【実話怪談】背中

まちかり

・背中

 もう十五年ほど前、私が映像関係の仕事で北海道に赴いた時の話です。


 別の仕事で遅れて参加することになっていた私は、一人で飛行機に乗り電車を乗り継いで他のスタッフの待つ街に向かいました。


 駅前で夕飯を軽く済ませ、待ち合わせに指定されたホテルに到着しましたが……


『なんだこれ……』


 場所が特定出来てしまうので詳しく書けませんが、もとは金融機関だったというそのホテルは、受付といいエレベーターといい、部屋といいおかしな造りでした。


 カギを受け取り、部屋に向かいます。部屋は四階、最上階。


 撮影をしている本隊はまだ帰ってきていません。取り敢えず部屋に入って、待つこととします。


 ホテルの違和感を感じながら荷物を降ろしたところで、前の仕事から休みなく参加したせいか、ドッと疲れが襲ってきました。歯を磨き洗顔をして、取り敢えず少し横になります。


 どれほどの時間が経ったでしょうか……人の気配で、私は目を覚ましました。


 ベッドの足側に部屋の入り口はあります。私は入り口側のベッドをさけて奥のベッドに寝ていました。


 体を起こすと、手前のベッドの足側に男の人が座っているのが見えます。目に入ったのは……


 白いワイシャツを着た背中でした。


 先に到着しているスタッフだと思った私は、声を掛けます。


「すいません、寝ちゃいました。今起きます」


 忙しそうに手を動かしているその男の人は、声を掛けてもこちらを向こうともしません。まるで私など居ないかのように。


 翌日の準備をしているのかとも思い、邪魔しては悪いかと思った私は、そのままもう一度ベッドに横たわったのです。


   ◇


 しばらくして私は、今度は部屋のドアをノックする音で再び目を覚ましました。


「まちかりさん、すいません。起きてますか?」

「あ、すいません。いま起きます」


 私は再び体を起こして、返事をします。さっき見たワイシャツの人が、再び出掛けて戻ってきたのだとばっかり思っていました。


「すいません、部屋のカギが一個しかないので開けられないんです。開けて頂けませんか?」


 そこで私は初めて気が付きました。


 今どきのホテルですから、もちろんオートロックです。カギを持っていなければ出て行っても、入ってくることが出来ません。そのカギは一個しかなく、その一個は私の枕元にあったのです。


 疑問を頭に抱えたまま、私はカギを開けました。


「すいません、お休みのところ」


 帰って来たスタッフはワークシャツを着ていて、小柄な人です。ベッドに座っていた人とは格好も服装も全然違います。


「いえ、こちらこそ先に休んでしまって、申し訳ありません……ところでさっき一度帰ってきました?」

「いいえ? なんでそんなことを?」

「いえ、大したことじゃないです……」


 泥棒も疑いましたが、財布や機材などに被害はありません。何よりも、さっきの白いワイシャツの人はどうやって部屋に入ったのでしょうか? そしていったい何をしていたのでしょうか?


 今となっては何もわかりません。


 ただ、あの白いワイシャツの背中は、仕事中の男の人のそれでした。ひたすら目の前の仕事に一所懸命になっている男の、哀愁を背負った背中。


 十五年経っても、忘れることが出来ません。あの人は今でもまだ、あの部屋で一心不乱に働いているのでしょうか?


 もし再びあの部屋に泊り、あの人の、あの背中を再び見ることがあれば、


『お疲れ様です、遅くまでご苦労様です』


と声を掛けてあげたい、とそう思っています。

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