【2章 早ク 人間ニ ナリターイ♪】『インプリンティング』
あー、すんません。
急にアンドロイドだって言われたって、そりゃ、「は?」って感じだろう。
アイムソーリー。めぇめぇ。
おれはさ、外見はもちろん、体の中身だって人間そっくりなんだ。飯だって食えるし、イカした足首なんか見たら腹の下がズキズキしやがる。クソだってしっかりくっきりできる。
毎日快便だし、体中に赤い血だってサラサラ通ってる。
つまり、ヒトのサンプルとして宇宙人に献上できるくらい、健康で模範的な人間なんだ。
……ただ、一部を除いて。
それは、おれの心臓が「りんご」でできてるっつうこと。果てしなくメルヘンチックな話になっちまったが、事実なんだよ。
レントゲン写真なんか見ると、よくわかる。
なにせ、左胸にはかわいいりんごちゃんのシルエットが浮かんでんだ。
遊び心かね?
ま、なんでもいいさ。きっと、1歳にも満たないぼくちゃんには、まだ知らなくてもいいことがたくさんあるんだろうよ。
おれは今年の春、この治療のために作られたアンドロイド。
政府サマはね、それはそれはお優しい考えの持ち主なんだ。
つーのも、治療のプロジェクト立案のときに、それを人間サマに執行させるのは、良心が痛むってんだよ。
「ほんじゃあ、ロボットかなんかにやらせりゃいいんじゃね」って、それはそれは素敵な思いつきをされたんだ。神の思し召しってやつだよ。
んで、出来たのがおれ。
生まれながらに責任を押し付けられ、色んな人間から恨まれる運命にあったってこと。おれがアンドロイドだってのは、関係者内のトップシークレット。
知ってるのはお偉いさんと、その他ごく少数の科学者連中くらい。
ドロシーってば、知ったらどんな顔するかね。
そーだ。昨日言いそびれた好条件のステキな仕事を見つける方法。ここでお教えしよう。
努力や才能じゃない。
エントリーシートの書き方や、面接での受け答えなんてクソ喰らえだ。
方法はただ1つ。
抗えないイカレポンチな運命に愛されることなんだ。
ただ、勘違いしないでくれ。
てぇのは、おれを可哀想がったり憐れんだりすんのは、見当違いってこと。安い同情はいらねぇんだ。腹ペコんときに水を飲んだって、腹は膨れねぇ。
むしろ、むなしくなる。
さてさて、辛気臭い話は置いておこうか。
朝になった。もうじきおれは目覚めるだろう。おれってば、何やってても画になっちまうんだけど、ま、基本中の基本って目覚めのシーンからでも始めるかね。
それでは、はじまり、はじまり。
――ジョキ、ジョキ。
リズムのいい、ハサミで布を切り裂く音。そんな音で目が覚めたんだ。
おれが目を開けると、すぐにその音は止んだ。そんで、もぞもぞと布団に何かが潜り込む。布団の中から、ハラショーな天使の寝息が聞こえてやがるんだ。
「ごー、が、ぐごー」
抑揚のないわざとらしいイビキ。ドロシーだ。おれのパジャマの袖が、ばっさり切られてる。
コエーよ、なんだよ。
いや、わかってる。おれの腕に噛みついて、唾液を注入するつもりなんだ。おれはあいにく、お前のものにはなりたくない。いや、誰の所有物にだってなりたかない。
「……ぐごー」
しばらくタヌキ寝入りしているうちに、本気で眠っちまったらしい。つむじに鼻を埋めると、女の子特有の甘いくたびれたミルクみたいなにおいがした。
誰かれ構わず抱きしめたくなる人の温もり恋しい冬の朝には、ちょっとたまんねぇ。
そういや、おれ鍵したよな? どうやって入ってきた?
それはさ、扉を見れば一目瞭然だったんだよ。
頑丈に作られた分厚い木のドアが、ぶっ壊れてやがる。真ん中にぼっかり穴。
ベッドの脇に、ファンタジーの世界でしか見たことのないイカれたバトル・アクスが立てかけてあんだ。
こんな素っ頓狂なものを見たら、寝起きのアンニュイな気持ちなんか、どっかに飛んでいっちまった。
しっかし、こんな大惨事の傍らで爆睡たぁ、おれってば眠りが深いのね。
おれは「本部」へと向かうことにした。
文字通り、寝た子を起こす必要はない。クレイジーなお嬢ちゃん。ドアの裂けた断面が、ギザギザとささくれだってやがんだ。無惨にさ。
まったく、アンドロイドに生まれてよかったよ。
少なくとも、ドアに生まれるよりはさ。
お上品にアクビをしているおれを、奇妙なモンが出迎えてくれた。
部屋の真ん中に、ポッツンとイカれたでっけぇ包みが置いてある。電話ボックスくらいの箱。
白い包装紙に、白にピンクのドットが入ったきゃわいいリボンでラッピングされてるんだ。
サンタさん、まだ11月だぜ。
つーか、もしや、佐藤の野郎のか?
