【1章 美しき労働】『ステキな精神治療』
おれとドロシーはエレベーターに乗り込んだ。最上階の66階へと向かうボタンを押した。
「すごいよねー。あんな
ドロシーは感慨深げに呟いた。
そうだ。それが『治療』の目的。あのビリビリは、極悪人を善良な人間に更生しちまう(ま、頭は若干パーになっちまうみたいだが)スンバらしい画期的なマシンなのさ。
過去にも電気ショックの精神療法ってのはあったらしいけど、今回のはすんげぇんだ。意図するまま、性格を(大人しい性格に)ねじ曲げられちまうんだから。現代科学が、人の心に勝利したってことだわな。
更生が認められた囚人は、社会復帰の職業訓練を受け、世界にパーっと野放しにされる。囚人どもは罪を忘れて清い人生さ。
もっとも、泣きも笑いもロクにできない、感情的には廃人状態なんだけども……。
ドロシーはおれの腕にしがみつき、体をくっつかせる。
きっとおっぱいをグイグイ押しつけたいんだろうが、甘美なぷにゅぷにゅな感覚はない。残念ながら、トランプタワーができちまいそうなほど平らなんだ。
「だな。きちんと労働して、罪を償って欲しいもんだ」
「……とかマジメなこと言って、ホントはおやつのことしか考えてないでしょ?」
「あ、バレた? だははは」
「うっきぃー、あたしら正義の味方ってカンジぃ?」
「そゆこと。だはは」
エレベーターは速度を増し、ぐんぐんと上昇していく。
おれの心をおいてけぼりにしちまうくらいの速さで。
……そうだ。
おれたちは、正しいことをしている。
さてさて。
こっからちょっとばかしかったるい説明をさせてもらう。
歴史や地理的な説明。
きっと、おれが言ってることが分かりやすくなると思う。ま、数秒聞いて嫌になったら、駆け足で通り過ぎてもらっても構わない。
ただし、おれが「ストップ」っつったら、必ずそこからはきちんと聞いてくれ。
それだけは約束だ。
んで。
我が愛国「X」は、かつては鎖国状態だったんだ。独裁的で、国民が逆らうのは難しかった。飯を食うには困らなかったが、娯楽もろくにないひどく窮屈な国だった。他の国からも嫌われていたみたいなんだが、お国のお偉いさんは残念ながら気付いてなかった。
だが、そんな時代は終わった。
つうのも、敬愛すべき我が国の元総統が、暗殺されちまったから。鎖国によって世界からのけものにされるのを恐れたやつらが、クーデターを起こしたんだ。
そいつらは、おれらに「自由」を与えてくれた。
取ってかわって国を執ったやつら(現在の副総統であるドロシーのパパや、そのお友だちさ)は、すぐに国を開いた。
すると、今まで抑圧されていた反動みたいに、おれらは他国の先進文明をスポンジみたいに吸い込んでいったんだ。ものすごい速度で発展した。
おれらは自由に加え、さらに豊かさを手に入れた。
んで、その代償として、2つの問題が浮上する。
1つは、犯罪の増加。今まで抑圧されていた欲望が、独裁者を急に失って暴走したんだ。抑えつけていたものがなくなって、今までの憂さ晴らしのように、スリやら万引きやら詐欺やら、チンケな犯罪が横行しちまったんだ。そいつらはみんなブタ箱行き。
もう1つの問題は、労働力の不足。おれらの国は元々人口の少ない、過疎状態の国だった。科学力の発達に伴って労働力の需要も上がるわけだけど、さっきの問題でさらに働き手がガンと減っちまったんだ。
はい、ストップ。つうのも、おれも飽きちまった。あとは教科書でも読んでくれ。
ただし、こっからは、本腰入れてきいてくれよ。
要するにおれらの国は、「犯罪者の増加」と「労働力の不足」の2つの問題を抱えたんだ。
そこで、この島の話になる。おれたちがいるこの『ルビドコ島』は、我が愛国『X』本土から西に90キロほど離れた島。
ここは、囚人の精神治療プロジェクトのために作られた島だ。おおよそ、囚人が600人、看守が100人。この塔の中に科学者・医者が30人、その他100人(清掃員・警備員・事務員など)。千人近くの人間がいる。
このプロジェクトってのは、近隣国から非難ごうごう受けながら、新・X国政府サマがゴリ押しして推し進めたバクチ的戦略。(おれらは、また結局嫌われ者になったんだ)
端的に言やぁ、「囚人たちに精神治療を施して更生し、社会復帰させて労働力にする」つうことだな。2つのデカイ問題を解決できる、一挙両得の作戦にも見える。
うまくいけば、国中いい子ちゃんだらけってわけだ。
世界がひっくり返り、歴史の教科書にでかでかと載っちまう一大プロジェクト。
希望さえすればどんな囚人でも受けられるってんで、(たとえシリアル・キラーの死刑囚だろうと)申請待ちのやつで溢れかえってるんだよ。
ま、おれには教科書以外の詳しいことはわかんねぇ。
なんでかってえと、おれはさっきのスイッチを押すだけの仕事だからだ。給料は相当にイイ。
しかも、とーっても簡単。
そのぶん、憎まれ役の一番嫌な役回りだ。みんながやりたくねぇことを泣く泣く引き受ける、(ハンカチの御準備を)おれみたいな美しき自己犠牲的精神を持った人間にしかできねーのよ。
つまりは必要悪ってやつ。
この『ルビドコ島』の構造は単純だ。半径7キロくらいのいびつな円い島。
その真ん中にぶっとい塔が建てられていると思ってくれたらいい。牧場の真ん中に、塔が建ったみたいなもんだ。
いわば囚人たちは迷える子羊、おれらはそれを正しく導く羊飼いってわけね。
ちなみに『ルビドコ』ってぇちょっと変わった名前は、人類必携のバイブル『時計じかけのオレンジ』に出てくる、囚人への精神治療『ルビドコ治療』が由来だ。
今回のプロジェクト自体『時計じかけのオレンジ』がモデルになってできた計画なんだ。
我が国を代表するお偉いさん(つーか、ドロシーのパパ)がその本の大ファンで、ある日突然思いついちまって、急速に発展したパーティなのさ。
おれら行政側は、塔の中だけで生活を送る。外に出ることは、原則として禁止されている。囚人以外の出入りを自由にすると、密航者が増えちまうからだ。
もっとも、出ようとする人間はほぼいない。生きていく上で困ったり退屈したりしないように、至れり尽くせり、あらゆる施設が揃ってるからだ。
脱出したいってやつがいるなら、顔を見てみたいぜ。
ほんじゃあ、今度はどうしておれがこんなステキなお仕事にありつけたかっていう、そういう話になるわな。
こんな好条件なステキなお仕事を、おれみたいな馬鹿が掴みとる方法。
知りたい? うらやましい?
……でも、ちょっと待っておくれよ。
ちょうど、エレベーターが着いちまったからさ。
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