第四話 ドリーム

小さい頃、祖父がいろんな話をしてくれた。南ドイツの山岳地帯にある美しい花が咲き乱れる村だった。ときおり日本のことを話してくれるのが楽しみだった。優しい祖父だった。今にして思うと本当に大切なことを教えてくれた祖父だった。




日本は美しい国だった。ドイツ敗戦間近にUボートの機関兵としてインド洋経由で数か月息を潜めて辿たどり着いた日本はナチスドイツと同じく規律正しく国民は一丸となって戦争完遂に向って士気は高かった。


空襲が激しくなりトーキョーは壊滅的な打撃をうけ疎開先に向った。南ドイツと同じく美しい山々が連なる風景が間近に見えた。そしてお祖母ちゃんと出会った。凛として咲き誇る百合の花のようだった。祖母を思い出すように言っていた。





祖父の話の記憶は夢のようにとぎれとぎれで定かではないが憧れの日本に行くことが決まったときは本当に嬉しかった。喘息ぜんそくやまいがおさまってきたことで日本にいる両親のもとに行くことになった。小さい頃から日本人の祖母に育てられたから日本語は理解できた。




日本の小学校では皆親切にしてくれてあっという間に漢字以外の日本語に困らなくなった。ギムナジウムのような日本の中学に行くため塾にも通った。しかし、積極的に仲良くしてくれたともだちが両親のせいで離れていった。そして悪意と呪いに満ちた言葉ばかりが聞こえるようになってから学校で話される日本語が全く理解できなくなった。



独りぼっちになった時、星の王子さまの絵本を眺めるようになった。母から日本語の教材用に与えられたうちのひとつだった。この国のことが書かれていた。


なかなか学校には行けなかったけど塾の先生や一緒に勉強をする塾の友達が好きだった。塾では何人かが星の王子さまが好きだと言ってくれた。希望を感じることができた。そしていつか物語を創れる大人になりたいと思うようになった。







お爺ちゃんが話してくれた海面に映る夜空の話が忘れられない。



ローリング・フォーティーズといわれる暴風海域の喜望峰を南極大陸近くに航海していた時だった。Uボートの機関兵たちも久しぶりに甲板にでると波一つない海面がどこまでも広がっていた。満天の星空と流れるようにきらめめくミルキーウェイがそのまま鏡のような海面にも照らしだされていた。息を吞んだ。信じられないような光景が広がっていてなにか神からの啓示に違いないと確信した。十七歳になろうとしていた。



いつかお爺ちゃんが見たというその海を見てみたい。きっと夜空高くにいるお爺ちゃんの魂を感じることができるだろう。






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