開戦の刻<革命同盟編>

 第五龍暦二千百三十年九月二十一日五時十二分。“それ”は大陸南海上空に突如として現れた。それはあまりにも巨大で、見上げる人々は己の目を疑い、次にこれは夢だと自分に言い聞かせた。しかしそれは実際にそこに存在した。

 ジョテーヌ大陸南方から大陸を縦断した巨大な飛来物は、大陸中の人々の間に混乱を巻き起こしていた。その正体も分からぬまま領空を通過された龍王議会と北方の大国『境界騎士団領』はもちろん、空の果てにそれを見た東方と西方地域の人々の間にも不安と憶測が広がっていた。

 しかしその混沌の最中、龍王議会との国境付近に集結していた革命同盟軍はついに動き出そうとしていた。


「…以上の観測情報から、大陸中央上空を北進する巨大な飛来物は我々が持つどの龍ともデータが一致しなかった為、未知なる龍の可能性も捨てきれないかと…」

 革命同盟龍王議会方面軍を率いるソティラヴィア将軍は国境線付近に造られた要塞の指令室で、儀仗兵が伝える巨大な飛来物に関する報告を聞きいていた。自らも遠く東の空に見えるそれの姿を窓から眺めていた。

 朝日を下面に受けながら進むそれは確かに異様な光景で、不安を隠し切れない斥候の口調も責める気にはなれなかった。国境各地に駐屯する全軍に緊急事態命令が発令されていることを考えると尚更だ。

 しかし将軍は敢えて語気を強めて言葉を返した。

「…それで?未知なる龍であったらどうだというのか?」

 そう言って振り返ると儀仗兵は、その視線のあまりの鋭さに息を呑みつつ自らの考えを述べた。

「それは…あれ程巨大な龍を相手にするとなると我が軍は…」

 そこで彼はようやく自らの過ちに気付いた。将軍は鼻を鳴らし軽蔑するようにその兵士を睨むとただ一言指示を出した。

「各特殊部隊長へ通信を繋げろ。そこでの指示が終わり次第全軍へ向けた開戦通告を行う」

「!…はっ!」

 儀仗兵は力強く敬礼すると全速力で指令室内で作業を始めた。将軍はそのまま室内のデスクに着くと目の前の画面に通信が入るのを静かに待った。

〈お呼びでしょうか、ソティラヴィア将軍〉

 真っ先に通信画面に出たのは髪を全て剃り上げた、色白の肌を持つ男だった。常に険しい目つきと緊張感のある言葉遣いのその男に将軍は静かに告げる。

「ゴルドウィン、他の部隊長が出揃ってから伝える…だがお前の部下には今の内に出撃準備を命じておけ」

〈了解しました〉

 その言葉に男――ゴルドウィンは静かな言葉と共に敬礼し、画面の前から一度姿を消した。そして約十秒後に戻って来た時には画面には半分ほどの部隊長が揃っていた。そしてそれからさらに十秒程で全員が揃い、将軍は口を開いた。

「各自、謎の飛来物については報告を受けているだろう。それについて各部隊長から現在各部隊員に出ている影響と各々の考えを聞いておきたい」

 その言葉から数秒の後、一人の部隊長が口を開いた。

〈我が部隊員の中にはこれを龍王議会からの警告だと考える者がおりました〉

 その言葉に他の部隊長も続く。

〈あれは惑うことなく龍だ〉〈我々の知らない龍が他にもいるかもしれない〉〈あれと戦って勝ち目はあるのか〉…それらは先程の儀仗兵からも感じられていた不安であった。しかし将軍は画面に備え付けられたカメラ越しに彼らを黙殺すると、沈黙を保っていたゴルドウィンへ問い掛けた。

「お前はどう思う?ゴルドウィン」

〈…これは我々にとって“好機”であるかと存じ上げます〉

 深い呼吸の後に放たれたその言葉に将軍の口元が歪んだ。他の部隊長もゴルドウィンに一目置いており、表情では異論を感じられたが口を開くものはいなかった。

 画面の相手が黙っているのを見て、彼は説明を続ける。

〈まず第一に、あれ程巨大な龍がこれまで我々に知られることなく現存していたと考えるのは無理のあることかと。恐らくあれは龍王議会とは無関係などこか遠く…それこそ“外海”より飛来したと考えるか、或いは…〉

 彼は言葉を切り、一瞬だけ視線を上へと向けた。

〈“宇宙”より飛来した、そう考えるのが正しい推測でしょう〉

〈…はっ、証拠の無い馬鹿げた妄想だな?〉

 一人の部隊長が画面の先で吐き捨てるようにそう評したが、将軍は敢えて口を挟まず、ゴルドウィンの反論を促した。

〈では我々が三年前より敵戦力把握の為に行ってきた諜報活動は全て無意味だったと、貴殿はそう仰るのかエルナンド大佐?〉

 皮肉と脅しを込めたその言葉にエルナンドと呼ばれた部隊長は視線を尖らせたが、口では反論できなかった。諜報部は革命同盟軍を裏から操るだけの力を持っており、余計な事を口にして敵に回すわけにはいかない相手であった。