はは、開けちゃおっと。
おれは紳士だ。だからよ、リボンを優しく解いて包装紙もシワにならねぇようにそうっと剥がしてやる。どうだい、マドモアゼル?
だが、中に入ってたのは素っ気ねぇスチールのロッカーだった。備品かなんかだろう。
つまんねぇの。
と、思った矢先。
――ピカ、ピカ。
ロッカーのドアのスリットから、温かいオレンジ色の光が明滅するんだ。それも、二つ。おれはそうっと中を覗いてみる。何かと目があったような気がした。
《いんぷりんてぃんぐ》
なんだ?
それは、デパートの館内アナウンスみてぇな声だった。
機械的で少しくぐもってるんだが、男を誘うような色っぽいしながあって、男ならもれなくズキズキしちまう声なんだよ。
ただ、おバカちゃんのおれには、「いんぷりんてぃんぐ」の意味はさっぱりわかんなかったんだ。(まぁ、これも愛嬌ってことで)
中には何が入ってやがんだ?
ロッカーを開ける。
……中には女が入っていた。目を伏せて俯いている。女は女でも、おれが想像していたのとはずいぶん違う。
声からするにとびきり色っぽい、ぷるぷるした唇のおねーちゃんかと思いきや、それは。
《……》
女のロボットだ。
おれみたいな高性能高品質、ハイテクの人類の叡智の結晶ってゆうような、人間そのままって出来じゃない。アンティークマニア垂涎の、ブリキの体に人工ゴムスキンを張りつけた、型の古そうなロボット。マネキンみたいなんだ。
でも、右腕だけはむきだしのブリキだ。それが妙に目に焼きついた。
体に対して、顔はよくできている。
現実離れした水色のショート・カット。閉じられた瞼からは、豊かなまつ毛がこぼれている。すっきり通った鼻筋に、美しく結ばれた唇。
現実離れしたかわいこちゃん。
はは、何か着せてやらないと、どうにも目のやり場に困るね。
「メリーぃー……。逃げちゃいやだよー……」
めんどくせぇことに、目を擦りながら天使のドロシーお嬢ちゃんがやってきた。ロッカーを開けて戸惑っているおれを見て、すぐに下がった眉尻を上げた。
「なにこれ? まさか、ダッチ……」
ドロシーお嬢ちゃんってばお下品。妄想を加速させて、白い肌を更に青ざめさせるんだ。
「メリーってば、やっぱあたしじゃ不満なの……?」
まったくもっていいがかり、純度100%冤罪の修羅場だよ。
「おれのじゃねーよ! 佐藤だろ、きっと。あいつナイーブ構ってちゃんのくせして、ちゃっかり性欲処理だけは考えてやがったのか。陰気なやつだ。な?」
「そーだったんだ。つーかさ、あいつ、爆弾とか作ってそーじゃない?」
「だな、げはは」
「きゃはは」
すっかり、和やかムード。
ドロシーが「とりあえず、ロッカーから出しちゃおうよ」と、ロボ子(名前を考えてやる気にもならない)を指さした。おれはロボ子の胴のあたりに手を回し、抱きかかえる。ズシっともたれかかってくる。ずっしりと重い。
はは、ダイエットしなさい。
ひやりとした金属的な冷たさが、じわじわ染みてくる。寝起きの身体には響くね。
「ちょっとぉ、抱きつかないでよ!」
「ムチャ言うな。すげぇ重いんだよ。ほれ、着陸させっから……」
ゆっくり慎重にロボ子を傾け、長いソファにうつ伏せに寝かしつけた。なんだか死体処理でもしてるみてぇな気分だ。
「気分はどうだい、お姫サマ?」
おれは冗談めかして尋ねた。
話しかけた途端、ロボ子の体ん中から、何かがしゃかりきに回転するような音が聞こえるんだ。思わず息を飲んじまった。
動かさない方がよかったか? ぶっ壊れたんじゃねーだろうな?
ドロシーも目を見開き、強張った表情をして様子を窺ってる。急に怒られたネコみてぇにさ。
そうすっとロボ子は急に、ゆっくりと手足をばたつかせた。だだっこを、スローモーションにしたような動き。
おれとドロシーは固唾を飲む。
沈黙の中、ロボ子の手足が革のソファを叩く音だけが響いた。
ロボ子はしばらくジタバタして、そのままこう言いやがったんだ。
《早ク 人間ニ ナリターイ♪》
……あんぐりと口を開け、言葉を探しているドロシー。おれもきっと、似たような顔をしている。ドロシーの口から、息が漏れた。
「きゃはははははっは!」
「だははははははは!」
腹がよじれるほど笑えてくる。ロボ子のやつ、その間もずっとジタバタしているんだ。
「なんだ、こいつ!」
「ウケるー!」
なるほど、お前人間になりてーのか。
残念だけど、お前よりかは妖怪人間の方がまだ人間に近いわな。
「早く佐藤にも見せてやろうぜ!」
「あ、じゃああたし台車持ってくる!」
おれたちは、ロボ子をコロコロ付きの台車に乗せて、バスルームに向かった。
もちろん、バスルームは今日も『使用中』だ。
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