出会い<後編>
「あれは…“始原龍”か!?いや…それにしては大きすぎる…」
ノルトは空に浮かび空気を揺らしながら迫りくる“それ”を見上げてただ一人、冷静さを保とうと考えを吐露した。
ジョテーヌ大陸には無数の『龍』達が暮らしている。一言に龍と表してもその姿は千差万別で、姿だけでなく知能や性質も異なる。人と会話し積極的に関わるものもいれば、ただの野生生物として生きるものもいる。ただ共通しているのは、半永久的に生き永らえる事、そして生まれる過程が未だ解明されていない事である。
その龍の中でも特に巨大な体を持ち、第一龍暦以前から生存している始祖の龍とされるのが『始原龍』と呼ばれる存在である。伝説でのみ語られていたその存在が確認されたのは、およそ二十年前。
龍王議会にある一つの山が突如として飛び立ち龍の咆哮を上げたその時、人々はその山が眠っていた始原龍の体であることを知った。その事件以降、他にも始原龍が生き残っているのではないかと大陸中で始原龍を捜索しようとする者達が現れ、様々な憶測が飛び交ったのは言うまでもない。しかしついに第二の始原龍が見つかることは無かった。
姿を現した始原龍はその山に築かれていた城の名を取って『ハイマート』と呼ばれた。その全高と全長はそれぞれ一キロメートルを超えており、まさに空を飛ぶ山と表す他ない姿をしていた。
ノルトが“それ”を始原龍と考えたのも無理はなかった。大霊峰より遥かに高い高度を飛ぶそれと比較できる大きさのものを彼は知らず、まるで地平線までの大地がそのまま飛んでいるようだとさえ感じていた。
そしてそれを見上げているのは彼らだけでは無かった。それはあまりにも巨大で、宙と空の境目とも言える高度を南から北へ、大陸を両断するかのように飛行していった。
それは西方地域の革命同盟根拠地である大陸の西端の城からも、東端の巨大都市国家に建つ高層ビルからも、大陸北端の要塞からも視認することが出来た。ある飛龍はそれに追いつこうと力の限り飛び続け、ある飛行士はその姿を目に焼き付けながら、カメラが持つ限り写真を撮り続けた。それの姿を見た者全てが人も龍も、その雄大さに魅了され、一方で心の底では恐怖を感じていた。
あまりにも巨大かつ距離がある為にその動きはゆっくりとしているように見えたが、それは夜明けと共に彼らの前に現れ、三時間後には大霊峰の山嶺の先へと消えていった。その間、ノルト達は操られるかのようにそれを眺めていたが、その姿が視界から外れると我を取り戻したかのように互いに見つめ合い、さらにしばらくの沈黙があった。
「…時間を無駄にしてしまったな…だがあのようなものを見せられては、致し方なし…か」
リムの胸部に立っていたユーリアがそう言い、視線をノルトへと向けた。ノルトも我に返って彼女が言っていた言葉を思い出しつつ答える。
「あれについて考えても答えが出せるわけでもない。だがお前達の名と語ったことが事実なら、それを無下にすることも出来ない…」
「そうじゃな、そう考えた方が戦い続けるよりよっぽどよいからの」
ベッコウも正直に賛成した。その言葉にユーリアとテュルクも顔を見合わせて頷き、そして今度はテュルクが口を開いた。
「ありがとうございます。私達も正式な許可も無くあなた方の領域を進もうとは思っていません…『アハト』という街が今でも存在すると伺っているのですが、そちらで行政的な庇護を頂けないでしょうか?」
その問い掛けにノルトもベッコウも顔を見合わせる。人軍の高官ならばともかく二人共外交的なやり取りに当然ながら慣れておらず、ここで取るべき行動の最適解がまるで解っていなかった。ベッコウが小声で相棒へ話し掛ける。
「…どうするのじゃ?アハトまで通してよいのかの?」
ノルトも小声で応える。
「二千年以上生きて来たんだろ?こういう場面は過去に無かったのか」
「わしゃず~っと首都でのんびりしとったからのぉ…そっちの方が軍での位は高いからお主の意見に従おうかの」
責任を背負わされたノルトは逡巡し、目の前で待つ二人に告げた。心なしか二人の視線が先程より優しくなっているように感じられた。
「…本部とアハト防衛部隊に連絡を入れた後に許可が出れば案内する。そのリムに乗って待っていてくれ、行くぞベッコウ」
そう言うときょとんとした相棒を軽々と背負い、階段を下って行く。意外とこういう扱いに慣れているのだろう、ベッコウは手足を自然と鎧の各所に引っ掛け、体を固定した。
「何でわしまで行かにゃならんのじゃ。見張りは要らんのか」
「お前だけでどうにかできる相手じゃない…それに二人だけで話す時間も必要だろ」
相棒の言葉にベッコウは唸りながらも沈黙した。そして静かな一階へ辿り着くと通信機を使おう手を伸ばし、その手が固まった。彼の視線の先にはこの数時間の通信記録が長々と印刷されており、ベッコウも肩越しにその内容を見てこの国の状況を把握した。
「…いよいよ、じゃな」
言葉を失ったノルトに変わり、ベッコウが重々しく呟いた。
ノルトは通信機を使い首都の軍本部への通信を試みたが、何度試しても反応は無かった。彼が革命同盟軍による通信妨害の仕業だということを知るのはずっと後になってからである。この時点で通信記録は一時間ほど前で途切れており、通信機はそれ以来沈黙を続けていた。何度試しても通信に失敗する状況に苛立ち、ノルトは白い壁を右手の甲で殴りつけた。
第五龍暦二千百三十年九月二十一日七時一分。革命同盟軍が龍王議会に対し宣戦を布告、西方国境全域で両軍は交戦状態に入った。ノルトはその通信記録を握り締め、相棒と共に屋上へと駆け戻っていった。
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