出会い<前編>

 暗い操縦室内に微かに銃声と機体への着弾音が響いた。黒いリムの操縦者である女性は操縦肢に体を預けたまま叫ぶ。

「外部スピーカーを起動して、事情を話さないと大ごとになりそう!」

「外部スピーカーは後付けだから私の制御範囲外です。其方で起動して下さい」

 澄んだ美しい声が即座に、そして申し訳なさそうに答えた。操縦者は驚き、慌てて答える。

「分からないから訊いてるんだってば!」

 そして送られてくる映像の中で塔の屋上から兵士が龍剣を片手に飛び掛かってくるのを見ると、息を呑みつつ頭上、操縦室のハッチを開いた。同時に体を操縦肢から解放し、操縦席を蹴って機外へと飛び出す。操縦席を蹴る際にその側面に設置されていた鞘に納められた刀の柄を右手に握り締めて。

 飛び出した時点で兵士の龍剣は機体へ向けて振り下ろされ始めていたが、飛び出した女性は左手で鞘を掴み刀を引き抜くと、その龍剣を刀身で受け止めた。

(!相手の剣が折れない…)

 鍔ぜり合った瞬間に彼女は違和感を感じたが、深く考える余裕も無くお互いに弾き合った。黒い装甲服の女性はリムの胸部に、龍剣を持った兵士――ノルトは宙返りしつつ胸壁の上部へ辛うじて着地し、そのまま転がる様に胸壁の内側へと身を隠した。その様子をベッコウが変わらず屋上の台座の上で静かに見守っている。

 ノルトは胸壁に隠れると先程投げ捨てた長銃を拾い直し、弾倉を取り変えた。しかし次の瞬間、ベッコウが叫んだ。

「ノルト、下がっとれ!」

 そして一瞬の呼吸の後、その口から白いブレスが放たれた。炎のようなブレスはリムの頭部と飛び出してきた黒い装甲服の女性へ一直線に向かったが、塔とリムの間で透明な膜のようなものに阻まれ、その膜に沿ってブレスは左右へと分かれ霧散していった。透明な膜はリムを守る様に覆っていた。

 ブレスを吐き終えたベッコウはリムと黒い装甲服の女性を睨み続けた。ノルトも長銃を構えて対峙していたが発砲はしなかった。

 その様子を見た女性は機体の安全が確保できたと判断し、刀を鞘に納めた。


 操縦者の女性はヘルメットの通信機能を使い、内部の澄んだ声と会話していた。

「何も考えずに飛び出したけど、私の正体を明かすべきかな?」

 眼前の兵士と龍とは対峙したまま睨み合った状態が続いている。龍がいたのは予想外だったが、こちらの相棒が張った防御壁のおかげで事無きを得て、内心胸をなでおろしていた。

「…彼らの警戒を解く必要があります。私も説得に加わりますから、私の“体”を運んでください」

 澄んだ声がそう答えると、女性は頷き、ノルトを一瞥すると一度操縦室へと戻った。そして操縦室を静かに照らしていた光る線が走った箱を台座から取り外すと、再び外へ出た。


(あんな壁が作れるのなら何故最初から張っていなかったのか…そもそもリム自体に武装が無いのは何故だ…)

 ノルトは彼女がリム内部へ戻ると銃を構える手に力を入れたが、その直前の攻勢を掛けてこない動きから、目の前のリムが本当に敵なのかという疑念も感じ始めていた。

「リムを操縦して襲って来るやもしれんが…それにしては動きが妙じゃな」

 そう呟いたベッコウも同じ考えに至っており、警戒こそ解かなかったが再びブレスを吐こうともしなかった。

 そんな二人の前に再び姿を現した女性の手には、二人が見たことの無い“物”が輝いていた。

 それは女性の片手にぎりぎり掴むことが出来る程度の幅の直方体で、縦は人の頭程度、厚さは丁度ノルトが持ち込んだ本二冊分ぐらいであった。そしてその表面には微かに蒼く色味のある光を放つ線が複数、箱を縦断するように入っていた。

 二人はその箱に魅せられたかのように視線が釘付けにされていた。

「初めまして、第五龍暦の龍王議会の方々」

 突然澄んだ女性の声が聞こえた。突然の声に驚き、体格から女性だと考えていた操縦者の顔を二人とも見たが、黒い装甲服の彼女は首を横に振った。

「このような姿で失礼します。今、私の姿を映し出します…」

 続けて聞こえた澄んだ声が止んだ直後、二人の前、リムと塔の間の空間に“彼女”は現れた。ノルトは言葉を出せなかった。

「これは…幽霊かの?」

 ベッコウがその姿に気圧されることなく、しかし純粋な驚きの声を上げた。まさにその姿は他の地域で語られる霊という存在に酷似していた。

「その表現はあながち間違っていないのかもしれません」

 彼女はそう言うと首を傾げながら美しく微笑んだ。ノルトは思わず構えていた銃口を下げた。

 彼女は白い肌と首の上で切り揃えられた短い髪、美しい瞳を持っていた。全身の服装はどこか龍王議会の高位の軍服を思わせ、髪と同じく黒い色の生地に金色の線が入っていた…“恐らく”は。

 彼女の姿には色が無く、そして実体も存在しなかった。謎の箱の線と同じく微かに青みがかっているが、それ以外の色については想像するしかなかった。

 少しの静寂があった。空気の鳴る音が辺りに響く中、三人と一体は数秒間見つめ合った。

「…俺達の軍服に似ているな」

 沈黙を破ったノルトは素直にそう評した。その言葉にその女性は優しく目を細めた。

「それは朗報です。私の時代のものがちゃんと受け継がれている証ですから」

 彼女の言葉にノルトよりもベッコウの方が強く反応した。その瞳を見つめて本質を問い掛ける。

「お主らは何者じゃ?敵ではなさそうじゃが、まさかただの旅行客というつもりも無かろうて?」

 その問い掛けに半透明の彼女は真剣な眼差しで頷き、そして口を開いた。

「…私の名前は『テュルク』、第四龍暦最後の龍王議会議長…だった人です」

 言葉の最後に彼女――テュルクは微笑んだが、対面する二人はあまりの言葉に言葉を失っていた。

 そしてさらに驚きは続いた。今度は黒い装甲服の女性が振り向いたテュルクの視線を受けてヘルメットを外す。その下からはテュルクよりも短い黒髪の、若い女性の顔が表れた。凛とした表情で彼女は喉を整え、二人を見つめて話し出す。

「私はレイヴン王国第五王位継承者『ユーリア』!王国と龍王議会との新たな架け橋を繋ぐためにここへ来た!」

 毅然として宣言されたその言葉に、ノルトとベッコウは互いに一瞬顔を見合わせた。そして前へと向き直ると彼女は毅然とした態度で続ける。

「突然の、さらに非公式での訪問となった事は謝罪する。こちらにも込み入った事情があり、それ以上に時間的猶予が無いの…だ…」

 しばらく前から聞こえていた空気の鳴る音が一層強く聞こえ始め、最早振動といってもいい程に強くなっていた。そしてユーリアの声がしぼむように消え、その視線が上空へと向けられた。テュルクの視線も同じく上空へと向けられており、その口を両手で覆っていた。

「なん…じゃ?声が…大きく聞こえて…」

 ベッコウがそう呟きながら、そしてノルトは無言のまま振り返り、二人は南の上空の“それ”を見た。

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