拡張人体兵器『リム』<前編>
第五龍暦のジョテーヌ大陸では東西南北に固有の文化を持った大国が栄え、更にその隙間を埋める様に無数の小国が誕生と消滅を繰り返して来た。
その中で大陸南部で繁栄を謳歌してきた龍王議会は、人から龍へと転生を果たした『人龍』なる存在が支配階級に就く。その中でもより有力な者達が領土を持つことで龍王を名乗り、龍王議会議員として国の政を定めて来た。
人龍は二足歩行で大きさも人と同程度だが、龍と同じく定められた寿命が無く、食事も睡眠も必要とされない、正に人の形をした龍である。
彼らは二千年もの間龍王議会を導いてきたが、その半永久的な寿命と龍としての強大な力が、龍王議会の閉鎖的で高慢な気質を生んできたのも確かであった。
彼らは龍を半ば神格化し、人が力を持つことを嫌った彼らは領内に住む人々を龍に依存させ、他国が工業的に発展し始めても科学や機械とはかけ離れた原始的な生活を推奨してきた。
その影響が戦車や戦闘機など軍事兵器に色濃く出始めた百年程前からも、彼ら龍王達は龍の絶大な力を信じ、人々が科学技術を持つことを良しとしなかった。彼らもまた自ら神格化した龍の偶像に縛られていたのだ。
そして三十年前の西方国境紛争において龍軍が敗北寸前まで追い込まれたのを受け、ようやく龍王達は現実と向き合うこととなった。紛争自体はその場で人龍へと転生を果たした人軍兵士の活躍もあり辛勝に終わったが、それ以降龍王議会は他国との外交で苦境に立たされることとなった。同時期に王位継承争いで内乱が勃発していた王国と利害関係の一致から同盟締結まで突き進めたのは、当時の龍王議会外交における数少ない僥倖と言えた。
それから三十年、龍王議会はレイヴン王国の技術を借りて首都を始めとした各地の主要都市を可能な限り近代的に造り変え、人軍の装備も一新しようとした。しかしその時になっても尚、龍王の中には人に力を与えることを拒絶するものが多かった。
そうしてこの十年、龍王議会が再び近代化を停滞させている間に、大陸西方の国々で対龍戦を前提とした新兵器が戦線に投入され始めた。
拡張人体兵器『リム』と呼ばれるそれは、王国軍が連邦内の紛争鎮圧に初投入するや連邦所属国家へ急速に普及していった。
ただの凡庸な一兵士を龍に匹敵する戦力へと昇華させるその兵器は連邦内のパワーバランスを崩し、結果としてアーシアン主義者が反乱を起こす契機を作り、連邦は崩壊した。
その新兵器の恐ろしさを開戦直前の龍王議会軍は未だ知らず、人軍兵士に与えられた標準装備は、龍の爪や牙から造られし龍剣と三十年前の紛争で対面した戦車の装甲を貫くことが出来る程度の威力を持った長銃とその弾倉のみであった。
深夜になっても監視塔のノルトとベッコウは、二人で監視任務を続けていた。北風は毎晩吹きすさぶが、ノルトの着る鎧は龍の鱗を加工したものであり、灼熱の炎熱さから氷海の水の冷たさまで防ぐ抜群の断熱性を誇り、その内側は程よい熱を帯びていた。ベッコウを始めとした龍達は周囲の気温の影響を受けず、こうした過酷な環境での任務には最適であった。それを受け入れるのかは龍次第ではあるが。
ノルトには長銃を構えての監視任務が、前日までの任務よりも過酷さを増しているように感じられた。
相棒の言葉に信頼を置く彼は緊張感を途切れさせることなく国境方面、特に西側の警戒に神経を尖らせていた。ベッコウも軽口を叩くことなく、夜目が利かない分聴覚を研ぎ澄ませていた。そうして風の音と共に時間が刻一刻と過ぎていった。
「…もう夜明けか」
ノルトは東側の地平線が微かに色付き始めたのを見て呟いた。明るくなるのはベッコウの視界が頼れるようになることを意味する為、その緊張し切った心にも明かりが灯る様に感じられた。
しかしその直後、ベッコウが鋭く叫んだ。
「…妙な足音が聞こえんか」
それを聞くや彼は瞬時に長銃を構え、階段へと向き直った。国境方面を気にしすぎるあまり南から塔への侵入を許したのだと考えたのだが、ベッコウは慌てて言葉を付け加えた。
「いや、この音は人ではない!…耳を壁につけてみるのじゃ」
その言葉通りにノルトは胸壁に右耳を密着させる。体内を血が流れる音と風が塔や体を撫でる音に隠れるように、その音は聞こえて来た。
(…人のような…だがずっと重い、そして硬い足音だ)
彼は壁から耳を話すと相棒へ向けて頷いた。ベッコウも頷き返し、じっと北の方を見つめる。
「…北じゃな、近付いて来ておる」
ノルトと違い台座に足と体を密着させているベッコウはこうした振動にも敏感であった。その言葉を信じ、ノルトは北の大霊峰の黒い山肌を長銃のスコープで偵察した。そしてその正体が見つかるまで、そう時間は掛からなかった。
スコープ越しに彼の目は山肌の上を真っ直ぐに駆け下りてくる、黒い人影を捉えた。しかしその体躯は人よりも二人が立つ塔と比較するほどに大きく、それでありながら手足の動きの速さは人と変わらないように見えた。それが一直線にこちらへ向けて全速力で走って来ていた。
恐怖を感じるよりも早く、長銃の引き金に掛けられた彼の人差し指が反応していた。
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