。そゆこと。

 こいつは完全にロボ子に目を奪われてたんだ。それも思春期の女の子みたいに、無垢で危うい気持ちでさ。

 佐藤は抱えた膝を投げ出し、勢いよく立ちがある。濡れたバスタブで足を滑らせてひっくり返っちままう。頭を打ったからか、鼻血がどぼどぼでている。血染めの風呂だ。

「はは、大丈夫か?」

 佐藤は声をかけたおれを一切無視し、もう一度体を起こしてバスタブから這い出てきた。んで、ロボ子の手をぎゅうっと握り、手の甲にそっとキス。

 やっるぅー。

「なんと麗しい! 私は貴方に会うために生まれてきたのかもしれません!」

 佐藤は演技がかった調子で言いやがんだ。

 愛する女のために生まれてこれたなら、そりゃあ羨ましい。

 少なくとも、囚人の電気ショック用よりはな。

 さて、一世一代の愛の告白にロボ子ちゃんはどう答えんのかね?

《早ク 人間ニ ナリターイ♪》

 だ、そうだ。それでも、佐藤はくじけない。

「人間になんてなる必要はありませんよ。ずっとそのままでいてください」

《早ク 人間ニ ナリターイ♪》

「お名前は?」

《早ク 人間ニ ナリターイ♪》

 佐藤がいくらアプローチしても、平行線。

 ……あら?

 たしかに、こういうちぐはぐな会話はそれなりに面白い。

 ただ、気付いちまった。もしこっちの想像通りなら、ちょっとばかし興醒めだぞ。

 ロボ子に確認を取ってみる。

「お前、まさかそれしかしゃべれねぇのか?」

《早ク 人間ニ ナリターイ♪》

 ビンゴだ。こいつはこれしか喋れねぇらしい。

 ドロシーと顔を見合わせる。さすが我が相棒。おれと同じように、すっかり醒めたまなざしを浮かべてんだよ。佐藤は果敢に話しかけているが、やっぱり同じことしか言わない。

「これしか喋れないんじゃつまんねぇな。な、ドロシー?」

「ねー」

「お前、ケンゾクっての増やしたいんだろ? このロボ子、してやれば」

「無理。ロボットじゃ」

「……もう、いっか。仕事行こうぜ」

 後ろでは絶賛愛の告白中。ま、流れから察するに佐藤が頼んだモンでもなさそうだ。

 まったく、なんなんだろうね?

 おれとドロシーは、バスルームから出る。

 ――がし。

 誰かがおれの手首を、むんずと掴みやがるんだ。

 佐藤の野郎かと思ったけど、違った。無表情のロボ子がおれの手首を握って、じいっと見ているわけ。無表情だけど、どことなく寂しそうにも見える。

「離せよ」

 振りほどこうとしても、ロボ子は手を離そうとしない。

「はなしてよー!」

 おれとドロシーでロボ子の指を開けようとするが、こいつってばとんでもないバカ力で、びくともしないんだ。しかも離れようとするたび、段々と握る力が強くなる。

 だが、諦めて立ちどまると、すっかり手を離して元通りのおすまし顔。

 おれの手首は、まっかっか。よくわかんねぇが、おれから離れようとしねぇんだ。

 その間も話しかけ続ける佐藤を見てると、たまんなくイラつく。

 でもまぁガマンだ。

 佐藤もバスタブを出て、ひきこもり卒業。まぁ万事解決……ってことでいいよな。

 お赤飯でもたいてやろうかしら、ってなもんで。



「メリーちゃぁぁぁん♡」

 本部に戻った途端、甘い鼻にかかったような声がして視界が失せる。

 女は胸をおれの顔にぎゅうぎゅうと押しつける。いつものイランイランの香水のニオイが、プンプンとする。

 いや、なんつったら怒られるわな。このお方こそ、おれのママンなわけだから。

 白衣っつうおべべからもお察しの通り、マムは科学者なんだ。(おれは、マムって呼んでる)

 この人はおれを作りだした生みの親なのさ。

 マムはおれを解放すると、次はおれの頬を両手で挟み、蕩けそうな笑顔を浮かべる。

 客観的に見て、マムはたまんなくマブイんだ。ウェーブのかかった長い黒髪や、泣き黒子なんか、たまんなく色っぽい。

 普通の親子は、母親が美人だからってウズウズしたりはしない。(そういうジャンルの殿方の嗜みビデオもあるそうだがね)

 アンドロイドのおれには、普通の家族の持つ感情ってのがよくわからないんだ。

「メリーちゃん、貴方はどうしてそんなにカワイイのぉ?」

「あのさ、マム。このロボ子は一体……」

「それは、私がカワイイからよ!」

 マムは大抵人の話を聞いていない。世の中の母親が、えてして息子の話を聞かないように。

「マム。こいつは一体なんなんだ? ずいぶんとごきげんなロボットじゃないか」

「その子? 『P』っていう名前なの。ピグマリオンの『P』」

「ピグ……? いいんだよ、名前なんか聞いてない」

 ロボ子はその間も、おれの服の裾を掴んでくる。マムはそれを見て、こう言うんだ。

「もしかして、メリーちゃんが包み開けちゃったの? Pと最初に目があったのね?」

「早めのクリスマスプレゼントかと思ってよ。まぁ、プレゼントなんかいらねぇけどさ」

「もう、拗ねないでよ~? ね? メリーちゃん?」

 素っ気なく言うおれに、マムは猫なで声でなだめるんだ。

 おれは拗ねてるのか?

