開戦の刻<龍王議会編>

 龍王議会と西方地域との国境線は、大陸中央地域を囲う大霊峰の南西部から海まで続く“龍の尾”と呼ばれる河川によって定められている。その長さは八百キロメートルを越え、その長大な川を挟んで龍王議会と革命同盟両軍は、一年以上に渡って睨み合いを続けて来た。

 戦力面で圧倒的に優位に立つ革命同盟軍が攻勢に出られなかったのは、西方地域に残る旧連邦軍の残党によるゲリラ的抵抗が存外長引いた影響もあるが、東方の大国である神託国家群が革命同盟に対抗する為に龍王議会を援護する姿勢を見せていたのが最大の要因であった。

 しかし第五龍暦二千百三十年九月十九日、神託国家群内部でアーシアン派の大規模な反乱が発生。さらに二十一日早朝の謎の飛来物による混乱の最中ついにその戦況は動き始めた。


「この混乱の隙を突いてきたか…」

 龍王議会人軍総大将シュタルトは宣戦布告の報を受けて呻くようにそう呟いた。空には未だ北進を続ける謎の飛来物が視認できる状況で、西方国境防衛軍内部でも主に末端の兵士達を中心に混乱が広がっている最中であった。

「全軍に戦闘配備命令を下す。この要塞線が落ちれば龍王議会の敗北は確定する、全軍の命に代えてもアーシアン共をここで食い止めるのだ!」

 そう短くしかし力強く伝えると、全身を甲冑で固めた儀仗兵は敬礼し、司令室を後にした。扉の閉まる音と共にシュタルトは短く息を吐き振り返ると、司令室の窓から遠くに望む龍の尾を望み思案に入った。

 西方地域との国境線中央から龍王議会側へおよそ十キロメートル地点にある巨大な要塞に、龍王議会人軍総大将であるシュタルトは防衛軍司令本部を置いていた。龍王議会軍は人軍と龍軍に分かれており、人軍兵士五十万、龍軍地龍・飛龍それぞれ百万の大戦力を約八百キロメートルの国境要塞防衛線に配備していた。予備戦力としてさらに後方の複数の要塞都市に人軍兵士をさらに五十万、飛龍を二十万配備する徹底抗戦の陣を敷いて革命同盟軍を待ち構えていた。

 三十年前のレイヴン王国との同盟以来作り続けて来た要塞防衛線は“人工の山脈”と称されるほどの強固さを誇っていたが、しかしそれでも尚龍王議会軍が劣勢であることに変わりはなかった。約一キロメートルごとに砲台を無数に持つ大小の要塞が立ち並ぶその防衛線は確かに対地上での防衛力は期待できたが、対空装備の貧弱さは致命的であり、人軍指揮官達にもそれは分かり切っていた。さらに人軍には航空戦力と呼べるものがほぼ存在しないのである。

 人軍の対空装備と航空戦力が貧弱なのは政治的理由が深く関与していた。龍王議会の政治の実権を握る龍王達の中には“龍軍派”と呼ばれる、あくまでも戦力の主体は龍軍であると考える者も多く「対空戦闘は飛龍に任せておけばよい」という理由から人軍にはまともな対空装備や航空戦力が与えられなかったのである。彼らが龍軍の影響力低下を嫌い、人軍の妨害をしていることは明らかだったがシュタルトら人軍には政治的権力は無く、言われるがままに脆弱な装備で要塞を固める他なかった。

 戦わずして降伏する手もあった。しかし全ての龍の命と引き換えに人のみが生き残るという選択肢を取ることなど彼には出来なかった。龍軍派の龍王共は気に食わないが、殆どの龍達は人と共に生き、二千年以上もの間龍王議会に住む人々を守ってきたのだ。人と龍との力関係が逆転したのであれば、今度は人が龍を守るべきなのだという使命感が彼の心の中で力強く燃え続けていた。

 その為の準備を整え、作戦もこれまでの所計画通りに進んできた。開戦の刻が早まったことと東方からの援助が受けられないことは痛手ではあったが、彼の作戦ではそれは致命的とはならなかった。

(十日…いや、数日持てばよい。“彼ら”はこの機を逃さず必ず動く…)

 シュタルトが策謀を巡らせる中、窓の外からいよいよ爆発音が聞こえて来た。敵航空部隊が国境を越え龍王議会領へ爆撃を開始したのである。

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