 相手が黙ったことを確認するとゴルドウィンは静かな口調で説明に戻る。

〈あれ程の戦力を諜報部が見逃すはずもない。そう考えるとあれは龍であったとしても、龍王議会軍にとっても得体の知れぬ存在であると推測できます〉

 将軍は相変わらず口元を歪めたまま彼の話を聴いていた。感情が口元以外に表れないのは普段は全ての感情を隠し切っているからだ。

〈我々と同様…否、領空を通過されていることを考えると我々以上の動揺が国全体に広がっていると考えられます。それが好機と言った第二の理由であります〉

「…ではその意見に反論する者はいるだろうか?」

 将軍の言葉から察することが出来ぬ者はいなかった。先程は口を挟んだエルナンドも、将軍の言葉に首を振る他なかった。

「エルナンド、貴様はどうだ?」

〈いえ、何もありません…〉

 ただ小さくそう答えた。それを聞くと将軍は表情を戻し、傍らに立つ儀仗兵へ指示を出した。

「では…開戦としよう。これより帝都軍本部へ宣戦布告を行う様に通達を、各部隊長は出撃の準備を急げ。他の“解放”軍全軍への通達は私が行う、以上だ」

 そう言うと彼は席を立った。画面の先では部隊長達が敬礼し、そして次々と画面が暗転していった。将軍は沈黙した画面から視線を離し、再び窓へと振り向いた。

 そこには先程よりも少し北へ進んだ空に、変わらずにそれが浮いていた。彼の後ろ、デスクの向こうで作業をしていた儀仗兵が敬礼し、全軍への通信準備が整ったことを告げた。

「全軍への通信準備が整いました!本部への通達も完了しております」

「ご苦労…一方的に話をするのは好きでは無いが仕方あるまい」

 そう言うとソティラヴィア将軍はデスクを迂回し部屋の中央に立った。そして奇妙なカメラの前に向き合い、瞳を閉じた。そしてカメラの起動音から数秒の後、目を開くとそのレンズを見つめて高らかに演説を始めた。

「解放軍全兵士に告げる!――」


〈解放軍全兵士に告げる!我々はこれより龍王議会領へ進軍し、龍により不当な支配を受け続けて来た“アーシアン”の同胞達を解放する戦いに身を投じることとなる!〉

 将軍の演説放送は解放軍全部隊のホログラム機能を備えた通信機を通して伝えられた。ゴルドウィン部隊も出撃準備を終え、テントの中のその立体映像の前、彼も含めた五人で整列し、その演説に聞き入っていた。

 将軍の演説は続く。

〈敵は永らく我々アーシアンを支配下に置き、我々の正当な進化を妨げ惰眠を貪ってきた龍達である!奴らに支配されたアーシアン達の困窮に耐えるだけの生活を見よ!我々は二千年以上の過去から西方地域の過酷な環境の中で知識と技術を磨き続け、ついに龍を打倒し、その支配に抗う力を得た。我ら目覚めしアーシアンはその力を持って全ての同胞を龍の支配から解放しなければならない!そして真のアーシアンの時代を歩み始める…それが力を得た我々が成すべき大義であり、成さなければならない必定である!〉

 ここで将軍は視線を東の空へと向けた。そして再びカメラへと向き直ると言葉を続ける。

〈今も東の空に浮かぶあの巨大な飛来物に恐れを成すものがいるだろうか!あれが龍であると考える者がいるだろうか!我々に仇成す龍であるならば、何故我々に牙を剥かないのか?あれは既に龍王議会を見限った始原龍である!〉

 ゴルドウィンはその言葉を聞いても、眉一つ動かさなかった。

〈敵の最大戦力である始原龍が龍王議会を去ったのだ…これは神が我々に与えたもうた戦機である!我々が人の正しき歴史を取り戻す為に、再び天に遍く星々を手中に収めんが為に、この戦で邪龍共を滅ぼし全ての同胞を解放する!〉

 ゴルドウィン部隊は静かに演説を聞いていたが、テントの外から他の部隊の高揚した雄叫びが微かに聞こえて来た。

〈たった今、軍司令本部から敵軍へ宣戦が布告された!さあ、我々が先陣を切り、新たな“地球人アーシアン”による時代を築き上げるのだ!〉


 そうしてソティラヴィア将軍による演説は終わった。通信が終わった後もテントの外からの雄叫びはしばらく続き、ゴルドウィン部隊も通信を終えると各員が自らの飛行型リムへと乗り込む。

 ゴルドウィンが操縦肢に体を固定すると操縦室内部の天球モニターが起動し、外で敬礼する整備兵の姿が確認できた。そして他の四機も起動が完了したのを見ると操縦室正面にある通信機へ向けて指示を飛ばす。

「各機異状は無いか?今回の任務は速度が重要だ、対龍兵装以外が付いていないことも確認しておけ」

〈二番機了解、異常ありません〉〈三番機も異常無し!〉〈四番機異状なし〉〈五番機装備確認完了、異常なし〉

 全員の報告を聞き終えると微かに微笑み、彼は四肢に力を込めた。

「ゴルドウィン部隊の作戦目標は北部主要都市アハトの資源採掘機能の無効化、第一目標は都市中央の大型昇降機の破壊、次いで時計塔のある議場の破壊だ」

 彼の機体は既に動き出していた。機体各所に埋め込むように装着されたエンジンから光の筋が放たれ始め、機体が突如浮き上がるとそのまま高度を増してゆく。他の四機もそれに追従し、瞬く間に地表から数百メートル地点まで上昇した。

「味方航空部隊が敵飛龍部隊と交戦を開始したら超高高度から敵領内へ侵入、龍王議会領北国境沿いを東進し、北西方面からアハトへ強襲を仕掛ける!」

 その言葉に各機が応答すると、ゴルドウィン機のエンジンが一際強く光を放ち、上昇しつつ十数キロメートル先の国境へ向けて進軍を開始した。

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