守護神の懐古<前編>
龍王議会には龍の種族の名を冠した都市が各地に存在している。領土の北西、海岸線沿いにある『海龍議場』、領土の東の果ての山脈の終着点でもある『蛇龍議場』、北東部の荒野の中心に存在する『飛龍議場』、そして首都でもあり大陸の南端に位置する都市でもある『始原龍議場』である。それらの都市は第四龍暦以前から存在したとされており、今でも各地方の政治と経済を担う中核都市としての役割を果たしていた。
そして三十年程前から急速に、それら中核都市に並ぶ規模にまで発展したのが『採掘都市アハト』である。都市の名はその地で龍王議会を守るために戦い力尽きた偉大な龍の名でもあるという。
新興都市であるアハトには巨大な古代技術を用いた建築も無ければ、人軍の防衛施設も申し分程度の城壁しかないが、他の都市にはいない特別な“守護神”が存在した。
その飛龍『コガネ』は星空の元、西を目指して龍王議会の北部を覆うアハト平原の上空を高速で飛行していた。飛龍は総じて滑る様に空気抵抗を感じさせないように飛ぶが、その名に恥じぬ黄金色の鱗を持つ龍の飛び方は特に美しく、そして比類なき程に速かった。その体は頭の先から尾の末端まで百メートル程の長さがある巨体であるが、細長い首と尾、体もそこまで太くはなく数字ほどの大きさは感じられない。
(何かがおかしい…飛龍議場の同胞達も私と同じ声を聞いていた)
コガネは人語を解する龍でもあった。龍同士の意思疎通に言葉は必要とされないが、第四龍暦に興味深い人物と出会ったことで彼はその人物から人語を深く学び、今ではアハトの人々に対して自らが体験してきた出来事を語る事を日課としていた。彼は心の中に響く声の出所を探していたが、龍王議会領全土を回ってもついにその声の主を見つけることは出来なかった。
彼の眼下に広がる平原の中にアハトの街が見えて来た。採掘した鉱石の精錬場からは常に煙が立ち上っており、星明かりさえあれば夜でも見つけることは容易であった。彼は両翼を開き減速すると同時に下降を開始した。別に翼を開かなくとも飛龍はそのまま下降できるが、二千年以上前に「飛ぶときは翼を動かした方がかっこいいですよ」と、ある人物に言われてから意識して飛ぶようになっていた。彼はこのようなふとした瞬間に昔のことを思い出すことが多くなっていた。
彼自身飛龍の飛行原理については理解できていなかった。人が足を使って歩くように、手を使って物を掴むように自然と飛べるようになっていたのだ。それを彼は疑問に感じてはいたが、知らずに数千年の時を生きて来たので気にしないようにしていた。
だが彼がふとしたきっかけでその話をすると、それに興味を抱いた彼女は人の持つ科学を用いてその原理を解析し、嬉しそうにその原理を報告しに来てくれた。結局その内容については理解できなかったが、龍の事を龍自身よりも知る人物として次第に彼女に対して興味を抱くようになっていた。
その女性の名はテュルクと言った。第四龍暦最後の龍王議会議長であり、コガネの知る限り最も龍を愛した人であった。
夜中にアハトの街上空に戻った彼は、帰還したことを知らせる咆哮を上げるとそのまま街の中央の広場へと降り立った。彼が広場で一息ついていると、中年で小太りな体型の顎髭を蓄えた男が駆け寄ってきた。
「戻ったかコガネよ、探していたものは見つかったか?」
「いいや、残念ながらな…だがカドよ。これ以上私が街を空けるわけにもいかぬだろう」
彼は長い首を振りながら駆け寄ってきた男性――カドに向かってそう答えた。カドは腕を組み瞳を閉じると二、三回呻いた。カドは賢く人柄もよい傑物であったが、考えていることが分かり易い男でもあった。それは三十年程前に出会った時からそうであった。
