第3話

 そんな不安定な波の中でも、なんとか交際を続けて三年が経ち、私たちは大学二年生になった。

 二人とも地元の同じ大学に通ったので高校生の時と何ら生活に変化はない。


 その頃には二人の温度差をあまり感じなくなってきた。きっとお互いに温度波の振り幅が小さくなってきたのだろう。

 燃え上がることも落ち込むこともそうそうなく、良く言えば安定した、悪く言えば物足りない日常が続いていた。

 孝介が「東京に行く」と言ったのはそんな時だ。


「俺、大学卒業したら東京に行こうと思ってる」


 大学の近くのカウンターしかない小さなラーメン屋で、隣に座る彼は言った。

 私は麺を持ち上げたまま静止する。


「どうして?」

「人がたくさんいるから」


 背脂で唇を光らせながら「人の数だけ夢がある」と彼は言った。


 ――東京は、遠い。

 彼は手の届かないところに行ってしまうのか。


 漠然と彼はいつも近くにいるものだと思っていた。

 私は彼に左手を伸ばしてみる。


 今みたいに、すぐ触れられる距離にいてくれると思っていたのに。


「孝介」

「ん?」


 持ち上げた麺を一気に吸い込む。

 私の心が、久しぶりに燃え上がったのを感じた。


「私も行く」


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