咆哮
革命同盟との開戦を知ったノルトは塔の屋上へと駆け上がった。そして変わらず塔の北側に立っている黒いリムへ向けて叫ぶように言った。
「事情が変わった!一時間ほど前に革命同盟軍が龍王議会へ宣戦を布告し、交戦状態にあるとの報せが入っていた…今は通信も繋がらず、首都の軍本部はおろかアハトへお前達のことを知らせることすら出来ない」
彼の説明を受けリムの頭部がに埋め込まれているメインカメラが彼の姿を静かに見つめた。そして数秒の後、突然リムから声が響いた。
〈…では直接この足で歩き、指導者と面会して許可を得る他ないだろう。アハトの街はここから視認できている、私達だけで辿り着くことも可能だが…〉
肩部に埋め込まれている外部スピーカーからの声で、ユーリアと名乗った方の声だった。それを聞くとノルトは首を振った。
「俺達が同行し案内する。お前達をここに引き留めて状況が変わるわけではないだろう」
彼はそう即答すると長銃を拾ってベッコウと背中の隙間に差し込み、再び屋上から階段を下った。三階の食糧庫から全ての干し肉と野草を取り出すとそれを腰鎧に掛け、更に一階まで下って外に出た。そして塔の北側に回ると改めてリムの大きさに感心しつつ、その姿を見上げて声を掛けた。
「俺達の後に付いて来てくれ!」
黒いリムが頷いたのを確認すると彼は塔から南へ続く道を歩き始めた。しばらく歩いて首だけで振り返り確認したが、リムの重量でも舗装されていないあぜ道を難無く歩けているようだった。そんな彼に背負われたベッコウがようやく口を開くと小声で尋ねた。
「ノルトや、わしらが塔を離れてよいのか?この者達が革命同盟軍の先兵である可能性もあるじゃろうに…」
ノルトも小声で答える。
「…通信機が通じないのなら見張って敵を見つけても伝えようがない。そして…確かにレイヴン王国軍のリムは黒かった気がするんだよな…革命同盟が西方各国の寄せ集め軍だから青とか緑とか…彩り良かった気がする…多分」
「色なんざいくらでも偽装できるじゃろうに…」
ベッコウが呆れたように言い捨て溜息を吐いた。
その様子をリムの中の二人はカメラ越しに見つめていた。
「小声のつもりだろうけど聞こえてるんだよな…」
ユーリアも溜息を吐いた。しかしそれには呆れよりも、子供を見守るような優しさがあった。台座に収まったテュルクも苦笑する。
「第五龍暦の龍王議会は随分と長く平和が続いていたのですね…レイヴン王に聞いていた通りです」
その言葉に対してユーリアは何気なく尋ねる。
「平和ボケしてそうだよね、仲良さそうだし…第四龍暦はそうでもなかったの?」
その言葉の後に少しの沈黙があった。外部マイクが拾い続ける前を歩く二人の会話が五秒程流れ、テュルクが静かに話し始めた。
「そう…ですね。私が生きていた時代は少なくとも、大陸中が戦禍に覆われていました…だからこそ第四龍暦の文明は崩壊してしまったのかもしれません」
悲し気な声音にユーリアは気まずさを感じていたが、テュルクは伝える事が責務だとでも言う様に話し続ける。
「強い国が大陸を統一すれば、少なくとも国家間での争いは無くなります。龍王議会の龍達はそうした世界を夢見て戦い続け、私も議長を継いだ後にそれを受け継ぎました…しかし龍王議会のその大望が実現される前に、第四龍暦の終わりを告げる“毒の時代”が訪れ、それに対抗する術を持たなかった国や都市は一夜にして滅亡しました」
突然の話の内容に、彼女は思わずリムの足を止めてしまった。外で今後の話をしていたノルトとベッコウが不思議そうに振り返った。
「どうかしたのか?」
ノルトは突然動きを止めたリムへ警戒しながら語り掛けた。すると慌てたような声がかスピーカー越しに返ってきた。
〈あ、いや…何でもない。人と龍でも仲がいいんだなと感心していたんだ〉
「何じゃ、王女を名乗る人物が盗み聞きとは感心せんの…まあノルトはガサツに見えて面倒見がいいからの~わしを背負ってくれる人間は、二千年の生の中でもこやつだけじゃよ」
ベッコウはそう言うと高らかに笑った。ノルトは複雑そうな表情でその声を聞いていたが、リムの操縦席の二人はその光景を見て心が和むのを感じていた。
笑い続ける相棒にノルトが軽く溜息を吐き、リムのカメラを見上げて口を開いた。
「見えているとはいえアハトまでまだ距離があるし、俺に付いてくるのは退屈だろうから、ピクニック気分で草原か空でも見ながら歩いてくれ」
そう言いながらノルト自身も空を見上げた。その視線の先、遥か直上を一体の巨大な龍が飛んでおり、時折黄金色の光が反射するのが見えた。しかしその時、彼はあることに気が付いた。
(…コガネにはこのリムが見えてないのか?他の何かに気を取られているのか…)
その瞬間、彼が見上げる先でコガネが大きく翼を広げた。そして巨大な咆哮がノルト達に降り注いだ。彼は思わず耳を塞ぎ、一瞬体を屈めて再び直上の巨龍を見上げた。同時にベッコウが叫ぶ。
「コガネが警告しておる!何かが来るぞ!」
「テュルク、機体のレーダーを起動!周辺の地形と移動する質量のデータを可視化して!」
「分かりました」
コガネの咆哮を聞いた二人の反応は素早かった。テュルクは探知されない為に動作させていなかった質量レーダーを起動し、周辺の情報を操縦室内に立体映像で表示した。その範囲は徐々に広がって行き、機体を中心に半径五キロメートルまでの情報をリアルタイムで表示すると遂にその正体を発見した。
「北西方向に革命同盟軍機と思われる飛行型リム部隊を確認。五機で編隊を組み低空飛行しています」
その情報を基にユーリアもメインカメラでその機影を捉えた。そして拡大表示した青い機体を見て悪態をつく。
「ブルーカルム市防衛軍機…となると機体は『一つ目』《サイクロプス》系の飛行型改良機か、性能良くてめんどくさい…」
その言葉からは既に好戦的な響きが読み取れたが、テュルクは念の為に尋ねる。
「こちらから仕掛けますか?」
その問い掛けに頷いて答える。
「当然!龍王議会に恩も売っておけるだろうし…大丈夫、戦える」
ユーリアの声からは多少の頼りなさが感じられたが、悩んでいる暇も無かった。テュルクは周辺のレーダー情報から会敵する為のルートを割り出し表示した。
「既にコガネが急降下を始めています、急いでレーダー上のルート沿いに走って下さい!」
「了解、行くよ!」
そして黒いリムが大地を抉る勢いで走り始めた。
北風が追う機械人形 イシヤマ マイマイ @maimaiishiyama
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