アハトの街は元々小さな集落だったが、約三十年前にその下の浅い地層に莫大な量の鉱物資源が埋蔵されていることがレイヴン王国の技術者との共同調査で判明。その後急速に開発が進められた街であり、コガネもその発展の様子を具に目の当たりにしてきた。
初期は龍王議会主導で開発と発掘が進められていたが、ろくな技術を持たないままの発掘作業は非効率的かつ坑道では毎日のように崩落と転落事故が発生し、犠牲者の数は地下で戦争でも起きているかのように日々増加して行く一方であった。
犠牲者のあまりの多さから一度は頓挫しかけた採掘計画だったが、そこへレイヴン王国での留学を終えた現アハト知事でもあるカドが合流し、彼が作り直した開発計画に沿って開発が再開されると劇的に犠牲者の数が減り、今では犠牲者が出ないことが当然となっていた。
コガネはカドの考えを汲み力強く、そして優しく言葉を続ける。
「案ずるな。西との戦いが始まった時は、私が命に代えてもこの街を守ろう」
カドはその言葉を聞くと瞳を開き、黄金の顔を見上げた。その真剣な眼差しに思わずコガネの視線も鋭くなる。カドは呻くのを止めると口を開き、夜闇に紛れるような小声で話し始めた。
「…恐らくお主でも今の革命同盟軍には敵うまい。龍王議会は長く眠りすぎたのだ…人軍派の龍王達が外交に努めてくれたが、神託国家群の助力無しに西方の軍事力に抗う術は無い」
「では…諦めろというのか、我ら龍に座して死を待てと?」
その言葉は心に無いものであったが、それはカドも承知していた。直ぐに自らの考えを述べ始める。
「ワシはシュタルト将軍の手腕を信用しておる。だからこそ国境線に主力を置き他の地域を捨て去るような戦力配分を見て、一つの仮説を立てた…」
カドは周囲を見渡し、誰も広場にいないことを確認するとコガネに向かって手招きをした。その意図を汲んでコガネは体を屈めて顔を近づける。
「…将軍は時間稼ぎをしようとしておるのだ。軍が敗走したとあらば即ち敗北を意味するが、国境の要塞線にあれだけの数で籠城すればどれだけ戦力差があろうとも数日は持つだろう。軍が籠城して健在ならば、他がどれだけの被害を被ろうとも敗北したとは他国も革命同盟軍も言い辛い。その数日の間に何か形成が逆転するような策を将軍は持っておる…ワシはそう考えておるのだ」
「…シュタルトを疑う気は無いが、根拠は無いのであろう?」
カドは即座に頷いた。しかしその表情は自信に溢れていた。
「もちろん確証はない。しかし将軍は二年程前から都市が襲撃された場合は地下へ逃れるよう、各都市に地下空間の確保を命じておった…地下は確かに空爆から身を守れるが敵兵が来れば終わりじゃ。つまり敵兵が来る前に決着をつける策を持っておるはずじゃ」
「…随分と希望的観測の多い考察だな?カドらしくもない…」
「ワシらに希望を見せてくれるのがシュタルトという男じゃよ!」
カドはコガネの頬を撫でながら明るく答えた。コガネはほう…と感嘆の声を上げると、体勢を戻し顔を上げた。良く解らないことでも彼にそう言われるとそう思える感覚は、かつてテュルクと会話した時の感覚とよく似ており心地よさすら感じられるものだった。
コガネは再び響いてきた声に顔を高く上げた。アハトの街に突如として現れた三つ目の塔のようなその姿は、鱗が月明かりを反射し最も幻想的であった。そしてその姿を見たカドが大きめの声で尋ねる。
「…まだ聞こえるのか?」
コガネは頷くと一度視線を戻した。そして静かに呟く。
「ああ…“助けに来た”…か」
そして顔を上空へ向け直すと彼は数時間そのままその声に聞き入っていた。彼の心の中に響くその声を、北の塔でベッコウも聞いていた。しかしベッコウと違い彼が動けなくなる程にその声に惹かれていたのは、第五龍暦が始まってからの二千年以上の間、強きが故に常に助ける側に立っていたからなのかもしれない。
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