 いや、んなはずねぇよ。こんなポンコツロボ子ちゃんに、おれみたいな高性能アンドロイドサマがジェラシーなんて、カッコ悪いったらありゃしない。

「この子はね、メリーちゃんのかわりに、『治療』をするロボットなのよ」

 おれのかわり? なんだかリストラされたサラリーマン気分だ。

「今はテスト段階だけど、ちゃーんと仕事だけはできるようにプログラムしてあるわ。悪いけど、最初何回かだけ、見張っててあげてね?」

「勝手に話を進めないでくれよ」

「大丈夫よぉ、ママの愛情は、メリーちゃんにだけ注がれるんだから。心配しないでね?」

「そんな心配はしてねぇ。ただ、そいつはいらない。元々おれ一人だって十分なくらいだ」

 ドロシーも佐藤も、本当いえば別にいらねーんだ。

 ただ、ドロシーは親のコネがあるし、インテリの佐藤は世間へのいいクッションになる。

 バカなやつらは、佐藤みてぇな学歴インテリくんがいるだけで、このシステムが圧倒的に正しいって思い込めるんだよ。(それはそれは、幸せなことだ)

「メリーちゃん、昨日も手紙届いてたんでしょ?」

「ラブレターさ。アツいアツい、イカしたハラショーな思いの丈がつづってあったぜ」

「ラブレター? どこがよぉ! ママはね、メリーちゃんにあんなこと言う人間がいるなんて許せないの! でも、その人間を一人一人処分するより、メリーちゃんにこの仕事をやめてもらった方が早いでしょう? ママはね、メリーちゃんを護りたいの」

「はん、おれがやめたら、今度はそのロボットがサンドバックになるだけだ」

「メリーちゃん、優しいのね……」

「……ま、どうだっていいけどさ」

「またそういう言い方するんだからぁ! ダメでしょ、もー」

 マムはいい女だけど、たまんなく説教くさい。おれを溺愛しながら、同時におれに不満を抱いている。「人間らしい優しさ」や「思いやり」みたいもんを求めているように見えるんだよ。

 単純に言えば、おれに何か変わって欲しいって思ってるみたいなんだ。

 まったくよ、誰かが損をするシステムなら、それを損と感じないおれが一番の適任だろうよ。

「その子なら何を言われたって大丈夫よ。だって、感情がないロボットなんだから。すごく原始的な人工無能なのよ」

 人工知能、なら聞いたことがある。ま、んなことは、今はどうでもいいんだけれど。

「とにかくメリーちゃんはもう何もしなくっていいの。これで安心よね、メリーちゃぁん?」

「余計なお世話だよ。おれは治療のためにここにいるんだろ? 矛盾してるぜ」

 だからさ、おれが治療をするのを、誰も咎める権利なんてないんだよ。エグい運命に生まれついたおれだけに許された、唯一のアイデンティティだ。

「最初はそうだったわ。でもママね、どんどん貴方が可哀想になってきて……」

「知るか。おれ、この仕事無くなったらプーじゃねーか。

「そんなことないわ! ママにとって、メリーちゃんはいるだけで価値があるのよ。……貴方のためを思っているのよ? ね、『お願い』。言うことをきいて?」

 マムはおれの手を握り、こっちをじいっと見つめた。

『お願い』。どうしてだか、マムにそう言われると反射的に(強制的に)尖った気持ちが丸くなって、マムの胸に飛び込みたくなる。おれはきっと、そういう風に作られてるんだ。

「……うん。わかった」

 おれは頷いていた。

 何かがおかしい。納得してない。でも、そうするしかできないんだ。

 ママのふくよかな胸に飛び込む。

 そうすっと「あぁ、ひどいことたくさん言っちゃってごめん」って気持ちになるんだよ。

「……わかったけど。こいつが何かヘマしたら、すぐにスクラップにしてくれよ」

「そう簡単にいかないわよぉ。入念に安全性のテストをしているから、少しの衝撃や爆発じゃびくともしないわ」

「爆発はねーだろ……」

「それじゃ、頼むわね?」

 おれが頷くと、マムはすっごく嬉しそうな顔をして、おれのほっぺたに数え切れないくらいのキスをした。とどめに「愛してるわ」なんて囁いて、もう一発投げキッスをした。

 出て行きざま、マムはこう呟いたんだ。

「『早く人間になりたい』……ねぇ」

 マムがいなくなると、なんだかぽつんと取り残されたような気分になって、佐藤とPの上っ滑りしたムーンウォークみてェな話し声が、どうしようないイカレポンチなBGMになって、さらにいたたまれない気分になるんだよ。

 まったく、冗談じゃねぇ。

 おれは治療をするためにここにいるんだ。世界を変える、でっけぇ仕事だ。

 こんなロボットいなくても、やっていけるのにさ。

 気付けば随分と時間が経っていた。昼過ぎだ。

 ……おっといけねぇ。お仕事の時間だ。

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