拡張人体兵器『リム』<後編>

 暗い室内にリズミカルな足音が聞こえる。その音は重厚な装甲に妨げられて小さく聞こえていたが、室内にいるただ一人の人間の耳には、外部からの音声が集音機を通して大きすぎるほどに感じられていた。

 その人物は全身を黒い鎧のような服装で固め、頭部は兜ともヘルメットともとれる同じく黒い装甲で覆っていた。そしてその四肢は部屋の壁面から伸びる四つの柱のようなものに飲み込まれるかのように固定され、体はほぼ動かされていなかった。その下には座り心地はよく無さそうな、しかし大きめの席が空のまま沈黙している。

 足音に合わせて部屋全体が微かに揺れている。外部からの揺れは部屋を覆う装甲の内に搭載された緩衝材によってほとんどが吸収され、室内には音も振動も僅かにしか届かず静かな時間が流れ続けている。

「やっと夜明けか…」

 黒い装甲服の中から若い女性の声が響いた。女性は暗い室内で顔だけを左に向け、眼前に送られてくる外部の映像を確認していた。その映像では黒い山肌の果て、東の地平線から明るく染まる空が確認出来ていた。

「既に龍王議会領に入っています。彼らと接触するのかどうかは貴方の判断に任せますが、新たな同盟の締結を目指すのであれば避けられないでしょう」

 もう一つ、澄んだ美しい声が室内に響いた。しかしその姿は室内には無く、ただ明かり代わりの、光る線の入った直方体のものがあるだけだった。

「接触はする…一応前方に塔があるからそこを目指しているけど、有人かどうかは不明」

 黒い甲冑から放たれたその言葉に澄んだ声が微笑んだ。

「…懐かしい塔ですね。私も訪れたことがあります」

 その口ぶりは外の光景が見えているようだった。黒い装甲服の女性が尋ねる。

「そんな昔からあったのか…」

 二人の会話に緊張感は無かった。あるのは一つの困難を越えた後の安堵と少しばかりの現実逃避、そして油断だった。

 だからこそ今になって気づいた。

「っ屋上に人がいる!」

 黒い装甲服の女性が叫んだ。塔までの距離は既に数百メートルまで縮まっており、彼女の目は視線の先、屋上の胸壁の間から真っ直ぐに銃を構えている男の姿を捉えていた。

 彼女は慌てて自らが乗る機体を止めようとした。そしてほぼ同時に機体の頭部のカメラから送られてくる映像の中で男が銃を放つのを確認した。閃光を放ちながら接近するその弾道から逃れようと、彼女は体を支える四つの操縦肢越しに機体を操る。

 彼女達が乗る機体――拡張人体兵器『リム』は体と首を右へと傾け頭部めがけて放たれた弾を回避した。頭部の左側面を掠める弾道に装甲の内で肝を冷やしながらも、転倒しないように駆け抜け、彼女は塔へと迫った。


「照明弾入れてたんだった…」

 黒いリムへ向けて長銃から照明弾を射出した直後、ノルトはそう呟きながら屋上から塔内へ駆け下りると、三階に設置してある簡易通信機の赤いボタンを押した。 それは一階に置かれているものと違い、非常事態を軍本部へと送るだけの通信機で、ノルト自身も使う時が来るとはこの時まで考えたことも無かった。そして長銃の弾倉を照明弾から実弾の物へと交換しながら屋上へ戻ると、胸壁から覗き込むように北側を確認した。

 黒いリムは速度を落としながら、しかし塔の間近まで迫っていた。ノルトは相変わらず台座の上に鎮座している相棒へ声を掛ける。

「本部には知らせておいたが、俺達は死ぬかなこれは…」

 しかし彼の目には諦めたような言葉とは裏腹に、まだ強い光が残っていた。返事を待たずに胸壁から乗り出すと同時に実弾をリムへ向けて乱射する。

 弾は全弾命中したが、一発も貫通どころか傷一つその黒い装甲に傷をつけることなく弾かれた。

「ノルトや!まだ敵と決まったわけでは…」

 ベッコウが鋭く返したが、塔の目前に迫った黒いリムの頭部を見ると語気が弱まり、その声は消えていった。ノルトは胸壁に身を隠しながら長銃を投げ捨て、左腰の龍剣を抜いた。

「兵器に乗って無言で国境侵犯する味方がいるのか?お前はここにいろ、ベッコウ」

 彼はそう言うと飛び出し、胸壁を蹴ってリムへ向かって飛び掛かった。右手に持った龍剣を振りかざし、リムの頭部へ向けて斬りかかる。

「待つんじゃノルト!」

 ベッコウの叫びは彼に届かず、右手に握られた龍剣が振り下ろされた。

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